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3章「白濤の港町」

海漩竜〈アビスオフィリアン〉の騒動が落ち着いた後、フィリア達は翌日に備え宿屋へと戻る。
その後、ヴィレムは単独でレイの元へ向かうが……
その翌日のお話。


 港町〈グランツ〉滞在7日目。
 いつもなら、2日前には旅を再開している筈くらいの日数が経過していた。

 フィリアは、いつもよりゆっくりな時間に目を覚ます。
 ヴィレムがいたらもっと早く起こされていただろう。
 朝が苦手なエレナは、フィリアの隣で気持ちよさそうに眠っている。

 フィリアはこっそり部屋を抜ける。
 ヴィレムが戻っているか確かめるため、彼の部屋へ向かった。

 部屋は静かだ。
 置いたままにしている荷物も変わりない。

 ヴィレムは珍しく帰ってこなかったようだ。
 フィリアは、顔を洗い、身支度をする。

 着替え終わったところで、エレナが目を覚ましたらしく、部屋に押しかけてきた。

 昨日の続きで、髪を結わせて欲しいとの事だった。
 フィリアは言葉に甘えて、ヘアセットをしてもらう。

 終わったところで、フィリアとエレナは部屋を出る。
 早起きのアルトとキナリに会いに行く。

「おはようございます」
「おはよう、2人とも。 ゆっくり眠れたかな」

 アルトは朝のコーヒーを飲みながら、魔導書を読んでいた。
 キナリは暇そうにベッドに寝転び、口を開けて脱力していた。

「お陰様で。 その、ヴィレムが戻っていなくて……」
 フィリアは心配そうに話す。

「珍しいね。 レイ先生の所に行きたいところだけど、ヴィレム君がいないと難しい所もあるし……」

 アルトは少し考え込む。

「そうだった、昨日採取したアイテムの査定に行かないと。そうだな。書き置きをして朝食に行こう。 査定は結果を待つのに時間がかかるから、食べた後にギルドに行こう」

「そうですね。 その方が、ヴィレムが戻ってきた後も動きやすそうです」

 そうして、4人は朝食に向かう。
 ヴィレムがいない朝はとても新鮮だった。
 エレナは、今ならフィリアに近付くチャンスと、フィリアに、べったりだった。

 朝食を済ませたあと、ギルドに向かい、いつでも出られるようにと旅支度をする。

 フィリアは、花の街〈フルール〉で花の種を貰ったことを思い出す。
 この町でもと、花屋に向かった。

 今回購入したのは、花菱草〈エスコルチア〉の種。
 開花すると、盃のように花弁が開く花だ。
 黄色や橙色、桃色など色数が多く、とても可憐な花だ。

 フィリア達は、買い出しを終える。
 査定にも時間がかかるため、宿屋に戻りヴィレムの帰りを待つことにした。

 昼過ぎ、アルトは査定の結果を聞きに、キナリと共にギルドに向かった。

 フィリアとエレナは、宿屋でお茶をしながらゆっくりとくつろぐ。

 そんな中、隣の部屋の扉が開く音がした。
 フィリアは思わず顔を上げる。

「……ヴィレム?」

 ヴィレムが戻ってきたのだ。
 フィリアは、ヴィレムの元へと走る。

「ヴィレム! 良かった…… 心配した……」
 フィリアの澄んだ瞳が、ヴィレムの目に映る。

「(……この目だ)」
 ヴィレムは心の中で思った。

 フィリアは心底心配そうに、ヴィレムを見つめる。

「ご心配をおかけしてすみません。 用事は済みましたので…… 様子を見て、夕方頃に診療所に向かいましょう」

 ヴィレムはいつも通り穏やかな笑みで答えた。

「ヴィレムどこに行っていたの?」
 フィリアは心配そうに尋ねた。

「診療所ですよ。 先生にご相談をしていました」

 ヴィレムの事だから、医療費について相談してくれていたのだろう。
 フィリアはそう思った。

「そっか。いつもありがとう、ヴィレム!」

 フィリアは笑って答える。
 ヴィレムは彼女の頬に触れて、笑い返した。

 指先で耳を挟み、頬に触れる。
 フィリアが喜ぶ触れ方だった。

 いつもの2人の空気感。
 フィリアは、ただそれが嬉しかった。
 エレナはそんな2人の距離感に、心が跳ねた。
 家族のような存在だとは聞いてはいる。
 兄と弟のようにも見えなくもないが、表情自体はまた別にも見える。

