STORY
CHARACTERS
NOVEL
GALLERY
ABOUT開く
BLOG

Kleinodz-LINK

3章「白濤の港町」

お宝が眠るという、港町〈グランツ〉の離島に上陸したフィリア達。
女医のレイに依頼された薬草などを順調に採取する中、洞窟のダンジョンを発見する。
その洞窟には様子がおかしい魔物がいると言う。
参加者を募りダンジョンを攻略する。
町民と約束し野営地へと戻る。


 フィリアたちは洞窟から野営地へ戻る。
 アルトのマッピングのおかげで、帰り道はスムーズだった。

 行きにマーキングした『ユウモッカ』も無事採取。
 目印に30分ほど歩くと野営地に到着。
 行きの1時間が早く感じられた。

 日没前に夕食の準備を開始。
 キナリが釣った特大のシーブリームを使う。

 桶の中のシーブリームは、もう静かだった。

「こんなに大きいのは初めてですね」

 食器を並べながら、フィリアは身を乗り出す。
 夕暮れの光が、銀色の鱗をやわらかく照らしていた。

「見ますか? ……あまり気持ちのいいものではありませんよ」

 ヴィレムは短くそう言う。

「大丈夫です」

 そう答えたものの、胸の奥が少しだけ緊張する。
 今まで見たことの無い大きさの魚を捌くのだから。
 刃が入り、水のような小さな音がする。

 魚の身に触れた空気が、わずかに温度を帯びる。
 外側はひやりとしていたのに、内側はまだ、生きていた時間を残しているようだった。

 赤が、刹那だけ覗く。
 フィリアは目を逸らさなかった。

 ……さきほどまで、泳いでいたのだ。
 そう思った途端、言葉が消える。

 命は、こんなにも近い。
 けれどもう、動かない。

 ヴィレムは淡々と処理を終え、海水で刃を洗う。
 内臓はまとめられ、脇に置かれた。

 フィリアはやっぱり慣れなくて直視は出来なかった。
 でもその場から去ることはなかった。

 やがて、火にかけられたシーブリームから香ばしい匂いが立ちのぼる。
 持参したオリーブオイルが弾けて、温めたパンの匂いと混ざる。

「本日の夕餉は、鯛の焼き物とパンですよ」

 ヴィレムがわずかに冗談めかして言う。
 いつもの穏やかな笑みを彼女に送って。

「いい香りだね。流石ヴィレム君だ」

 向こう側で武器の手入れをしていたアルトが顔を出す。
 エレナもミニサラダの準備をしており、食卓に並べ終えたところで、目を輝かせていた。
 『まるで、レストラン料理みたい』だと。

 一行は席に着く。
 皿に盛られた白身は、柔らかく湯気を立てていた。

 そして、ひと口運ぶ。

「……美味しい」

 夕暮れの波打ち際。
 フィリアの小さな声が、波音に溶ける。

 確かに、美味しい。
 けれどそれだけではない何かが、胸の奥に残る。

 尊い──
 そんな言葉が浮かびかけて、形にならず消えた。

 何処かいつもと違う。
 ……静かなフィリアの姿を一同は何となく察していた。
 ただ静かに。
 明日の話をしながら食事は終わる。

 食後、片付けをしていると、まとめたはずの内臓が目に入った。
 フィリアは手を止める。

「ヴィレム、これ……どうしましょう」

 一瞬、答えを探すように海を見る。

「海から来たのですもの。海に返しても、よいのでしょうか……」

 ヴィレムはわずかに視線を向ける。
 彼はただ静かに、一瞬考えて、

「海は、全部抱えていきます」

 それだけを言った。

 フィリアは小さくうなずき、両手でそれを持ち上げる。きっと在るべきところに帰ると信じて。

「……ありがとうございます」

 誰に向けた言葉か、自分でも分からないまま。
 波はただ静かに、それをさらっていった。

 気が付けば日は落ちて、夜空で星が瞬く。
 焚き火が穏やかに燃えている。
 
 ……フィリアは慣れていなかった。
 今まで、ヴィレムが野営するために動物や魔物を捕まえたことはあった。
 それでも、15年間、城という大きな囲いの中で穏やかに育ってきた。
 ……今はただ、命の在り方に少しだけ触れた。

