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2章「花の街」

フィリア達は、エレナとリィに街の案内をしてもらい、花の街〈フルール〉での一日を過ごした。
エレナと別れた後、フィリア達は早めに休息に入る。その頃、エレナ達は―


 エレナとリィはフィリア達と別れた後、自宅がある西エリアに戻った。
 夕食時に、今日あったことを簡単に両親に伝え、シャワーを浴びて休む。

 リィは家が無いため、町長の邸宅に仮住まいしている。

 昔、エレナの父と叔父がそれぞれ自分と同じ年頃に使っていた部屋。
 エレナは父の部屋を、リィは叔父の部屋を使っている。
 リィは客人でもあるため、そのまま部屋を使っているが、エレナは自分好みにコーディネートしているため、すっかり女の子の部屋になっていた。
 ……最も幼い頃から使っていれば、そうなるものではあるが。

 エレナは部屋の明かりを落とし、ベッドにある小さな棚の上に乗っている照明に明かりを灯す。
 炎の力を帯びた魔法石を応用した魔法道具。
 西の国では一般化しているアイテムだ。

 エレナはベッドに腰掛け生乾きの髪を乾かし始めた。
 彼女の髪はお尻が隠れるくらいに長い。
 髪は細く直毛。
 こうして欠かさず手入れをしているからこそ、癖がなく美しい髪をしているのだろう。

 エレナは今日あったことを思い出しながら、髪を乾かす。
 優しく何処かあどけなさを持つフィー。
 掴みどころがないが仕草や物言いが丁寧なヴィレム。
 温厚で話しやすいアルト。
 風変わりでびっくりするけれど何処か癒されるキナリ。

 面食いで理想の男性を探し求めるエレナには、天国にいるかのような至福の時間ではあった。
 やましい気持ちが先行しやすい彼女だが、今日知り合い街を案内した4人は、おそらく自分と歳が近いながらも街の人では無い。
 そういう意味でも話しやすく、何より心から楽しかった。
 一人一人が輝いて見えて、思い返せば純粋に幸せな時間だったと思えた。

 今日あったことを振り返る中、自分がヘッドに座った時、横に置いた桃色の尖晶石〈スピネル〉のような石があしらわれた指輪が視界に入る。
 それは彼女の大切なもの。

『あっそういえば、この間ガルザに会って、彼今とても幸せそうだったよ。すごく綺麗な彼女がいて……』

 昼間たまたま会ってしまった同年代の少年・カスペルが話したこと。
 この言葉が耳から離れなかった。

「(ううう……失恋しましたわ……)」

 エレナは顔面を手で覆いながら、ベッドの上を転がる。
 そして、もう一度指輪を見つめると、フィリアに興味を持って貰えた時の事を思い出す。
 エレナは頬を赤らめた。
 髪を乾かし終え、横になった彼女は指輪を眺めながら物覚えに耽る。

『女の子はみんなお姫様』

 幼い頃に亡くなった叔母の言葉。
 幼かったエレナは当時の記憶がほとんどない。
 それでも、その言葉だけは覚えていて、自分が1番好きな言葉だった。

 いつか自分を認めてくれて、大切に思ってくれる人が現れて……
 心が通い合って……わたしを攫ってくれるような人が自分にも。

 そう願いながら、彼女は辛いことがあっても涙は見せなかった。
 自分が町長の娘で同世代の人々と気まずくても。
 そして、ひとりの少年の顔が浮かんだ。




『エレナ!』

 幼い男の子の声。
 その名を呼ぶのは、自分と同世代の子供の中で誰よりも輝いていた少年・ガルザ。
 彼は馬借の家系の息子だった。
 花の街〈フルール〉で事業をしているが、様々な土地に荷物を届ける親に同行し、気がつけば気さくで誰にでも対等に接する事が出来る少年になっていた。

 エレナは子供たちの輪に入れず、様子を見ていたところ、ガルザが声をかけてくれたのだ。

「エレナも遊ぼうよ」

 ガルザはエレナの手を引っ張って。
 仲間に入れてくれた。

 エレナ個人は、自分が町長の娘だからと皆が気を使っていることを知っていた。
 それが気まずくて、一体一なら問題ないが、複数人になると引け目を感じていたのだ。
 そして、自分が浮いているような気がする……そんな不安を知ってしまい恐れていた。

「えっと」

「エレナはなんでみんなと遊ぼうとしないの?」
「みんなが、わたしに気を使っているのを知っているから……わたしが町長の娘だから。……普通のお家なのに」
「うーん、俺は気にしたことないけどな。だって俺たちまだ子供だよ? そう言うの大人が気にする事で……子供のうちは元気に遊んでいるのが1番だと思う! 遊べるのは子供の特権だから」

 ガルザはとても前向きだった。
 彼が後ろめた様な事を言う時があるのか……想像もつかないくらいに。

 だからこそ彼は、同年代の子供たちの中では1番の人気者で、自分には輝いて見えた。
 エレナはそんな彼が羨ましくて、憧れだった。
 彼なら自分の不安もプラスに変えてくれるかもしれない。
 そう思って問い返した。

