3章「白濤の港町」
第46話「 命の代価 - They Came to Know the Value of Life, Each Through Their Own Experience. - 」
海漩竜〈アビスオフィリアン〉の騒動が落ち着いた後、フィリア達は翌日に備え宿屋へと戻る。
その後、ヴィレムは単独でレイの元へ向かうが……
その翌日のお話。
港町〈グランツ〉滞在7日目。
いつもなら、2日前には旅を再開している筈くらいの日数が経過していた。
フィリアは、いつもよりゆっくりな時間に目を覚ます。
ヴィレムがいたらもっと早く起こされていただろう。
朝が苦手なエレナは、フィリアの隣で気持ちよさそうに眠っている。
フィリアはこっそり部屋を抜ける。
ヴィレムが戻っているか確かめるため、彼の部屋へ向かった。
部屋は静かだ。
置いたままにしている荷物も変わりない。
ヴィレムは珍しく帰ってこなかったようだ。
フィリアは、顔を洗い、身支度をする。
着替え終わったところで、エレナが目を覚ましたらしく、部屋に押しかけてきた。
昨日の続きで、髪を結わせて欲しいとの事だった。
フィリアは言葉に甘えて、ヘアセットをしてもらう。
終わったところで、フィリアとエレナは部屋を出る。
早起きのアルトとキナリに会いに行く。
「おはようございます」
「おはよう、2人とも。 ゆっくり眠れたかな」
アルトは朝のコーヒーを飲みながら、魔導書を読んでいた。
キナリは暇そうにベッドに寝転び、口を開けて脱力していた。
「お陰様で。 その、ヴィレムが戻っていなくて……」
フィリアは心配そうに話す。
「珍しいね。 レイ先生の所に行きたいところだけど、ヴィレム君がいないと難しい所もあるし……」
アルトは少し考え込む。
「そうだった、昨日採取したアイテムの査定に行かないと。そうだな。書き置きをして朝食に行こう。 査定は結果を待つのに時間がかかるから、食べた後にギルドに行こう」
「そうですね。 その方が、ヴィレムが戻ってきた後も動きやすそうです」
そうして、4人は朝食に向かう。
ヴィレムがいない朝はとても新鮮だった。
エレナは、今ならフィリアに近付くチャンスと、フィリアに、べったりだった。
朝食を済ませたあと、ギルドに向かい、いつでも出られるようにと旅支度をする。
フィリアは、花の街〈フルール〉で花の種を貰ったことを思い出す。
この町でもと、花屋に向かった。
今回購入したのは、花菱草〈エスコルチア〉の種。
開花すると、盃のように花弁が開く花だ。
黄色や橙色、桃色など色数が多く、とても可憐な花だ。
フィリア達は、買い出しを終える。
査定にも時間がかかるため、宿屋に戻りヴィレムの帰りを待つことにした。
◇
昼過ぎ、アルトは査定の結果を聞きに、キナリと共にギルドに向かった。
フィリアとエレナは、宿屋でお茶をしながらゆっくりとくつろぐ。
そんな中、隣の部屋の扉が開く音がした。
フィリアは思わず顔を上げる。
「……ヴィレム?」
ヴィレムが戻ってきたのだ。
フィリアは、ヴィレムの元へと走る。
「ヴィレム! 良かった…… 心配した……」
フィリアの澄んだ瞳が、ヴィレムの目に映る。
「(……この目だ)」
ヴィレムは心の中で思った。
フィリアは心底心配そうに、ヴィレムを見つめる。
「ご心配をおかけしてすみません。 用事は済みましたので…… 様子を見て、夕方頃に診療所に向かいましょう」
ヴィレムはいつも通り穏やかな笑みで答えた。
「ヴィレムどこに行っていたの?」
フィリアは心配そうに尋ねた。
「診療所ですよ。 先生にご相談をしていました」
ヴィレムの事だから、医療費について相談してくれていたのだろう。
フィリアはそう思った。
「そっか。いつもありがとう、ヴィレム!」
フィリアは笑って答える。
ヴィレムは彼女の頬に触れて、笑い返した。
指先で耳を挟み、頬に触れる。
フィリアが喜ぶ触れ方だった。
いつもの2人の空気感。
フィリアは、ただそれが嬉しかった。
エレナはそんな2人の距離感に、心が跳ねた。
家族のような存在だとは聞いてはいる。
兄と弟のようにも見えなくもないが、表情自体はまた別にも見える。
「そういえば…… いつもと違う御髪ですね」
「へへ、エレナがやってくれたの。ね、エレナ!」
フィリアは嬉しそうに、回って見せた。
急に話を振られたエレナは、驚きつつも、
「はっはい! 素敵な御髪だったので……ですわ!」
ヴィレムは珍しく、エレナに笑みを向けた。
「そうですか、エレナ様。ありがとうございます」
基本的に、ヴィレムはエレナを警戒している。
