3章「白濤の港町」
第38話「 影が潜む洞窟 - A Girl Learns of Life as She Moves Forward. - 」
お宝が眠るという、港町〈グランツ〉の離島に上陸したフィリア達。
女医のレイに依頼された薬草などを順調に採取する中、洞窟のダンジョンを発見する。
その洞窟には様子がおかしい魔物がいると言う。
参加者を募りダンジョンを攻略する。
町民と約束し野営地へと戻る。
フィリアたちは洞窟から野営地へ戻る。
アルトのマッピングのおかげで、帰り道はスムーズだった。
行きにマーキングした『ユウモッカ』も無事採取。
目印に30分ほど歩くと野営地に到着。
行きの1時間が早く感じられた。
日没前に夕食の準備を開始。
キナリが釣った特大のシーブリームを使う。
桶の中のシーブリームは、もう静かだった。
「こんなに大きいのは初めてですね」
食器を並べながら、フィリアは身を乗り出す。
夕暮れの光が、銀色の鱗をやわらかく照らしていた。
「見ますか? ……あまり気持ちのいいものではありませんよ」
ヴィレムは短くそう言う。
「大丈夫です」
そう答えたものの、胸の奥が少しだけ緊張する。
今まで見たことの無い大きさの魚を捌くのだから。
刃が入り、水のような小さな音がする。
魚の身に触れた空気が、わずかに温度を帯びる。
外側はひやりとしていたのに、内側はまだ、生きていた時間を残しているようだった。
赤が、刹那だけ覗く。
フィリアは目を逸らさなかった。
……さきほどまで、泳いでいたのだ。
そう思った途端、言葉が消える。
命は、こんなにも近い。
けれどもう、動かない。
ヴィレムは淡々と処理を終え、海水で刃を洗う。
内臓はまとめられ、脇に置かれた。
フィリアはやっぱり慣れなくて直視は出来なかった。
でもその場から去ることはなかった。
やがて、火にかけられたシーブリームから香ばしい匂いが立ちのぼる。
持参したオリーブオイルが弾けて、温めたパンの匂いと混ざる。
「本日の夕餉は、鯛の焼き物とパンですよ」
ヴィレムがわずかに冗談めかして言う。
いつもの穏やかな笑みを彼女に送って。
「いい香りだね。流石ヴィレム君だ」
向こう側で武器の手入れをしていたアルトが顔を出す。
エレナもミニサラダの準備をしており、食卓に並べ終えたところで、目を輝かせていた。
『まるで、レストラン料理みたい』だと。
一行は席に着く。
皿に盛られた白身は、柔らかく湯気を立てていた。
そして、ひと口運ぶ。
「……美味しい」
夕暮れの波打ち際。
フィリアの小さな声が、波音に溶ける。
確かに、美味しい。
けれどそれだけではない何かが、胸の奥に残る。
尊い──
そんな言葉が浮かびかけて、形にならず消えた。
何処かいつもと違う。
……静かなフィリアの姿を一同は何となく察していた。
ただ静かに。
明日の話をしながら食事は終わる。
◇
食後、片付けをしていると、まとめたはずの内臓が目に入った。
フィリアは手を止める。
「ヴィレム、これ……どうしましょう」
一瞬、答えを探すように海を見る。
「海から来たのですもの。海に返しても、よいのでしょうか……」
ヴィレムはわずかに視線を向ける。
彼はただ静かに、一瞬考えて、
「海は、全部抱えていきます」
それだけを言った。
フィリアは小さくうなずき、両手でそれを持ち上げる。きっと在るべきところに帰ると信じて。
「……ありがとうございます」
誰に向けた言葉か、自分でも分からないまま。
波はただ静かに、それをさらっていった。
気が付けば日は落ちて、夜空で星が瞬く。
焚き火が穏やかに燃えている。
……フィリアは慣れていなかった。
今まで、ヴィレムが野営するために動物や魔物を捕まえたことはあった。
それでも、15年間、城という大きな囲いの中で穏やかに育ってきた。
……今はただ、命の在り方に少しだけ触れた。
◇
食後、エレナがお茶を入れてくれた。
一服した後、一行は夜に採取する予定の『ヒカリセッコク』へと足を運ぶ。
それはとても儚げで、淡い光を発していた。
