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3章「白濤の港町」

海漩竜〈アビスオフィリアン〉の騒動が落ち着いた後、フィリア達は翌日に備え宿屋へと戻る。
その後、ヴィレムは単独でレイの元へと『不死身の石』の話を確認しにいく。
これは、その後のお話。


 昼前の診療所。
 崖の下で波の音が響いている。

 レイはふと目を覚ましたが、うとうとしながら、ヴィレムを見ていた。

「……寝たわね」

 誰に言うでもなく呟く。

 ふと、腕輪に触れた。

 その瞬間──
 遠い記憶が、脳裏によみがえる。


*

 8年前。
 蒼き星〈アステラ〉北部大陸、北の国〈ルフトガルム〉。
 科学と学問の街〈シュトラール〉。

 この国は寒冷地だ。
 雪が降り、地面は凍りつく。

 そのため建物は重厚な石造り。
 あるいは、先進加工技術による鉄の建築。
 だがそれらは、どこか冷たく、重苦しい。

 その街にあるのが、学園都市〈シュトラール〉の中核──

『王立シュトラール大学』

 魔術ではなく、人工技術を研究する学術機関。

 数学、理学、物理、化学、医療、音楽、天文、
 そして宇宙学。

 北の国ルフトガルムが誇る、最高峰の研究機関だった。

 そして、
 その大学に通う少女が一人。

 柑子色のボブヘアが一際目立つ少女。
 見た目は10代半ばくらいだろうか。

 資料室で医学書を広げている。

「レイ」

 レイと呼ばれた少女は、見向きもしない。

「レイチェル」

 2度目にして振り向く。

「……ソニア。何」
「忙しかった……?」
「いや」

 ソニアと呼ばれた少女。
 リーフグリーンの長髪がふわりと揺れる。
 黄金色の優しげな瞳が、レイを見つめる。

「今日も研修?」
「いや。……助手を頼まれた」

 ソニアは目を見開き、嬉しそうにレイに抱きつく。

「やっぱりレイはすごいね」

 抱きついたまま、
 ほんの一瞬だけ、ソニアの呼吸が乱れた気がした。

 レイは気付くが、何も言わない。

「……ソニア……知ってたでしょ」

「え? バレてた?」
「……助手なんだから、執刀する人も看護内容も知らされてるわよ」
「ふふ」
「久々に、レイと立てるから……ついね」

 二人が話していると、資料棚の奥から、ひそひそと話し声が聞こえてくる。

「(……またか)」

 レイは心の中で呆れる。
 その様子を感じ取ったソニアが、そっと耳打ちした。

「気にすることないわよ。…………レイは認められて立っているんだから」
「それに、レイに不可能は無いものね! なんだって乗り越えてきたんだから!」

 レイは大きくため息をついた。
 そうは言われても、その事実があっても、人はソニアのような人ばかりじゃない。

『(気持ち悪い)』

 レイの父親は、外科医の名家『ベレスフォード家』出身の権威ある医師だ。
 母親もまた、優秀な看護師を多く輩出してきた家系の出身だった。

 幼い頃から、見返りを求めて近づいてくる人間は多かった。
 自分が女だから。
 優秀な父と母を持つから。

 その理由だけで寄ってくる人間を、レイは嫌というほど見てきた。

 16歳になったレイもまた、両親譲りの卓越した頭脳と技術を持っている。
 若く、しかも女性でありながら、研修医になれるほどの逸材だった。

 もっとも、両親を特別尊敬しているわけではない。

 幼い頃から嫌々勉強をさせられ、過剰な期待を押しつけられてきた。
 正直、煩わしいと思うことも多かった。

 それでも、それ以外の道を示されたことはなかった。
 だから、医者になる道しか残っていなかった。

 『ソニア』は同い年の幼なじみだ。
 彼女は看護師を目指す研修生である。

 父親は物理学の第一人者『ガレオス』。
 母親は看護師。
 そして祖母は、北の国ルフトガルムで初めて女医になった人物だった。

 二人は幼い頃から、何かと共に過ごすことが多かった。
 互いに忙しい両親を持ち、大学附属の学校に幼い頃から通っていたからだ。

 そんな境遇もあって、自然と一緒にいる時間が増えていった。

 腐れ縁のような幼なじみだった。

「あー! レイお姉さん!」

 遠くから、幼い少年の声が響いた。
 レイは目を細め、手をひらひらと外へ払う仕草をする。

「……リブロ。どうしてここに」

 ソニアは少年の頭を撫でながら尋ねる。

「どうしたの?」
「お話したかった。手術の話、聞きたかった」

 『リブロ』と呼ばれた少年。
 ソニアの弟で、まだ4歳だ。

 姉と同じリーフグリーンの髪は癖が強く、ふわりと広がっている。

 彼もまた頭が良く、学校の進度が合わないこともあって、大学の資料室や附属図書館で本を読みあさることが多かった。
 姉の親友であるレイにはよく懐いており、時々こうして医学の話を聞きに来る。