「大人になったらどうなっちゃうのかな……」
「俺なら、気にせず振る舞う! ……でも、それでもエレナが気になっちゃうなら、笑顔でいることは忘れないで欲しい。花の街フルール の町長の娘なら、堂々と笑っていればいいと思う。笑っていたら心配も吹き飛ぶよ」

 ガルザは、にかっと笑って答えて見せた。
 どうして彼は、こんなに前向きなのだろう。
 自分の心配事も意図も簡単に良い方向へと導いた。

「ありがとう、ガルザ。少しずつ頑張ってみる」
「おう! その意気だ!」

 その日エレナは、同世代の子供たちと楽しく遊んだ。
 公園で鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり。
 日が暮れる頃、皆は帰って行った。
 親が迎えに来る子供もいれば、かけて帰ってゆく子供も。

 夕方、皆が帰宅する中、エレナは帰りたいが帰れない状況にあった。

「ない…… どうしよう」

 物心着いた時から大切にしている指輪が無くなってしまったのだ。

 桃色の尖晶石スピネルのような石が着いたもの。
 母親から幸せのお守りとして貰った大切な指輪だ。
 やがて一緒に遊んだ子供たちは皆帰ってしまった。
 そんな中、1人様子がおかしいエレナに気がついていたガルザは、エレナに声をかける。

「エレナどうしたの?」
「大切な指輪なくしちゃったの」
「! 探そう!一緒に探すから!」
「うん」

 しばらくして2人は指輪を見つける。
 結果的に見つけたのはガルザだった。

「もしかしてこれ?」
「これ!これよ!ありがとう、ガルザ」
「ちょっとまってて、汚れてるから洗ってくる」

 エレナは自分で洗おうとした所、ガルザは水道へと駆けていき、指輪を洗ってくれた。

「はい! 」

 ガルザは洗った指輪を差し出したが、
「あっ指輪だから、これで!」

 エレナは正直驚いた。
 ガルザが自分に指輪をはめてくれたのだ。
 ……微かに憧れていた人に、そんなことをして貰えて、エレナは驚きのあまりに硬直していだ。
 ガルザ自身は純粋な子供で、下心もなく、素でそうしたのだろう。

「…!」

 エレナは林檎のように頬を染めた。
 心臓の鼓動も高鳴って。
 反応が遅れたが、ゆっくりと喜びへの実感が湧いてくる。

「この指輪、エレナの髪色みたいで綺麗だね」

 彼は自分が言って欲しいことを知っているのだろうか。
 指輪は家族から貰ったお守り。
 髪は自分に似た人がおらず気になる気持ちも持ち合わせていたが、春の花のような、自分だけのその髪をエレナはとても気に入っていた。

「あっありがとう……指輪は……わたしの宝物なの」
「じゃあ、もう無くすなよ!大切にするんだぞ!」

 ガルザは少年らしくにかっと笑った。その時の笑顔は今でも忘れない。

 そして数年後。
 ガルザは王都・リヴェリウムに引っ越す事になる。
 親の商売が繁盛し王都に住むことが叶った事、ガルザに王都にある学校に通わせたい気持ちがあっての選択だったらしい。

 皆がガルザ達の家族を祝福する。
 勿論、同世代の子供たちはガルザへと激励の言葉をかける。

 そんな中、エレナは、町長の親の影から彼を見ていた。
 あの時、自分が変わるきっかけをくれた彼。
 いつも憧れていた眩しい彼との別れは、心にぽっかりと穴が空くような寂しさがあった。
 その寂しさを最後の時まで笑顔の彼を見ながら埋めていたのだ。

 愛おしい貴方は、わたしを元気にしてくれる輝かしい存在―
 エレナは気がつけば彼に思いを寄せていた。
 きっと彼は王都でも人気者になるだろう。
 学校でも努力して自分だけの道を切り開いていく。