蛍よりも淡い光がみの部分から微かに放たれる。
とても幻想的で、美しいものが好きなフィリアの心をくすぐった。
「とても綺麗ですね…… なんだか感動してきました」
蘭の花のような形をした、6枚の細い花びらから淡く放たれる光はとても美しく、夜空に劣らないくらい幻想的な光景を作る。
「ヒカリセッコクはね、生薬になるんだよ。熱病後の脱水とか、食欲不振、疲労回復にも効く、滋陰薬になるんだ」
アルトは淡々と語る。
にこにこしながら、依頼主のレイの分、自分の分を採取する。
「ボクもひとつ思い出に」
フィリアはそう言って1輪だけヒカリセッコクを摘む。
「押し花ですか?」
ヴィレムはフィリアに問う。
「はい。旅で見た印象深い草花はそうしたくて」
フィリアは嬉しそうに答えた。
ヴィレムはシーブリームの調理を見た直後、いいやもっと前、彼女が無人島に上陸する前に気を張っている時から、彼女を気にしていた。
少しだけ、いつも通りになった。
そんな気がして微笑んだ。
一行は戻り、就寝の準備をする。
明朝に水浴びをしてから、例の洞窟に向かう。
そう予定を決めてから、それぞれ寝床の準備をする。
女性の2人は隣に並んで、フィリアの隣にヴィレム、そしてアルトとキナリ。
町の光に邪魔されぬ、澄んだ星空を眺めながら眠った。
◇
離島滞在2日目、洞窟攻略の約束の日。
フィリアたちは水場で軽く体を流し、朝食後、約束の場所へ向かう。
そこには10人くらいの参加者が集まっていた。
昨日出会った、町民の2人組。
ラズベリー色の目立つ髪色をローブで隠す魔女らしき人物と、同じ黒いローブの男性2名。
ギルド『ヴィルデ・アッフェン』の戦士2名
巡回していた自警団『ダイダロス』の団員2名
フィリアたち5人。
合計14名。
他の参加者の中には一般人もいたため、比較的戦える人を募ったらしい。
一行が到着次第『ヴィルデ・アッフェン』の戦士が話だす。
「よく集まってくれた。俺はモーノ。『ヴィルデ・アッフェン』の戦士だ」
モーノは慣れた段取りで、それぞれ自己紹介と、先頭スタイル、ダンジョンの攻略経験を教えるように皆に問う。
自分たちは、剣や斧などの多彩な武器が使え、魔術においても中級〜スクロール経由で上級魔法も使えるとのこと。
町民たちは基本的に魔物狩りをしている一般的な男性5名。
剣術や弓などを使えるが、魔術は初級魔術のみ。
ローブを被った3人組のうち、魔女らしい人物は『リートゥ』と名乗った。
女性らしい艶のある声で、自分は拘束や呪い系統の魔術が得意だと話す。
仲間らしき男性2人は話すことなく、代わりにリートゥという女性が、剣術が得意で少しだけ攻撃魔術が使えると話た。
『ダイダロス』の2人は剣術と銃などの飛び道具。
戦い慣れた2人だった。
そしてフィリアたち。
フィリアは魔法銃使いの中衛。
ヴィレムは物理特化のナイフ使いで前衛、アルトは上級魔法が使える近接向けの短刀使い。
キナリは言わずと知れた完全前衛。
エレナは付与魔術が使え、威力型の近接武器使い。
フィリアたちはバランスの取れたパーティだったため、5人で攻略することになる。
町民たちには、『ヴィルデ・アッフェン』のモーノと『ダイダロス』の1人。
ローブを被った3人組には『ヴィルデ・アッフェン』のもう一人の戦闘員・アープと『ダイダロス』団員のもう1人加わる。
今回攻略する洞窟は広いため、3つに分かれ、階層を進む時に連絡する手立てだ。
お互いの連絡手段とし、魔法石が配られる。
フィリアたちは魔法石を受け取り、最後に洞窟に入ろうとした時。
アルトは、妙に真剣な顔で何かを考えている様だった。
「アルトさん?」
フィリアが気がつき声とかけると、アルトははっとして笑いかける。
「ごめん。ちょっと考え事をしてたみたい」
いつもの調子に戻った後、『さあさあ時間がないよ、行こう』と張り切って歩き始めた。
その様子を、一人薄く笑いながら見ていた人物がいた──
◇
昨日同様、洞窟のマッピングはアルトが担当する。
彼を先頭に進む。
洞窟の奥は思ったより広い。
天井から落ちる水滴が、一定の間隔で岩を叩いている。