「大人しく図書館に行って」

 レイは面倒そうに言い、彼を追い払おうとする。

「やだー! お姉さんに医術の話聞きたい!」
「うっさい、ブロッコリー」

 レイは昔から、人と関わるのを面倒に感じるタイプだった。
 リブロは頬を膨らませ、ふてくされた。

「……分かったわよ。今度、解剖の練習見せてあげるから」

「ほんと?」
「良かったね、リブロ」

 ソニアは弟の頭を撫でる。
 そして、レイに柔らかく微笑みかけた。

「ありがとう、レイ」

 ソニアは顔を合わせて話す。

「リブロはね、レイのことが大好きなの」

 レイは顔をしかめる。

「やめて」
「だって本当でしょ?」
「うん!」
 無邪気な少年の返事。

 それが──
 彼女たちの日常だった。

◇

 そんなある日。
 ソニアが倒れた。

 運ばれた先は大学の病室。

 白い天井の下、ソニアは静かにベッドに横たわっている。
 レイは、彼女を見下ろした。

「……なんで教えてくれなかったの」

 ソニアは困ったように笑う。

「ごめんね。ずっと隠してて」

 それは未知の病だった。
 生まれつきの内臓の病。
 だが、この国の医学ではまだ解明されていない。

 技術が発展し機関のプライドを守るために隠され、上層部だけが知る、機密の病。

 だから、誰にも知らされなかった。

 レイは目を伏せる。
 嫌だった。

 人に興味はない。
 正直、どうでもいい。

 だけど。

 彼女が救えなかったら。
 それだけは……嫌だった。
 想像もしたくない。

 病はすでに末期で、残された時間は、ほとんどない。

 レイは残された時間で、必死に資料を漁った。
 論文を読み、記録を調べ、可能性を探す。

 だけど、大人たちは違った。
 彼女を見放した。

 自分たちの落ち度にならないように。
 その病気を、ひたすら隠し続けた。

『汚い』

 救えるのは、自分だけ。
 できるかどうかは分からない。

 それでも…………
 やるしかなかった。
 レイは独断で手術を行った。

 あの時のことは、よく覚えている。

 誰も手を差し伸べなかった。

 冷たい手術室。
 執刀しても、助手もいない。

 メスを握るのも、器具を手に取るのも自分。
 置いた時の乾いた金属音だけが、静かに響く。

 すべてが、冷たく感じた。

◇

 結果は──
 間に合わなかった。

 そして、罪を擦り付けられた。

 ソニアは、最期にこう言った。

「ごめんね、レイ。貴方は悪くない」

 掠れた声で、続ける。

「だから、いつか……私と同じの人を治してあげて」
「あとは、お願いね」

 そう言って、彼女は最後まで笑い
 ──息を引き取った。

 その後すぐ、責任はすべてレイに押し付けられる。

 独断の手術。
 患者の死亡。

 上層部はそれを理由に、レイを追い詰めた。
 自分たちの威厳を守るために。
 ただ、それだけの理由で。

 レイの家族も、彼女を見放した。
 守ろうとする者は、誰もいなかった。
 ただ『ベレスフォード』の名を守るためだけに。

 特に、ソニアの母親は、レイを許さなかった。

 彼女の母、つまりソニアの祖母は、かつて医学の権威だった。