「そういえば…… いつもと違う御髪ですね」
「へへ、エレナがやってくれたの。ね、エレナ!」

 フィリアは嬉しそうに、回って見せた。
 急に話を振られたエレナは、驚きつつも、

「はっはい! 素敵な御髪だったので……ですわ!」

 ヴィレムは珍しく、エレナに笑みを向けた。
「そうですか、エレナ様。ありがとうございます」

 基本的に、ヴィレムはエレナを警戒している。
 だからこそ、エレナは少し怖く感じたが、先程までの表情を見れば何となく、警戒されていないことはわかった。

 エレナは内心ほっとしていた。

 今日のフィリアの髪型はシニヨンヘア。
 エレナから借りた赤色のリボンが結ばれている。

「とても、似合っていますよ。出会った頃の貴方を思い出します」
「ふふ、懐かしいでしょ」

 フィリアとヴィレムはいつもの和やかなムードだった。
 2人とエレナが盛り上がっているところ、アルトとキナリが戻ってくる。

 アルトとキナリが戻ってくる頃には、昼食の時間だった。
 ヴィレムは、宿屋の厨房を借りて昼食を振る舞うことにした。

 一行は、夕方までゆっくりと過ごした。

 夕方。
 フィリア達は、ベレスフォード診療所に向かう。

 掛札には『本日休業』の文字。

 けれど、
「大丈夫です」

 ヴィレムは短く笑い、ベルを鳴らす。
 そして扉を開く。

 中ではレイが、紅茶を片手にソファへ腰掛けていた。

「遅かったわね」

 まるで最初から待っていたかのような口調だった。
 フィリアは少しだけ言葉を探し、それから頭を下げる。

「ご依頼のお品は、すべてお持ち致しました。ただ……『不死身の石』は見つからず……」

 レイは、そんなフィリアの姿を数秒見つめる。

 ラベンダーブルーの澄んだ瞳。
 真っ直ぐで、どこまでも疑いのない目。

 レイは数秒それを見つめ、やがて小さく息を吐いた。

「……いいわよ」

 カップを机に置く。

「依頼品と、5万シエルで」

 あまりにもあっさりした声。

「……え?」

 部屋の空気が一瞬止まる。
 フィリアだけでなく、エレナも、アルトも、キナリも言葉を失う。

 遡ること、昼前。
 ヴィレムがレイに会いに行き、怪我の治療を受けて休んでいた時の話。

「……そろそろ、戻ります」
 着替えを終え、ヴィレムは立ち上がる。

 一歩踏み出しかけて、ふと足を止めた。
「その前に、医療費の話をしなければなりませんね」

 振り返り、薄く笑う。
「それと『不死身の石』についても、お聞きしたい」

 レイの目が細くなる。
「……あんた、最初からその気でしょ」

 ヴィレムは珍しく真顔だった。
 当然だ。
 レイはフィリア達を騙したのだから。

「その石は、危険なものですか」

 レイは少しだけ黙る。
「……危険なんて、生易しいものじゃない」

 短く答え、視線を落とした。
「正直に言うと、あたしもこの石の正体は知らない。……恩師に貰ったものだから」

 そう言いながら、手首の腕輪に触れる。
 黄玉(トパーズ)のような石が、日に触れて静かに光を返した。

「ただ、分かっているのは一つだけ」

 レイは低く言う。
「これは、所持者の命を無限に癒す石。それに……願えば、他人の傷も癒せる。……限界はあるけど」

 ヴィレムは黙っていた。
 レイの顔を、じっと見ている。

 レイは小さく息を吐く。

「人は死ぬから世界が回る」

 ぽつりと言った。
「……それを壊す石なんて、ろくなものじゃない」

 少しだけ笑う。
 だがその笑顔は、どこか苦しそうだった。

「……この力は、呪いよ」

 ヴィレムはしばらく沈黙していた。
 やがて静かに口を開く。

「……分かりました」

 レイを見る。

「依頼品は揃っています」

 そして、少しだけ間を置く。
「ですが、医療費を全て支払うのはいかがでしょう」

 レイの眉がわずかに動く。
 ヴィレムは続ける。

「『不死身の石』など、存在するはずがない」

 ヴィレムは淡々と言った。

「あなたも分かっていたはずです」

 少しだけ笑う。

「つまりこれは、依頼ではなく交渉」

 レイは小さく息を吐いた。

「……鋭いわね」

 そしてヴィレムは、笑う。
「半額でいかがでしょう?」

 レイはしばらく考え、
「……5万シエル」
 と答える。

 そして、小さく肩をすくめる。
「悪かったわよ。あんな嘘までついて」

 少しだけ笑う。
「でも、払ってもらうから」

 ヴィレムは静かに頷いた。
「構いません」

 そして続ける。
「その代わり、こちらにも一つお願いがあります」

 レイの目が細くなる。
 ヴィレムは淡々と言った。

「私の怪我の件。それと、フィリア様が毒に侵された件」

 ヴィレムは一拍置いて、
「内緒にしていただけませんか」
 静かに答えた。

 レイは黙ったままだった。
 ヴィレムはさらに続ける。
 レイの腕輪に視線を向けながら。

「もちろん、その代わりに──『不死身の石』の件。 あなたのその石と力のことは、他言しません」

 レイはゆっくり息を吐いた。