足音は静かな洞窟に長く反響した。
「この洞窟。深そうですね。……多分、フロアは少ないと思いますが……迷路のように入り組んでいると拝見します」
ヴィレムは壁を触りながら答えた。微かにつけられた切り傷を指で謎りながら答える。
「深い……というか、思ったより広いね」
フィリアが周囲を見回すと、アルトは壁を軽く叩いて確かめながら頷いた。
「自然洞窟を少し掘り広げた感じかな。ほら、この削れ方。人の手が入ってる」
そう言って短刀の先で岩肌を指す。
確かに、ところどころだけ不自然に滑らかな面があった。
「つまり、誰かがここを使っていたってこと?」
「たぶん昔ね。鉱石か何かを掘ってたのかも」
「人が掘った場所が?」
「たぶんね。ほら、この岩の切り方」
アルトはそう言いながら、壁に小さく印を刻んでいく。
迷わないようにするための目印だ。
「もしかしたら、海賊のアジトだったって話だし……人工的に部屋が沢山掘られてる洞窟なのかもね。迷わないようにしないと」
その横で、キナリは黙々と先頭を歩き、時折天井を見上げている。
一応警戒はしているのだろう。
ヴィレムは少し後ろに位置取り、全体を見渡していた。
しばらく進むと、エレナが足を止めた。
「これは……」
彼女が指差したのは、岩の隙間に群生している小さな黄緑キノコだった。
淡く光り、洞窟の暗がりの中で静かに揺れている。
「ドウクツアカリダケだね」
アルトがしゃがみ込み、慎重に根元を切り取る。
「乾燥させると薬の材料になる。港町〈グランツ〉でも少しは売れるよ」
「採取もちゃんとできるダンジョンなんですね」
フィリアは少し嬉しそうに言った。
そして、鏡石〈ミラーストーン〉にドウクツアカリダケを記録する、
トレジャーハントと言っても、宝だけが目的ではない。
こうした素材も、旅の資金になる。
袋にキノコを収めた直後だった。
ばさっ、と頭上で羽音が響く。
「っ!」
影が落ちるより早く、ヴィレムのナイフが閃いた。
小さな影が地面に落ちる。
洞窟巣食う、コウモリだった。
「大丈夫です」
ヴィレムは軽くナイフを振り、血を払う。
「群れてはいないみたいですね」
「この程度なら問題ないね」
アルトは周囲を見渡しながら言った。
「むしろ静かすぎるくらいかな」
◇
しばらく進むと、壁の一角でアルトが足を止めた。
彼は岩肌を指先でなぞり、短刀の柄で軽く叩く。
乾いた音と共に、表面の石がぱらりと砕けた。
割れた断面は、鈍い赤色を帯びている。
「メルキュール原石だね。運がいい」
アルトは慣れた手つきで小さな採掘具を取り出し、慎重に鉱脈を削り取っていく。
崩れた欠片を布袋へ入れる様子を、フィリアは興味深そうに覗き込んだ。
「それが、水銀になるんですか?」
「精錬すればね。錬金術や薬の材料になる」
説明を聞きながら、フィリアは赤い鉱石をまじまじと見つめる。
アルトは依頼分以外にも多めに採取する。
きっと売買してお金にする分と、自分の研究に使うのだろう。
その横で、キナリが首を傾げた。
「……なんだか、“ち'”みたいですね〜」
いつもの調子で力の抜けた言葉。
だけどどこか確信的な言葉に、アルトが思わず苦笑する。
「確かに色は似てるね」
袋の口を縛りながら、彼は立ち上がった。
「よし、採取はこれくらいでいいかな。先に進もう」
そういったさなか、ヴィレムがナイフを構え、フィリアの前に立った。
「すみません。爬虫類系の魔物は気配が薄いため、油断しました。サラマンの群れです。おまけでレザールもいます」
洞窟の奥から、低い唸り声が重なった。
アルトはその様子を見て、むしろ楽しげに笑う。
「両方いるなら、運がいいね! このまま倒して依頼品を採取してしまおう」
そして、
「サラマンの弱点は水。レザールは特にないけど、毒を吐くから気をつけてね。エレナさんは可能なら、毒や火傷をケアできる付与魔術を」
アルトは冷静に指示を出す。
「お任せくださいですわ!」
エレナは膝の装具から小槌を取りだし、魔力を込める。
桃色の光が淡く輝き、いつも通りの魔法槌『ブルーメ・ミョルニル』へと姿を変えた。