 食後、エレナがお茶を入れてくれた。
 一服した後、一行は夜に採取する予定の『ヒカリセッコク』へと足を運ぶ。

 それはとても儚げで、淡い光を発していた。
 蛍よりも淡い光がみの部分から微かに放たれる。
 とても幻想的で、美しいものが好きなフィリアの心をくすぐった。

「とても綺麗ですね…… なんだか感動してきました」

 蘭の花のような形をした、6枚の細い花びらから淡く放たれる光はとても美しく、夜空に劣らないくらい幻想的な光景を作る。

「ヒカリセッコクはね、生薬になるんだよ。熱病後の脱水とか、食欲不振、疲労回復にも効く、滋陰薬になるんだ」
 アルトは淡々と語る。
 にこにこしながら、依頼主のレイの分、自分の分を採取する。

「ボクもひとつ思い出に」

 フィリアはそう言って1輪だけヒカリセッコクを摘む。

「押し花ですか?」
 ヴィレムはフィリアに問う。

「はい。旅で見た印象深い草花はそうしたくて」

 フィリアは嬉しそうに答えた。
 ヴィレムはシーブリームの調理を見た直後、いいやもっと前、彼女が無人島に上陸する前に気を張っている時から、彼女を気にしていた。
 少しだけ、いつも通りになった。
 そんな気がして微笑んだ。

 一行は戻り、就寝の準備をする。
 明朝に水浴びをしてから、例の洞窟に向かう。
 そう予定を決めてから、それぞれ寝床の準備をする。
 女性の2人は隣に並んで、フィリアの隣にヴィレム、そしてアルトとキナリ。
 町の光に邪魔されぬ、澄んだ星空を眺めながら眠った。

 離島滞在2日目、洞窟攻略の約束の日。
 フィリアたちは水場で軽く体を流し、朝食後、約束の場所へ向かう。

 そこには10人くらいの参加者が集まっていた。
 昨日出会った、町民の2人組。
 ラズベリー色の目立つ髪色をローブで隠す魔女らしき人物と、同じ黒いローブの男性2名。
 ギルド『ヴィルデ・アッフェン』の戦士2名
 巡回していた自警団『ダイダロス』の団員2名
 フィリアたち5人。
 合計14名。

 他の参加者の中には一般人もいたため、比較的戦える人を募ったらしい。

 一行が到着次第『ヴィルデ・アッフェン』の戦士が話だす。
「よく集まってくれた。俺はモーノ。『ヴィルデ・アッフェン』の戦士だ」

 モーノは慣れた段取りで、それぞれ自己紹介と、先頭スタイル、ダンジョンの攻略経験を教えるように皆に問う。

 自分たちは、剣や斧などの多彩な武器が使え、魔術においても中級〜スクロール経由で上級魔法も使えるとのこと。
 町民たちは基本的に魔物狩りをしている一般的な男性5名。
 剣術や弓などを使えるが、魔術は初級魔術のみ。

 ローブを被った3人組のうち、魔女らしい人物は『リートゥ』と名乗った。
 女性らしい艶のある声で、自分は拘束や呪い系統の魔術が得意だと話す。
 仲間らしき男性2人は話すことなく、代わりにリートゥという女性が、剣術が得意で少しだけ攻撃魔術が使えると話た。
 
 『ダイダロス』の2人は剣術と銃などの飛び道具。
 戦い慣れた2人だった。

 そしてフィリアたち。
 フィリアは魔法銃使いの中衛。
 ヴィレムは物理特化のナイフ使いで前衛、アルトは上級魔法が使える近接向けの短刀使い。
 キナリは言わずと知れた完全前衛。
 エレナは付与魔術が使え、威力型の近接武器使い。