だからこそ、エレナは少し怖く感じたが、先程までの表情を見れば何となく、警戒されていないことはわかった。
エレナは内心ほっとしていた。
今日のフィリアの髪型はシニヨンヘア。
エレナから借りた赤色のリボンが結ばれている。
「とても、似合っていますよ。出会った頃の貴方を思い出します」
「ふふ、懐かしいでしょ」
フィリアとヴィレムはいつもの和やかなムードだった。
2人とエレナが盛り上がっているところ、アルトとキナリが戻ってくる。
アルトとキナリが戻ってくる頃には、昼食の時間だった。
ヴィレムは、宿屋の厨房を借りて昼食を振る舞うことにした。
一行は、夕方までゆっくりと過ごした。
◇
夕方。
フィリア達は、ベレスフォード診療所に向かう。
掛札には『本日休業』の文字。
けれど、
「大丈夫です」
ヴィレムは短く笑い、ベルを鳴らす。
そして扉を開く。
中ではレイが、紅茶を片手にソファへ腰掛けていた。
「遅かったわね」
まるで最初から待っていたかのような口調だった。
フィリアは少しだけ言葉を探し、それから頭を下げる。
「ご依頼のお品は、すべてお持ち致しました。ただ……『不死身の石』は見つからず……」
レイは、そんなフィリアの姿を数秒見つめる。
ラベンダーブルーの澄んだ瞳。
真っ直ぐで、どこまでも疑いのない目。
レイは数秒それを見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「……いいわよ」
カップを机に置く。
「依頼品と、5万シエルで」
あまりにもあっさりした声。
「……え?」
部屋の空気が一瞬止まる。
フィリアだけでなく、エレナも、アルトも、キナリも言葉を失う。
*
遡ること、昼前。
ヴィレムがレイに会いに行き、怪我の治療を受けて休んでいた時の話。
「……そろそろ、戻ります」
着替えを終え、ヴィレムは立ち上がる。
一歩踏み出しかけて、ふと足を止めた。
「その前に、医療費の話をしなければなりませんね」
振り返り、薄く笑う。
「それと『不死身の石』についても、お聞きしたい」
レイの目が細くなる。
「……あんた、最初からその気でしょ」
ヴィレムは珍しく真顔だった。
当然だ。
レイはフィリア達を騙したのだから。
「その石は、危険なものですか」
レイは少しだけ黙る。
「……危険なんて、生易しいものじゃない」
短く答え、視線を落とした。
「正直に言うと、あたしもこの石の正体は知らない。……恩師に貰ったものだから」
そう言いながら、手首の腕輪に触れる。
黄玉(トパーズ)のような石が、日に触れて静かに光を返した。
「ただ、分かっているのは一つだけ」
レイは低く言う。
「これは、所持者の命を無限に癒す石。それに……願えば、他人の傷も癒せる。……限界はあるけど」
ヴィレムは黙っていた。
レイの顔を、じっと見ている。
レイは小さく息を吐く。
「人は死ぬから世界が回る」
ぽつりと言った。
「……それを壊す石なんて、ろくなものじゃない」
少しだけ笑う。
だがその笑顔は、どこか苦しそうだった。
「……この力は、呪いよ」
ヴィレムはしばらく沈黙していた。
やがて静かに口を開く。
「……分かりました」
レイを見る。
「依頼品は揃っています」
そして、少しだけ間を置く。
「ですが、医療費を全て支払うのはいかがでしょう」
レイの眉がわずかに動く。
ヴィレムは続ける。
「『不死身の石』など、存在するはずがない」
ヴィレムは淡々と言った。
「あなたも分かっていたはずです」
少しだけ笑う。
「つまりこれは、依頼ではなく交渉」
レイは小さく息を吐いた。
「……鋭いわね」
そしてヴィレムは、笑う。
「半額でいかがでしょう?」
レイはしばらく考え、
「……5万シエル」
と答える。
そして、小さく肩をすくめる。
「悪かったわよ。あんな嘘までついて」
少しだけ笑う。
「でも、払ってもらうから」
ヴィレムは静かに頷いた。
「構いません」
そして続ける。
「その代わり、こちらにも一つお願いがあります」
レイの目が細くなる。
ヴィレムは淡々と言った。
「私の怪我の件。それと、フィリア様が毒に侵された件」
ヴィレムは一拍置いて、
「内緒にしていただけませんか」
静かに答えた。
レイは黙ったままだった。
ヴィレムはさらに続ける。
レイの腕輪に視線を向けながら。
「もちろん、その代わりに──『不死身の石』の件。 あなたのその石と力のことは、他言しません」
レイはゆっくり息を吐いた。
「……交換条件、ってわけね」
ヴィレムは小さく笑う。
「交渉です」
レイはしばらく黙っていた。
それから、静かに言う。
「5万シエルは譲らない」
視線を上げて、レイは──
