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3章「白濤の港町」

トレジャーハントを終え港町〈グランツ〉に戻ったフィリア達は、連戦の後に海漩竜〈アビスオフィリアン〉から港町を守った。
その後の夜の出来事。


 トレジャーハントから戻ったその日の夜。
 港町〈グランツ〉滞在6日目。

 暴れた海漩竜〈アビスオフィリアン〉によって、町の一部は損壊していた。

 港町グランツは復興のために慌ただしく動いている。
 フィリア達も手伝おうとしたが、リヴァナ達の計らいで宿屋で休むよう勧められた。

 単眼巨人〈サイクロプス〉、そして海漩竜アビスオフィリアン。
 危険な魔物の討伐に大きく貢献してくれたフィリア達への、町からの感謝の気持ちだった。

 久々にゆっくりとシャワーを浴び、湯に浸かる。
 柔らかなベッドに体を預けるのも、どこか久しぶりに感じられた。

 身だしなみを整えた後、フィリア達は夕食をとるため外へ向かう。

「ゆっくりと、この町で食事をするのも初めてですね」

 フィリアはとても嬉しそうに笑っていた。
 こういう時のフィリアはどこか子供っぽく、可愛らしい。

 ヴィレムは笑って、さらりと言う。

「今回は、病院に緊急搬送、医療費に、トレジャーハント、海漩竜アビスオフィリアンと色々大変でしたね」

「う…… そうですね……」

 フィリアは気まずそうだった。

「で、でも無事ですし何とかなりましたから……ほら、フィリア! ご飯を食べて元気になりますわよ!」

 エレナのぎこちないフォロー。
 こういう時、女性のエレナの存在は大きい。

 夕食は、被害を受けなかった、少し高台にあるレストラン。
 当初は、復興で大変だろうと、遠慮をしたが、リヴァナが勧めてくれた場所だ。

 港町グランツの食堂は、夜になっても賑わっていた。
 漁師や町の人々の声が飛び交い、暖かな灯りが店内を照らしている。

 日が沈みかける、黄昏時。
 藍色の空と海に浮かぶ夕日による、橙色のグラデーションがとても幻想的な風景を描く。

 フィリア達は、港町グランツが一望できるテラス席に案内して貰えた。

 海の町らしい、魚を使った料理。温暖地で収穫できる実りある野菜や果物を使ったおしゃれな料理。
 どれも、美味しそうに見えた。

 やがてテーブルの上には、色とりどりのパスタが並んだ。

 レモンとハーブの香りが漂う白身魚のパスタ。
 アサリと白ワインのボンゴレビアンコ。
 漁師風トマトのペスカトーレ。
 トマトとモッツァレラのバジルパスタ。
 そして、ひときわ目を引く、真っ黒なイカ墨のパスタ。