 そうに違いない。
 ……きっとこの別れは本当に最後なのだろう。
 そう思うと寂しくて、彼の笑顔を求めるように眺めていた。

 ガルザ達は、最後に町長であるエレナの両親に挨拶しに来た。
 その時、ガルザは変わらぬ笑顔でエレナに話しかけた。

「エレナ。今日までありがとう!」

 エレナは寂しくなって、遂に涙が零れ出してしまった。

「えっ!? わああごめんね、エレナ。泣かせるつもりは無かった……」
「違う……ガルザは悪くないよ。わたし、ずっとガルザの笑顔に元気をもらっていたの。だから……」

 彼には王都での生活が待っている。
 きっと今より充実した日々を送って、いずれ今を忘れてしまうだろう。
 そう思うと寂しかった。

 下を向いてぽろぽろと涙を零すエレナ。
 視界には自分の首元に下げている指輪が目に入った。

 『恋のお守り』そう言って貰った自分の大切なもの。
 無くした時、彼と一緒に探して見つけてもらって……ときめくような渡し方をして貰って。

 エレナは咄嗟に指輪を差し出した。

「ガルザ! ……これ」

 自分の大切なもの。
 エレナにとっては彼との思い出の品。
 これを渡せば自分のことを覚えててくれるかもしれない。

 流石のガルザも驚いて反応が遅れていた。

「エレナ!? こっこれはだめだよ。大切なものって言ってたじゃないか」
「っ! ご、ごめんなさい。ガルザに忘れて欲しくなくて……何か渡さないとって思ったら」

 エレナはずっと泣いていた。
 ただ、彼との別れが寂しかった。
 彼がいなくなっても、自分との繋がりが欲しかった。

「大切なものは受け取れないよ。……エレナ、前に話したこと覚えてる? 笑っていようって話。僕は、笑って欲しいな。こう言うの『せんべつ』って言うのかな? 」

 エレナは目を擦り涙を拭う。
 そして少しだけ震えた声で、

「またいつか……会えるって信じてもいいかな。次に会う時は、ガルザに負けない笑顔が素敵なレディになっているから。心配事も程々にして強くなるから……忘れないで」

 と答えた。

 ガルザはエレナの肩を掴んで、

「エレナ、心配事も大事だよ。その心配は君の優しさで、エレナの一部。それも忘れないでね。また会う時……どんなエレナになっているか楽しみにしているから。……また会おうね。」

 ガルザは笑って答えた。
 エレナも最後に笑って見せて、2人は別れた。

 それからのエレナは、次彼に会う時に、どんな自分でいたいか……その気持ちを胸に日々を過ごした。
 笑うことを忘れずに、昔叔母から教えてもらった言葉を胸に、素敵なレディになりたい。
 彼が帰ってきた時、自分の親が治める花の街フルールに来た人々に素敵な場所だと思って欲しい。
 そう思って出来ることをしてみた。

 心配しがちな気持ちは変わりないけれど、次会う時に恥じないように、彼に振り向いて貰えるように。

 気が付けばエレナは人の良さを見抜く一面が突出するようになった。
 それは、自分という存在が出し切れず内気だった頃の自分の良さをみつけてくれて、卑屈で思いきれなかった自分の手を引いてくれた彼に憧れたから。

 いつしか、些細なことでも注目して見てみたら、世界はとても輝いて見えた。

『自分を見てもらえて、理解してもらえることは嬉しい』

 きっと、自分に対しての心配事が多い自分なら、些細なことに気が着いてしまう自分なら、ある程度は人を思えるだろう。
 知られたくない事もあるけれど、心配されないようにわたしは笑うの。
 彼がそうしていたように。




 ――目覚ましの音が鳴る。

 気がつけばエレナは、指輪を握り締めながら眠っていた。
 いつもは枕元にある宝石箱に大事にしまっているのに。

 久々の充実した一日、懐かしい思い出。
 そんなことを考えながら、エレナは眠りについていた。

「(もう、朝なの……)」

 エレナは欠伸をしながら身体を伸ばした。
 愛用の薄桃色のネグリジェが肩から落ちる。
 何となく意識がはっきりせず、ゆっくりと瞬きをしていると、ノックの音が聞こえた。

「エレナ」

 リィの声だ。

「なんですの……」
「起きてル?」

 早起きのリィがエレナを起こしにやってきた。
 エレナは眠そうにしながらも、ベッドから降り、扉を開ける。

「おはようございますですわ……リィ」
「わ、眠そう……」

「昨日のことを思い返していたら寝落ちしていましたの……」
「寝る時はちゃんと寝なきゃだめだヨ」

 リィは誰もが手本とするような、規則正しい生活をしている。
 逆に言えば、出会ってから、夜更かしも寝坊も見たことがなかった。
 食事の食べ残しすら。

「リィはお母さんみたいですわ」
「……も、髪やってあげるから……顔洗ってきテ!」

 エレナは顔を洗いに行く。スッキリと目が覚めたところで、

『これが今のわたし。街の案内をして、手伝いをして、皆の笑顔を見届ける。素敵な所を探す。……そして、いつか自分を見てくれる人を見つける』
 いつも心の中で唱えている事。

 鏡の前の自分を見て、

『失恋がなんですの、わたくしを見てくれる人と出会うかもしれないのに! 素敵な殿方と出会えるかもしれないのに! 今日も頑張りますわ!』

 エレナは鏡に向かって笑う。

『エレナ〜?』

 リィの声だ。帰りが遅いエレナを呼ぶ声。

『今行きますわ!』

 部屋に戻ると、リィが櫛を持って待っていた。

「ごめんなさいですわ! ふふ、リィは髪を結うのが上手だから、嬉しいですわ」

 リィに身支度を手伝ってもらい、2人は部屋を出る。

 そして今日も、エレナとリィの一日が始まる―