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1章「精霊の森」

キナリずぶ濡れ事件後に、昨晩部屋で見つけた写真について尋ねたフィリア。
しかしながら答えは得られなかった。
出発した一行は、その後は何事もなく花の街〈フルール〉への旅路を進む。


 フィリアたちは途中の集落でキナリのことを知っているか調べつつ、予定通り南東へと向かっていた。
 時は過ぎフルール到着の前日の昼下がり、一行は赤い薔薇の花弁が宙を舞う不思議な場所を見つけた。

「薔薇です……! 精霊の森にはこんな高貴な花まで咲いているんですね」

 フィリアは待っている薔薇の花弁を1つ取り、眺めながら匂いを嗅いだ。

 『僕も初めて見たよ』とアルトが続く。
 そんな中、ルボワは静かに何かを考えているようだった。
 すると、フィリアは不思議な声を聞く。

『ふふふ…こっちにいらっしゃい?』

 と、か細い女性の声が聞こえる。
 フィリアは姿の見えない声に当たりを見回す。
 深い藪の奥からまた声が聞こえた。
 フィリアは気になって草木を掻き分け、声の聞こえる方へと向かう。

 ヴィレムは、主であるフィリアのそわそわした素振りに違和感を覚え、フィリアを追う。
 すると深い新緑の森の中に薔薇が咲き誇っていた。

「ヴィレム見て、薔薇園みたい……!」
「フィー勝手に進んでは行けませんよ。でも、ほんとですね、こんな場所があるとは」

 後からアルト、キナリ、ルボワも追いかけてくる。
 アルトとキナリもその優美な花園に感銘を受けているようだった。
 そんな中、何か考えてこんでいるようだったルボワがようやく口を開く。

「………わたし、こんな場所知らない」
「え……」

 フィリアは疑問そうに答えるが、その刹那。
 視界が反転した。
 なにかに足を掴まれている。
 気がつけば宙ずりになっていた。

「フィー!」

 瞬間的な出来事にヴィレムも反応が遅れ、名を叫ぶだけであった。

 フィリアの足に深緑色のつるのようなものが巻きついている。
 身の危険を察したフィリアはヴィレムが自分の名を呼んだことで我に返る。
 咄嗟に愛銃の『雪の精〈ヴァルスドゥネージュ〉』を引き抜き、氷魔法『Ⅰノ弾丸 - 風花〈エアストブレット〉』を放つ。
 弾は自分の足を外し蔓に命中、動きが弱まったところで解放され逆さに落ちる。
 それを、ヴィレムは彼女を受け止める。

「フィー、大丈夫ですか!?」
「びっくりした…… ありがとうヴィレム」
「大丈夫!? 2人とも!」

 アルトはフィリアとヴィレムの名を呼ぶ。

『戻って! 一度、距離を取るんだ!』と、アルトは2人に距離をとるように必死に声をかけた。




 一行は距離を取り、安全を確保してから、起こった事を情報整理をした。

「ルボワ。さっきあの場所を知らないって言っていたよね」

フィリアはルボワに問いかけた。

「うん…… わたしずっとこの森を見てるけど、薔薇は咲いてないし植えてない。仮にわたしが把握してなかったとしても、あんな薔薇園みたいになってたら気がつくはずだから。」

 ルボワは俯き何処か顔色が悪そうに見えた。
そんな様子のルボワを気にかけたフィリアは、彼女の握りしめられた手の上に自分の手を添える。

 「フィーを襲ったのは魔物ですよね。精霊の森フォレルの森には魔物は余りいないはずでは……」
「うん。いないよ。いてもそんなに魔力が強くない子達。 ……どうしてかな……」

 珍しくルボワは元気がない。
困惑しているのだろうか?

「僕もこの森ではあんなの見たことがない。ちょっと待ってね」

 アルトは魔法で分厚い本を取り出す。
 赤色の表紙。
 魔物の情報が書かれた本だ。

「フィリアさん、さっきの魔物の特徴を教えてくれないかな」
「ええと、ボクもはっきりは見てないです。でも……緑色の蔓、ボクが捕まった蔓は棘はありませんでしたが、奥に見えた蔓にはある気がしました。それで反射で氷魔法を放ちました。あとは……薔薇のような花弁ですかね。花自体は見てませんが……かなり薔薇の花弁と似た雰囲気がしました」