 それぞれの興味と個性で選ばれたメニューだ。

 テーブルには、オリーブや焼きたてのパン、白ワインやレモン水も用意される。
 港町グランツらしい、賑やかな夕食になりそうだった。

 そして最後に、

「サービスです」

 運ばれてきたのは『アクアパッツァ』。
 白身魚と貝がトマトとオリーブと共に煮込まれ、湯気とともに海の香りが立ち上る。

「リヴァナ様からのおすすめです」

 店員は軽く会釈して、席を離れていった。

「美味しそうですね」

 フィリアは嬉しそうだった。
 一行は祈りを捧げて、『いただきます』と、声を合わせた。

 皆が久々の料理に心を踊らせる中、一行の中で、ひときわ気になる人物がいた。
 ……キナリだ。

「キナリ君はイカ墨パスタにしたんだね。どうして?」

 キナリはかなり浮世離れしているため、常人の感性ではない。森では草を食べたり、食にも関心はない。

「ふぇ? えっとぉ〜 気になったからです〜?」

 恐らくは直感。
 彼が選んだからこそ、興味深かった。

 一行は優しく見守る。

 そして、キナリは心を踊らせながら、くるくるとフォークを巻き、一口。

「ん〜 おいし〜です〜」

 彼だからこそ、自然な反応を楽しめる。
 浮世離れしているからこそ、その反応は新鮮で、場の空気を和ませる。

 嬉しそうに頬張るキナリの様子を見ていたエレナ。
 そして、ふと固まった。

「……キナリさん」
「んう〜?」
「口……」

 キナリは首を傾げる。
 エレナが叫んだ。

「真っ黒ですわ!!」

 キナリはテーブルマナーに慣れていない。
 だからこそ、食べる時も少々散らかりやすく、口元が真っ黒だ。

「鏡!」

 エレナは彼に鏡を渡す。

 キナリは鏡を見て、

「まっくろです〜!」

 そう。
 口元が真っ黒。

「に〜〜!」

 無邪気に黒くなった口を見せるキナリ。
 それは純粋な子供のようで、

「ふふっ……」

 フィリアは思わず笑ってしまう。
 それに引き攣られて、ヴィレムもアルトも笑ってしまう。

「ふふっ……キナリ様、食べ終わったら口を拭きましょうね」

 ヴィレムはそう答える。

 リヴァナおすすめの『アクアパッツァ』を堪能し、食事がひと段落した頃、店員が小さなデザートを運んできた。

 レモンのシャーベットと、温かなハーブティー。
 港町グランツらしい、さっぱりとした食後の一品だった。

 談笑をしながら、穏やかな時間が過ぎていった。

◇

「美味しかったですね」

 フィリアは嬉しそうにしていた。
 久々に心から楽しめるその時間に、張り詰めた気持ちも抜けたようだ。

 そして、その帰り。
 ヴィレムは、

「皆さんはお先にお戻りください。私は確認したいことがありますので……先に休んでいてください」

 彼は立ち止まり、いつも通り笑って答えた。
 妙に落ち着いた笑みは、何かを含んだ彼の仮面だった。
 でも、それに気が付くものはいない。

「分かりました。 先に戻ってますね」

 フィリアは彼を信用している。
 だからこその返事だ。

「帰りが遅くなるかもしれませんが、心配はいりません。ゆっくり明日に備えてください」

 ヴィレムはそう言って、フィリア達と別れた。

 ……ヴィレムがいない。
 今がチャンス。
 エレナはこっそりと、フィリアに耳打ちをした。
 何やら少しばかりドキドキしているようにも見えた。

「フィリア。もしヴィレム様が今晩帰らなそうでしたら……私わたくしのお部屋で女子会……パジャマパーティをしませんか?」

フィリアは目をまん丸にして、

「ぱじゃまぱーてぃ……です?」

「そうですわ。いつもより少しだけ夜更かしして……持ち寄った紅茶やお菓子を食べて、女子のお話をするんですわ。……私わたくし 、とても憧れがありまして、いつかフィリアとしたいと思ってたのですわ」

 それは純粋にエレナの憧れだった。
 町長の娘で、あまり同年代との親密な交流を得られなかった。
 だからこその望み。

 そう言うと、少し興味ありげに、どこか心配そうに、

「で……でも夜甘いもの食べるのは良くないって、ヴィレムが……」
「たまにならいいんですわよ。度が過ぎなければ!少しだけ背徳感のあることって……罪悪感はあれど、特別な楽しみがあるものですわ。私わたくし 、フィリアと2人で話がしたいんですわよ」

 エレナは頬を抑えながら、楽しそうに語る。
 そんな楽しそうな様子を見ているフィリアも、自分が知らないことへの興味が湧いてくる。

「ボク……やりたいです。やったことも無いし、知りたいです……!」
「決まりですわね!」

 エレナは嬉しそうだった。

 そして、

「アルト様、私わたくし達はちょっと寄り道して帰りますわ。先に戻ってお休み下さいまし」

 アルトはきょとんとして、キナリと共に戻って行った。
 エレナはフィリアの手を引いて、お店へと走る。

「今ならまだ、お店が開いてますわ! お菓子の調達に行きますわよ!!」

 何やら、エレナは女子会用にお菓子を買い足したかったらしい。
 フィリアと共に、お互いが食べてみたいお菓子ひとつと、こっそり小さなケーキを買って帰る。

 そして、宿屋に戻った後、フィリアは会場のエレナの部屋へと向かった。


◇

「え、エレナ……」

 ちょっぴり恥ずかしそうに、扉から顔を覗かせるフィリア。
 本来の姿とは違う、ちょっぴりサイズ大きめで肩の位置にフリルが着いたネグリジェにロングヘア姿だった。

 エレナの瞳に映るフィリアは天使だった。
 白色のネグリジェに、絹糸のように美しいロングヘア、子供らしい大きい瞳に、何処か恥ずかしそうに顔を覗かせるフィリアは、いじらしい。