「命の重さを知りなさい」
声を低くして答えた。
ヴィレムは一度だけ小さく息をついた。
「……もう一つ。石の件ですが」
ヴィレムは真面目な顔で、
「私達は、その石と似た魔法石についても、少し調べています」
レイの目がわずかに細くなる中、ヴィレムは続けた。
「正体までは分かっていません。ですが、それを狙う人間がいるようです」
診療所の窓から、海風が静かに入る。
「ですから、くれぐれもお気をつけください」
レイは黙ったまま、そしてヴィレムは付け加える。
「もし身の危険を感じた時は、私達か……十二騎士〈パラディオン〉へ」
レイは目を細めて、小さく笑った。
「なに? 今度は恩を売る気?」
ヴィレムは首を振る。
「いいえ、違います」
少しだけ視線を落とす。
「……私は、この身をフィリア様に。西の国〈ノインシュテルン〉に捧げた身です。……ですが」
そしてヴィレムは、
「その命を、あなたに救われた。だから、恩を返すのも、必要だと思ったのです」
レイはしばらく黙っていた。
数秒後、肩をすくめる。
「手段は選ばないくせに、律儀なのね」
ヴィレムは薄く笑う。
「気が向いたらね」
そのやり取りを最後に、二人は沈黙のまま窓の外を見つめる。
「では……夕方にお伺いします」
*
沈黙の後、レイはヴィレムに視線を向ける。
無言のまま、相手の目を捉えるだけで、十分だった。
やがてヴィレムは、少し肩を落とし、静かに口を開く。
「……それで、昼間の件は、すべて受け入れたつもりです」
その言葉は柔らかくもあり、確かに重みがあった。
ヴィレムの視線がレイから少し逸れ、部屋の奥を見渡す。
「……皆さんも、ご心配をおかけしました」
フィリアがにっこり笑って返す。
「大丈夫だよ。無事でよかった」
内心、エレナもホッとしていた。
レイは視線を少し逸らして、紅茶を一口含む。
一行はほっと胸を撫で下ろした。
フィリアは、自ら依頼品と医療費の『5万シエル』を手渡す。
「レイ先生、この度は本当にありがとうございました。この身を大切に、また旅を続けます」
フィリアの真っ直ぐな瞳を見据え、レイは短く答えた。
「そう。命は限りあるものだからね」
そして、レイは続ける。
「で、そこの後ろのは? また何か用?」
そしてふと、後ろの一人に視線を向ける。
誰のことかを言葉にせずとも、はっきりと伝わる。
アルトは一歩前に出た。
「今回は、なかなか話す機会がありませんでしたが……レイ先生、これで最後にお願いしたいことがあります」
珍しく真剣な表情のアルトを、レイは黙って見守る。
「……妹の脚を診てほしいのです」
「またその話?」
「はい」
ずっと、話がつかずにいた事。
流石に3度だ。
今度こそ。
「で、その妹は何処に? 言ったわよね、患者がいないと診れないって」
「精霊の森〈フォレルの森〉にいます。歩けず身動きが取れないのです」
「……じゃあ、あたしが行くようってやつね」
アルトの顔は少し険しかった。
「そうなります。その点だけは、本当にすみません」
アルトは頭を下げた。
「あんた、医学もかじってる錬金術師よね」
レイは珍しく話を聞く。
「はい。旅をしながら、色々調べて回っています。」
「そう、それでもだめなんだ」
「悔しいですが」
「……わかったわ。行ってあげる」
レイはゆっくりと立ち上がり、視線を一行に向けた。
「…………その代わり、エスコートなさい。同行するのは、そこに居る仲間たちとやらでね」
その言葉に、一行は目を見開く。
「……あたしは戦えないのよ。あたりまえでしょ」
「嘘…」
「嘘じゃないわよ。それとも撤回する?」
「いやいやいや……お願いします!」
アルトは頭を下げ、嬉しさを押し殺すように笑った。
「1週間以内に戻ることが条件。長期間は診療所を開けられないから」
腰に手を当て、レイは最後の一言を添える。
「そうと決まれば、明日に備えましょう」
「はい。明日の朝、迎えに参ります」
フィリア達は、宿屋へと戻る。
今日のやり取りで、胸の中の重みが少し軽くなった気がした。
次なる目的は、精霊の森にいるアルトの妹、メルフィのもと。
歩けず身動きの取れない彼女の脚を診るため、女医レイを伴って向かう。
一行は、明日への準備を整えながら、静かに夜を過ごした。
そして、港町の灯りを背に、
彼らの新たな旅路が、静かに動き出す──
第1部 第3章「白濤の港町」End ▷ Next 第4章「再び森へ」
次回からは4章を届けいたします。
公開予定は未定ですが、年内には……と密かな目標も。
次に登場するのは、メイン級の敵サイド。
リジェルやあの人物が──
お楽しみに。