「そうなると…… マンドラゴラの一種かな? でも大きさが合わないんだよね」

 マンドラゴラは植物型の魔物。
 花などの植物に化ける下級の魔物だ。
 自我があるとも言われており、地面から引き抜くと悲鳴を上げる。
 通常は膝下ほどの高さだと言われている。

「そうですね……ボクを持ち上げられるという事は、大きいあるいは力がある魔物な気がします。えっと、マンドラゴラはそんなに大きな個体はいませんよね。その、ボクを持ち上げた魔物から妙な魔力を感じました。……多分」

 フィリアは魔力を感じ取る力に優れていた。
 そのため魔物の魔力を少しだけ感じ取れたのである。

「妙? どんな感じだった?」
「一般の魔物から感じる魔力ではなく、どこかおぞましい感じがしました。………たっ多分です」

 フィリアは確証が持てないせいか、自信なさげに答えた。

「所謂、大型や上級の魔物とは遭遇したことは無いです。ですが、その様な重圧を感じたのも事実です」
「……」

 ルボワは俯いていた。予期せぬ自体が起こっている……
 そんな不安が彼女を曇らせているのだろうかとフィリアは感じていた。

「やはり未知の魔物なのではないでしょうか。情報が足りない上に、ルボワ様も分からないと仰っていますので」

 ヴィレムは、主であるフィリアとルボワの顔色を伺い答えた。

「そうだね。でも、あのままあの魔物を放置して置くのは良くない。そうだよねルボワ」

 アルトはルボワに未知の魔物について問いかける。
 ルボワはぴくっと反応し答えた。

「うん。……わたしにもあの魔物正体は分からない。でも、あのままにしたらこの森が変わってしまいそう。この森に住んでいる人々も心配だから……何とかしないと」

「そうだよね。僕も妹が住んでいるから、不安要素は取り除きたい。そしたら、予測できる範囲で作戦を練ろう」

 一行は各自の戦闘スタイルや得意な魔術を共有した。
 薔薇やマンドラゴラに似た外見から魔物は植物族と予想し、弱点である炎魔法と氷魔法を使うことが出来るアルトとフィリアを主軸とし戦うことにした。

 前衛としてヴィレムとキナリは、中衛以降のフィリアとアルトを守る役割。
 ルボワは地魔法を得意とするため、恐らくは魔物と互角の相性。
 後衛として2人を守る役割を担う方針で作戦は固まった。

 今作戦の要はアルト。
 炎魔術は彼の十八番であり、炎の上級魔法をぶつけることで魔物を退治するという作戦だ。
 しかしながら、上級魔法とは発動に時間がかかるもの。
 そんな彼を援護しながら戦うのだ。




 一行は話終え、先程の魔物の元へと向かう。
 低木の前にしゃがみタイミングを見計らう。
 その時フィリアは、隣のルボワに微笑みかけた。

「ルボワ、大丈夫だよ。みんないるから。貴方が、いや、この森のみんなが安心できるように、戦おう」

 ルボワは安堵し『うん!』といつも通りに答えた。

 すると一行の視界に紅色の花弁が舞う。
 先程対峙した魔物の物だ。
 恐らく人気を感じ花弁を振り撒き始めたのだろう。

 ヴィレムは立ち上がった。そして小さな声で、

「キナリ様、参りましょう。フィー、皆様、前衛はお任せ下さい。それではご武運を」
「うん、ヴィレム無理しないでね」

 フィリアは立ち上がったヴィレムを見上げて一声かけた。

「大丈夫ですよ。私が傷付いた姿を見たことがありますか? ふふ。ご心配なさらずに、フィーは自身のお役目を全うくださいませ」

 『いってきまぁす〜』とキナリも告げ、作戦が開始した。
 敵の本体は把握出来ない状態にあるため、まずは前衛の2人に魔物を引きずり出させる。
 姿が見えたところで、アルトの上級魔法をぶつけ退治する算段だ。
 敵は遠距離攻撃も可能な為、フィリアやルボワは攻撃の要であるアルトを援護する形になる。




 ヴィレムとキナリは薄暗く先が見えない、森の中へと進んで行く。
 一向に敵の姿は見えないが、フィリアが足を掴まれたと思われる蔓が暗闇から襲いかかってくる。

 それをヴィレムは愛用の小型ナイフ『トレートル』で切り裂いてゆく。
 キナリも斧を振り回し蔓を薙ぎ払う。ヴィレムの戦闘スタイルは、前衛〜中衛のオールラウンダー。
 刃渡り10cmほどの小型のナイフを身体中に仕込み、軽やかに宙を舞うかのように戦う。
 瞬発力と並外れた動体視力を持っており、20m近く離れた的にナイフを的中させるほどの技術も持っている。
 攻撃に特化した魔術も使える為、場合によっては武器に魔術を盛り込んだ技も使う。