「ふぃっ……フィリア!パジャマ姿も素敵ですわ!」

 エレナは嬉しそうに答えると、フィリアに抱きつく。
 小恥ずかしいけれど、彼女も嬉しかった。

 対するエレナは、愛用の薄桃色のネグリジェを着て、髪は下ろしていた。
 腰より長い真っ直ぐで綺麗な髪だ。

 エレナは、ベッドにトレーを置き、そこにお菓子を並べる。
 そして、エレナは紅茶を準備しながら、

「フィリアはこうして見ると、天使のようですわね。いつも隠しているのが勿体ないですわ」

 エレナはまじまじと見つめていた。
 フィリアは5年前から、男性として振舞っている。
 だからこそ、女性として見られることに耐性が無くなってきているのだ。

「……そんなに見たら恥ずかしい……です……」
「うふふ……本当に可愛らしいですわ。フィリアは旅を終えたら男装は辞めるのですの?」

 エレナは紅茶を入れながら、フィリアに質問した。

「そうですね。16歳になったら……社交界に出る約束なんです」
「旅を終えたら社交デビュー……ということはデビュタントもまだなんですわね」
「はい。なので、旅に出る前は前倒しで勉強や礼儀作法、ダンスの練習とか……色々やってたんですよ」
「そうだったんですわね」

 女性として見られることに恥じらいのある彼女だからこそ、エレナは少し意外だった。

「……エレナは、町長のご氏族ですが……社交会の方はどうなんですか?」
「私わたくしは、今年の春前に終えましたわ。ですが、間もなくして旅に出たので……活動はしておりませんわ」
「そうなんですね。……どんなドレスを着たんですか?ちょっと……気になります」

 フィリアは照れながらも興味津々。
 紅茶を一口飲んで、お菓子屋購入した、メレンゲのお菓子をひとつまみした。

「興味ありますの? ふふ……フィリアも女の子ですわね」

 エレナは嬉しそうだった。

 そして、彼女らしい桃色にたっぷりとフリルやリボンをあしらった、オフショルダーのドレスを着たこと、貴族のご氏族にダンスに誘われて嬉しかった話など色々聞かせてくれた。

◇

 夜も更けたため、本格的にフィリアとエレナは2人だけの女子会を楽しむ。

 町に来てからのことを、それぞれ楽しそうに話す。
 その中でも、フィリアは女医のレイの話を熱く語った。

 ちょっと怖いけれど、かっこいいお医者様。
 スタイルも良くて、女性的な魅力溢れる素敵な人。

「レイ先生、とても綺麗で素敵な方でした」
「そうですわね。スタイル抜群で男性も虜にしそうですわ。女性の私わたくしでもときめきそうでしたもの」

 エレナも、彼女には興味があるようだ。

「ときめきそう……ときめかなかった……の?」
「ちっ違いますわ、何となくあの方は怖い感じがしまして……」

「そうなんだ。でもいいなあ……ボクもレイ先生みたいに身長高くなって、女性らしい魅力いっぱいな淑女になりたいです」

 ベッドに腰かけ寝る前に話すふたり。
 エレナはフィリアの髪を弄っていたため後ろにいたが、瞬間後ろからフィリアの胸に手を当てる。
 ずっと待ち望んでいた、フィリアとの対話が楽しくて、つい。