 だが一人の患者を救うために行った手術をきっかけに、汚名を着せられ、組織から追放された。

 その出来事は、彼女の人生を大きく変えた。

 そして今、同じように
 自分の娘が手術で命を落とした。

 だからこそ、レイを許せなかった。

 そして、弟のリブロも。

『あんたが……お姉さんを見殺しにしたんだ!』
『見殺しにしたんだ!』

 その言葉は、呪いのようだった。

 やがて、レイは大学から追放される。
 その出来事は、国の新聞記事にもされた。

 独断の手術。
 患者の死亡。

 それが、彼女の罪とされた。

 かつて、女性の医学者が追われたこともある。
 そんな話を、レイは思い出した。

 この国の学問の上層部は……
 きっと、腐っているのだろう。


◇

 もう居場所はない。
 レイは荷物をまとめて、北の国ルフトガルムの貿易船に忍び込む。

 その船の行先は、港町〈グランツ〉だった。
 ……彼女にはそれを知る由もなかったが。

 北の国ルフトガルムの貿易船は、静かに港へ入った。
 レイは船倉の暗がりで、膝を抱えていた。

 港の喧騒が、遠くから聞こえる。
 もう、戻る場所はない。

「……出てきな」

 突然、頭上から声がした。
 驚いて顔を上げると、白髪の老婆がこちらを覗き込んでいる。

「そんなところで丸まってたら、風邪ひくよ」

 レイは警戒して黙っていた。
 老婆は少し笑う。

「密航かい」

 図星だった。

「……降ろされるなら、今すぐ降ろして」

 レイはぼそりと言う。

「降ろす?」

 老婆は肩をすくめた。

「もう港に着いてるよ」

 外を見ると、見知らぬ港町が広がっていた。

「ここはグランツ。西の国〈ノインシュテルン〉の東部にある町」

 老婆は言った。
 レイは何も言えなかった。
 国境を越えていたのだから。

 しばらくして、老婆がふっと息を吐く。

「そんなところで死んだ魚みたいな顔してるんじゃないよ。行くところはあるのかい?」

 沈黙。

「……ない」

「じゃあ、うちに来な」

 レイは顔を上げる。

「小さい診療所だけどね。人手は足りない」

 老婆は軽く振り返る。

「医者の目をしている」

 その一言で、レイの足が止まった。

「……なんで分かったの」

 老婆は振り返らずに答える。

「長く医者をやってりゃ、分かるさ」

 少し間を置いて、老婆は続けた。

「それとも違うのかい?」

 レイは小さく答えた。

「……医者だった」

 老婆はくくっと笑う。

「そうかい」

 そして、ふと首を傾げた。

「名前は?」

 レイは目を伏せたまま答える。

「レイ。……レイチェルよ」

「そうかい」

 老婆は頷いた。

「私は『ルティー』」

 そう名乗ると、老婆はレイに手を差し伸べた。

「よろしくね、レイチェル先生」

 その手には、長年メスを握ってきた跡が残っていた。

◇

 やがてレイは、ルティーのもとで本格的に医者として働き始めた。
 港町グランツの崖の上にある小さな診療所。
 崖の下で、波の音が絶えず響いている。
 聞きなれない音は、自分がもうあの場所にいないかのように思わせる。