「……交換条件、ってわけね」

 ヴィレムは小さく笑う。
「交渉です」

 レイはしばらく黙っていた。
 それから、静かに言う。

「5万シエルは譲らない」

 視線を上げて、レイは──
「命の重さを知りなさい」
 声を低くして答えた。

 ヴィレムは一度だけ小さく息をついた。
「……もう一つ。石の件ですが」

 ヴィレムは真面目な顔で、

「私達は、その石と似た魔法石についても、少し調べています」

 レイの目がわずかに細くなる中、ヴィレムは続けた。

「正体までは分かっていません。ですが、それを狙う人間がいるようです」

 診療所の窓から、海風が静かに入る。

「ですから、くれぐれもお気をつけください」

 レイは黙ったまま、そしてヴィレムは付け加える。

「もし身の危険を感じた時は、私達か……十二騎士〈パラディオン〉へ」

 レイは目を細めて、小さく笑った。

「なに? 今度は恩を売る気?」

 ヴィレムは首を振る。

「いいえ、違います」

 少しだけ視線を落とす。

「……私は、この身をフィリア様に。西の国〈ノインシュテルン〉に捧げた身です。……ですが」

 そしてヴィレムは、
「その命を、あなたに救われた。だから、恩を返すのも、必要だと思ったのです」

 レイはしばらく黙っていた。
 数秒後、肩をすくめる。

「手段は選ばないくせに、律儀なのね」

 ヴィレムは薄く笑う。

「気が向いたらね」

 そのやり取りを最後に、二人は沈黙のまま窓の外を見つめる。

「では……夕方にお伺いします」

 沈黙の後、レイはヴィレムに視線を向ける。
 無言のまま、相手の目を捉えるだけで、十分だった。

 やがてヴィレムは、少し肩を落とし、静かに口を開く。
「……それで、昼間の件は、すべて受け入れたつもりです」

 その言葉は柔らかくもあり、確かに重みがあった。
 ヴィレムの視線がレイから少し逸れ、部屋の奥を見渡す。

「……皆さんも、ご心配をおかけしました」

 フィリアがにっこり笑って返す。
「大丈夫だよ。無事でよかった」
 内心、エレナもホッとしていた。

 レイは視線を少し逸らして、紅茶を一口含む。

 一行はほっと胸を撫で下ろした。
 フィリアは、自ら依頼品と医療費の『5万シエル』を手渡す。

「レイ先生、この度は本当にありがとうございました。この身を大切に、また旅を続けます」

 フィリアの真っ直ぐな瞳を見据え、レイは短く答えた。

「そう。命は限りあるものだからね」

 そして、レイは続ける。
「で、そこの後ろのは? また何か用?」

 そしてふと、後ろの一人に視線を向ける。
 誰のことかを言葉にせずとも、はっきりと伝わる。

 アルトは一歩前に出た。
「今回は、なかなか話す機会がありませんでしたが……レイ先生、これで最後にお願いしたいことがあります」

 珍しく真剣な表情のアルトを、レイは黙って見守る。
「……妹の脚を診てほしいのです」

「またその話?」
「はい」

 ずっと、話がつかずにいた事。
 流石に3度だ。
 今度こそ。

「で、その妹は何処に? 言ったわよね、患者がいないと診れないって」
「精霊の森〈フォレルの森〉にいます。歩けず身動きが取れないのです」
「……じゃあ、あたしが行くようってやつね」

 アルトの顔は少し険しかった。
「そうなります。その点だけは、本当にすみません」
 アルトは頭を下げた。

「あんた、医学もかじってる錬金術師よね」
 レイは珍しく話を聞く。

「はい。旅をしながら、色々調べて回っています。」
「そう、それでもだめなんだ」
「悔しいですが」

「……わかったわ。行ってあげる」

 レイはゆっくりと立ち上がり、視線を一行に向けた。
「…………その代わり、エスコートなさい。同行するのは、そこに居る仲間たちとやらでね」

 その言葉に、一行は目を見開く。
「……あたしは戦えないのよ。あたりまえでしょ」
「嘘…」
「嘘じゃないわよ。それとも撤回する?」
「いやいやいや……お願いします!」

 アルトは頭を下げ、嬉しさを押し殺すように笑った。

「1週間以内に戻ることが条件。長期間は診療所を開けられないから」
 腰に手を当て、レイは最後の一言を添える。

「そうと決まれば、明日に備えましょう」
「はい。明日の朝、迎えに参ります」

 フィリア達は、宿屋へと戻る。
 今日のやり取りで、胸の中の重みが少し軽くなった気がした。

 次なる目的は、精霊の森フォレルの森にいるアルトの妹、メルフィのもと。
 歩けず身動きの取れない彼女の脚を診るため、女医レイを伴って向かう。

 一行は、明日への準備を整えながら、静かに夜を過ごした。

 そして、港町グランツの灯りを背に、
 彼らの新たな旅路が、静かに動き出す──


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次回からは4章を届けいたします。
公開予定は未定ですが、年内には……と密かな目標も。
次に登場するのは、メイン級の敵サイド。
リジェルやあの人物が──
お楽しみに。