 キナリは、共に旅をするようになって日が浅いが、物理攻撃一筋の前衛特化型。
 木こりとして木を切るのに使っていた馴染みのある斧を、小柄ながらも笑顔で難なく振り回す。
 ある意味、ぶれることの無い『楽』の感情を持ちながら戦況を掻き回す狂戦士たる存在とも言える。

 敵は警戒状態なのだろうか、距離を詰め、近づく事に蔓の数が増えるが襲いかかっては来ない。

 2人の役目は、敵の本体が見えた場合にヴィレムかキナリが合図を送り、アルトが上級魔術を発動する事。
 2人は警戒しつつ敵を探る。
 待機しているフィリア、アルト、ルボワの3人は、息を潜めて2人の様子を伺う。

 そろそろかとヴィレムがまた一歩、地を踏み締めた所で、薔薇の花弁が視界によぎり始め目の前に女性の姿のようなものが見えた。
 その場でヴィレムとキナリは立ち止まる。
 女性のようなシルエットが、深い森の闇の中に立っている。
 暗闇のせいか姿はよく見えないが、両手を広げ森に誘うかのように手招きをしている。
 ヴィレムはキナリに警戒しながら進む。

 尚、後方で様子を伺う3人にはその女性のようなものは見えない。

 徐々に距離を詰めると、裸の女性が立っていた。
 キナリはいつも通りの声色で『はえ〜 “みどりいろのかみ”の“じょせい”がたってます〜なんで“はだか”なのでしょう〜』と、ヴィレムに問いかけた。

 ヴィレムはキナリに『はて、私には明るい茶髪の女性が見えますが』と返す。
 お互いに見えている女性が違うのだ。

「キナリ様、その女性は長身ですか?」
「はい。“おとなのおねえさん”ぽいです〜」

 すると、ヴィレムは自ら小型ナイフを膝に刺した。

「はえ!? なにをしてるんです??」

 流石にキナリも、自分の膝にナイフを刺したヴィレムを見て驚いていた。
 一方ヴィレム自身は表情も特に変わらず平然としている。

「あぁやっぱり。あの花弁は催眠誘導です。私が見た女性とキナリ様が見た女性が異なること、妙におびき寄せられているような感覚がしたもので」

 状況が分からず再び裸の女性にに視線を戻すキナリ。
 2度目に見た女性はまるで蔓で形が作られた人形のようなものだった。

「わー!ひとじゃなかったです!」
「恐らく、花弁や香りで人を誘導して捕まえる……そんな魔物なんでしょう。さて、奇襲を掛けたいところですが……無駄に刺激すると、蔓の攻撃範囲が広がりそうです。キナリ様はいかがお考えですか?」

「うーん。わかんないです〜。でも、“しょくぶつ”なら“ね”から“ねらう”のが1ばんですね〜! なのでこうします」

 キナリは『えい!』と掛け声をし、斧の刃を内側に、斧裏側を勢いよく地面に叩き付けた。

「え」

 ヴィレムはキナリの華奢な身体から放たれた、あまりにも大きな一撃に愕然としていた。

 軽々しい掛け声とは裏腹に地面に亀裂が入る。
 地面を直接狙った広範囲の攻撃だ。

 ドン!と大きな音は後方の3人にも聞こえ、身構えて警戒状態へと入る。

 『えっ、さっき地面揺れなかった??』とアルトは少し動揺する。
 フィリアは少しだけ前に出て様子を見てくると告げ前へと出る。




「ふう、やっぱり“ちからしごと”はいいですね〜」

 数秒後、ヴィレムは冷静さを取り戻した。

「あらら……急な攻撃ですね。キナリ様。一体どこにそんな力が……」
「あはは〜 みてください〜 さっきの“てきさん”も、“あな”に“おっこち”ちゃいましたよ〜」

 キナリはにこやかに、自分で空けた亀裂に落ちたとも思われる魔物を指さす。
 その瞬間、すごい勢いで蔓が通過していくのが見えた。
 通過した蔓は、自分たちの後ろに地に根を張るようにめり込んでいる。
 待つことなくキナリが空けた亀裂から蔓が湧き出てきくる。

 いよいよ敵のお出ましだ。
 ヴィレムとキナリは戦闘態勢に入った。