 こんな所に人が来るのか。
 最初は思った。

 こんな場所に、人が来るのか。
 だが、そうでもなかった。

 漁師、船乗り、旅人。
 時には、怪我をした子どもまで運ばれてくる。

 レイは相変わらず口数が少なかった。
 人を信用することも、まだできない。

 それでも、ルティーは何も言わなかった。

 過去を聞くこともない。
 ただ、医者としては厳しかった。

「そこ、縫い方が甘い。患者を見な。傷じゃない、人なんだ」

 だが、人としては優しかった。
 誰かに似ているような。

 気づけばレイは、彼女を『師匠(せんせい)』と呼ぶようになっていた。

 それでも…… 夜になると、思い出す。

 ソニアの言葉。
 リブロの叫び。

 胸の奥が締めつけられる。
 苦しくなることも、少なくなかった。

「……死にたい」

 ふと、そんな言葉がこぼれる夜もあった。

 診療所の一室。
 レイはメスを喉元に合わせる。

「……ソニア」

 目を閉じる。
 その時、後ろから声。

「そんなところで何してるんだい」

 ルティーの声がする。

「降りるなら、先に言いな」

 レイは振り返らない。

「……死ぬ」

 ルティーはため息をつく。
 夜の静けさは、波の音を届ける。

「医者は、死にたくても、死んじゃいけないんだ」

 レイは沈黙する。

「患者が困るからね。…………人の命を救える人に限りはある。医者の手は人を生かすためにあるんだ」

 ルティーはレイに歩み寄り、メスを握る手を下ろす。
 そしてゆっくりと、指を1本1本解いてゆく。

「あたしにもあったよ。あんたみたいな時が。でもね、そんな自分でも、自分の手を必要としてくれている人がいたんだ」

 ルティーは強い目をしていた。

「いいかい。生きる事は地獄だ。でもね、辛いからこそそこから這い上がるんだ。その先に答えを見つけて」

 ルティーは左手にはめていた、腕輪を外す。
 黄玉〈トパーズ〉のような石が、あしらわれた腕輪。

 それを、レイの手首にはめた。

「レイ。生きろ」

 ルティーは強い目で、レイに語りかけた。

 レイは唇を噛み締めた。
 そして血が滴る。

 だが、腕輪は光り出す。
 命の輝きを模したような光が身を包む。

 みるみると傷が治ってゆく。

「……何よ。これ……呪いじゃない」

 レイは声を震わせて言った。
 だが、ルティーは、

「これが、医者が生きるってことだよ」

 レイはルティーに強い視線を送る。

 しばらく、部屋には波の音だけが響いていた。
 レイは俯いたまま動かない。

 ルティーは何も言わず、メスを机の上に置いた。

「……今日はもう寝な」

 静かな声だった。
 レイは答えない。

 だが、腕輪を握りしめたまま、ゆっくり椅子に腰を下ろした。
 その夜は、それ以上何も言葉は交わされなかった。

◇
 

 翌朝。
 いつも通り、診療所の扉を叩く音がした。

「先生いるか!」

 荒い声。
 ルティーは振り返らず言う。

「レイ」

 レイは顔を上げる。

「診な」

「……あたし?」
「医者だろ」

 それは短い言葉だった。
 
 運び込まれてきたのは漁師。
 腕を深く切っている。
 血が床に落ちていた。

 レイの手が止まる。
 頭の奥で声がする。

『お前が……お姉さんを見殺しにしたんだ!』

 リブロの声。
 胸が締め付けられる。

 その時、背後からルティーが言う。

「手が止まってるよ」
「……分かってる」

 メスを握る。
 震えていた手が、少しだけ落ち着く。

 そのまま、縫合を始めた。
 葛藤はあれど、その後は手が止まることはなかった。

「……終わり」

 レイは小さく言った。
 漁師はほっと息を吐く。

「助かった……姉ちゃん先生」

 レイは顔を上げる。
 その言葉は、自分に向けられたものだった。

 ルティーは後ろで腕を組んで見ていた。
 そして一言。

「まあ、死ななかったね」

 レイはむっとする。

「褒めてるつもり?」
「さあね」

 少し間を置いて、ルティーは笑った。

「でもまあやっと医者の顔になってきた」