「甘き守りよ、艶やかな膜となれ。すべての穢れを遠ざける仕上げの一膜──『ナパージュ・ヴェール』!」
エレナは状態異常から身を守る付与魔術『ナパージュ・ヴェール』を付与。
柔らかな光が仲間たちを包み込んだ。
「バックアップはお任せ下さいですわ!」
一行は一斉に構える。
フィリアはエレナの前に立って、
「ボクは中衛から水魔術で攻撃します」
ヴィレムとキナリはいつも通り前衛で牽制する。
アルトは短剣で間合いを測る。
エレナは地魔術で岩を隆起させ、魔物の群れを分断した。
フィリアは、魔法銃『雪の精〈ヴァルス・ドゥ・ネージュ〉』を掲げ、水魔術を詠唱する。
「アクアドロップ!」
水弾がサラマンへと叩きつけられる。
怯んだ隙を逃さず、ヴィレムが踏み込んだ。
閃くナイフが、流れるような軌跡を描く。
数分もかからなかった。
気がつけば、洞窟には魔物の気配は残っていなかった。
「急だったねー。 でもこれで残すは、フォーゲルの爪と、お宝だけだ」
アルトは爽やかな笑みで答えた。
そしてすかさず、倒したサラマンとレザールを前に、短剣で尻尾を切り落とす。
「レザールの尻尾も色々使えるんだよね」
研究熱心なアルトは自分用にと、依頼にはないレザールの尻尾を採取する。
「えっと、毒袋は……」
フィリアは少々心配そうに尋ねる。
つい数日前にヴァイパーの毒に侵され、毒に警戒しがちなのだ。
「取るよ。ちょっと時間かかるから、みんなは休憩してていいよ」
アルトは皆に休憩するように言う。
一行は敷物を準備し、ヴィレムはお茶を入れるためにお湯を沸かし始める。
お茶が入る頃には、アルトの作業も終わった。
ポットを囲って一行は、休憩に入る。
そしてエレナが、出発前の日に準備をしたお菓子をお茶のお供に出してくれた。
お茶のお供にはちょうど良い、可愛らしい飾りが着いたクッキーだ。
エレナは花の街の町長の娘。令嬢ではあるが、女性らしい嗜みは一通りはできる。
特にお菓子作りは得意なようだ。
「さぁ、頂きましょう」
一行は戦いの後に一息つく。
甘いものが好きなフィリアは嬉しそうにクッキーを食べていた。
そんな様子をヴィレムが穏やかな笑みで見守り、エレナも気に入って貰えたのが嬉しかったのか、沢山彼女にクッキーを勧める。
それを、食べ過ぎは良くないと阻止するヴィレムはいつも通りだった。
一息ついて、フィリアは少しだけ周りを見てくると席を外す。
「少し見てきますね」
◇
心配だからとヴィレムも離れた位置から彼女を見守る。
少し進むと小さな部屋のようなものがあった。
海賊のアジトらしいことから倉庫か何かだろうか。
少しだけ魔力を感じ取ったフィリアは、別のパーティの人かもしれないと、そっと部屋を覗き込む。
リートゥと名乗った魔女が立ったまま、『『ヴィルデ・アッフェン』』のアープと密着している姿が目に映る。
少しだけ彼女の息遣いが荒い。
嬉しそうに、男性の肩に顔を沈めていた。
そして気のせいだろうか、リートゥが男性の首筋に噛み付いた時、尖った歯が見えたような気がした。
そこでフィリアの視界が暗くなる。
ヴィレムが、後ろから目を隠したのだ。
驚いて『わ』突声を出しそうになった時、
「フィー静かに。覗きは良くないですよ」
ヴィレム静かに耳打ちした。
リートゥは2人の気配に気が付き、怪しい笑みで笑いかけた。
「あら……見られてしまいましたかしら」
彼女は怪しげに自身の唇を舐めた。
「すみません。通りかかっただけです。ええと、魔術師の3人組の方でしたね。そちらはギルドの方で」
ヴィレムはいつもどおり、貼り付けた笑みで答えた。
「休憩をしていたのですけれど……ふふふ」
彼女はそう笑ってその場を去った。
取り残されたアープは、力が抜けた様子で立ち往生していた。
ヴィレムは目を細め、何かに感づいたように、フィリアの手を引いた。
「行きましょう。皆様が心配します」
フィリアはアープが気になったようで固まっていた。
「フィリア様」
ヴィレムが再び声をかけると『はい』と返事をして、彼と歩き出した。