「ひゃう!」
「ふむ……フィリアはまだまだですわね」
「ちょ……エレナ、恥ずかしいっ……」

 エレナは一人っ子、フィリアも一人っ子かつ年相応のスキンシップもしたことが無い。
 場酔いしているかのようにエレナはフィリアにベッタリだった。

 そのままフィリアの胸を摩るように、触れ続ける。
 フィリアは年齢に反して、とても小柄で成長が遅れ気味な為、エレナやレイのような女性らしい体つきには程遠い。
 まだまだ幼児体型なのだ。
 かろうじて少しだけある胸を触られ混乱しているようだ。

「……エレナ」

 赤面して目が回りそうな気持ちだ。
 そして、エレナはいつものにやけ顔でフィリアの胸を触り続けた。

「うぅ……」
「手に収まる大きさですわねっ。うふふ」
「エレナっ恥ずかしい……こう言うの初めてだからっ!」
「ウブなリアクションも可愛いですわ」
「エレナ〜!」

 フィリアの呼吸が短くなる。
 顔も赤面して、流石にエレナも離れた。

「フィリアは髪も綺麗ですし、肌も白い陶器のように美しいですし……成長が楽しみですわね。素敵な女性になると思いますわ」

 それは嬉しい言葉。
 母から受け継いだ容姿をフィリアは何よりも気に入っている。

 だけど、

「ありがとう…………でも、本当に恥ずかしい……!」

 取り乱して、拳を膝に連打するように叩きつけていた。
 子供っぽいリアクションにエレナは、顔を緩ませて、

「そんなに恥ずかしがらなくても……思春期の女の子のスキンシップみたいなものですわよ? 私わたくしのも触りますの? ふふっ」
「からかわないでくださいっ…… こう言うの慣れないので本当に……」
「フィリアは本当に純粋で可愛いですわね」
「うぅ……」

 フィリアはようやく落ち着く。
 ちょっとした沈黙の後。

「……すみませんですわ。……私わたくしにも憧れがあったんですの……リィは当たり前に拒否しますし、遠慮がないので」
「同世代の友達は?」
「いましたが、あまり親しくなくて」

 話に聞いていた、町長の娘故の疎外感。
 それが、エレナの同性や同年代の憧れだった。

「そっか……ボクも言い過ぎちゃった……かもです。やっぱり外の世界は奥が深いです……」

 ちょっぴり、しょんぼりするフィリア。

「……フィリアはそのままの方が可愛いかもしれませんわ。いつかあなたと結ばれるであろう方も、ドキドキですわね」

エレナは頬に手を当てて、揺れていた。

「そうなのかな」
「そうですわ!楽しみですわ、フィリアの未来の殿方……!」

 フィリアは、外を眺めながら、

「ぱっとしないなぁ……恋もしたことないし……」
「貴方なら大丈夫ですわ。ほら、こんなにも可愛いのですから!」

 エレナはフィリアに鏡を渡す。
 そして、彼女の肩に後ろから手を乗せる。

「わあ!」

 両サイドに大きく編み込んだ、ハーフアップ。
 女性らしいふんわりとしたヘアセットだ。

「ありがとう、エレナ」

 フィリアは柔らかい笑みを返した。
 そんな女子会のようなムードの中、外からノックの音が聞こえるような気がした。
 もしかするとヴィレムなのか……エレナは焦った。

「エレナ?」
「あ……いえなんでもありませんわ。そろそろ寝ましょうか」

 そうフィリアが言うと、ヴィレムが来たように錯覚し『もしかして、フィリアの胸を触ったことがヴィレムにバレたかもしれない』と内心焦りだした。

 実際は気の所為。ただ、妙な心配でエレナは焦る。
 夜も更け、2人は食器を片付け、横になる。

 そして、フィリアとエレナも目を瞑る。
 ヴィレムの帰りが遅いため、同じベッドで眠ることになった。

「あったかい……」
「暑かったら言ってくださいまし。後、数ヶ月したら夏ですから」
「ううん、これで大丈夫。 ルボワともこうして寝たの。元気かなぁ」
「また会えますわ。私わたくしも会ってみたいですわ」
「精霊の森〈フォレルの森〉に……また足を運んだ時は……ボクがルボワを呼ぶから……ね」

 フィリアは気がつけば微睡みの中へと落ちていった。
 そんな姿を見守りながら、エレナも眠りについた。