 そして、
「あの先生は無愛想だが腕は確かだ」
 いつの間にか、そんな噂が港に広がっていた。

◇

 それから、月日が流れた。
 崖の上の診療所には、今日も患者が来る。

 レイは相変わらず口数が少なかった。
 必要なことしか言わない。
 笑うことも、ほとんどない。

 そのため町の人間は、彼女を少し遠巻きに見ていた。

「……冷たい先生だ」

 そんな声も、時々聞こえる。
 それでも患者は来た。

 怪我は治る。
 病気も治る。

 だから、誰も文句は言わない。

 診療の合間には、裏の小さな菜園を手入れしていた。
 薬草と野菜が、潮風の中で静かに育っている。

 診療所の灯りは、毎晩崖の上で灯っていた。
 ルティーは、そんなレイを何も言わずに見ていた。


◇

 ある日の朝。
 レイは診療室に入る。

 ルティーは椅子に座ったまま、海を眺めていた。

「師匠せんせい」

 返事はない。
 レイは眉をひそめる。

「……ルティー?」

 肩に手を置く。
 その体は、もう動かなかった。

 眠るようだった。
 …………脈もない。

 レイの呼吸が短くなる。

『(……死んでいる)』

 恐る恐る、彼女の顔を見ると、
 ──笑っていた。

「なんで笑ってるのよ」

 ぽつりと呟く。

 久々に見た、身近な死。
 それは、不思議と恐怖ではなかった。
 ただ、静かな終わりだった。

◇

 ルティーが亡くなった後。
 レイはしばらく、診療を半日にしていた。
 残された荷物を整理するためだった。

 そんなある日、ルティーが大切にしていた本を見つける。

 そこには、一通の手紙が入っていた。
 差出人は『オーラン』。

*

 レイへ

 あんたがこの手紙を読んでいる頃には、
 あたしはもういないだろう。

 最近のあんたは良い目をしてる。
 不器用な医者だけど、悪い医者じゃない。

 最後に、あたしの話をしよう。
 あたしは昔、北の国ルフトガルムで医者をしていた。
 名前はオーラン。

 聞いた事もあるかもしれないし、
 あの組織は、まだ何も言ってないかもしれないね。

 最後に、少し説教だ。

 医者は名前でやるもんじゃない。
 手でやるもんだからね。

 ────だから、灯りを消すんじゃないよ。

 オーラン=アスフェル

*

 その名前を見た瞬間。
 幼い頃の記憶が、脳裏をよぎる。

 ソニアの声。

『私の尊敬する人は、おばあちゃん』
『周りに反対されても、一番危なかった命を助けたの』
『不可能を可能にした人』
『すごくかっこいいでしょ』
『レイもそんなお医者さんになってね』
『もう、この国にはいないけど……きっとどこかで』

 ソニアが昔話していた祖母。
 『アスフェル』と言う家名。
 ソニアの母親の旧姓。

「……嘘」

 思わず、声に出ていた。

 自分もそんな医者になりたい。
 そう思えた、たった一人の話。

 レイはふと、窓の外を見る。
 崖の上の診療所。
 夕暮れの海。

 そして、ぽつりと呟く。

「灯りを消すんじゃないわよ…………ねぇ」

 レイは腕輪に手を当てて、何かを誓うように。

「……灯りは消さないわよ」

 そう言って立ち上がった。
 医者に逃げ道はない。

 いつだって、命を灯す役目。
 それが、彼女の生き方だ。

◇

 それから、数ヶ月後。
 レイは、ルティーを残したものを受け継ぐ。
 診療所名は改めて、『ベレスフォード診療所』。

 自分は消されない。
 そう誓った名前。

 彼女が残した、この場所も、菜園も、意思も。
 この場所で。

 ──夜、灯りがついている。

 北の国ルフトガルムから海を渡った、港町グランツにある診療所。
 それは、白壁の灯台のような診療所。
 最果てで、静かに灯り続ける

 ──命の灯火だった。


*

 レイはゆっくりと目を開けた。

 診療所の窓の外。
 海の向こうに、陽の光が差している。

 腕輪に触れ、小さく呟く。

「……灯りは消さない。あんたみたいに、不可能を可能にしてみせる」

 そして、レイは立ち上がった。