 フィリアたちはバランスの取れたパーティだったため、5人で攻略することになる。
 町民たちには、『ヴィルデ・アッフェン』のモーノと『ダイダロス』の1人。
 ローブを被った3人組には『ヴィルデ・アッフェン』のもう一人の戦闘員・アープと『ダイダロス』団員のもう1人加わる。

 今回攻略する洞窟は広いため、3つに分かれ、階層を進む時に連絡する手立てだ。
 お互いの連絡手段とし、魔法石が配られる。

 フィリアたちは魔法石を受け取り、最後に洞窟に入ろうとした時。
 アルトは、妙に真剣な顔で何かを考えている様だった。

「アルトさん?」
 フィリアが気がつき声とかけると、アルトははっとして笑いかける。
「ごめん。ちょっと考え事をしてたみたい」

 いつもの調子に戻った後、『さあさあ時間がないよ、行こう』と張り切って歩き始めた。

 その様子を、一人薄く笑いながら見ていた人物がいた──

 昨日同様、洞窟のマッピングはアルトが担当する。
 彼を先頭に進む。

 洞窟の奥は思ったより広い。
 天井から落ちる水滴が、一定の間隔で岩を叩いている。
 足音は静かな洞窟に長く反響した。

「この洞窟。深そうですね。……多分、フロアは少ないと思いますが……迷路のように入り組んでいると拝見します」
 ヴィレムは壁を触りながら答えた。微かにつけられた切り傷を指で謎りながら答える。

「深い……というか、思ったより広いね」

 フィリアが周囲を見回すと、アルトは壁を軽く叩いて確かめながら頷いた。

「自然洞窟を少し掘り広げた感じかな。ほら、この削れ方。人の手が入ってる」

 そう言って短刀の先で岩肌を指す。
 確かに、ところどころだけ不自然に滑らかな面があった。

「つまり、誰かがここを使っていたってこと?」

「たぶん昔ね。鉱石か何かを掘ってたのかも」

「人が掘った場所が?」
「たぶんね。ほら、この岩の切り方」

 アルトはそう言いながら、壁に小さく印を刻んでいく。
 迷わないようにするための目印だ。

「もしかしたら、海賊のアジトだったって話だし……人工的に部屋が沢山掘られてる洞窟なのかもね。迷わないようにしないと」

 その横で、キナリは黙々と先頭を歩き、時折天井を見上げている。
 一応警戒はしているのだろう。
 ヴィレムは少し後ろに位置取り、全体を見渡していた。

 しばらく進むと、エレナが足を止めた。

「これは……」

 彼女が指差したのは、岩の隙間に群生している小さな黄緑キノコだった。
 淡く光り、洞窟の暗がりの中で静かに揺れている。

「ドウクツアカリダケだね」

 アルトがしゃがみ込み、慎重に根元を切り取る。

「乾燥させると薬の材料になる。港町〈グランツ〉でも少しは売れるよ」
「採取もちゃんとできるダンジョンなんですね」

 フィリアは少し嬉しそうに言った。
 そして、鏡石〈ミラーストーン〉にドウクツアカリダケを記録する、
 トレジャーハントと言っても、宝だけが目的ではない。
 こうした素材も、旅の資金になる。

 袋にキノコを収めた直後だった。
 ばさっ、と頭上で羽音が響く。

「っ!」

 影が落ちるより早く、ヴィレムのナイフが閃いた。

 小さな影が地面に落ちる。
 洞窟巣食う、コウモリだった。

「大丈夫です」

 ヴィレムは軽くナイフを振り、血を払う。
「群れてはいないみたいですね」

「この程度なら問題ないね」
 アルトは周囲を見渡しながら言った。

「むしろ静かすぎるくらいかな」

 しばらく進むと、壁の一角でアルトが足を止めた。

 彼は岩肌を指先でなぞり、短刀の柄で軽く叩く。
 乾いた音と共に、表面の石がぱらりと砕けた。

 割れた断面は、鈍い赤色を帯びている。

「メルキュール原石だね。運がいい」

 アルトは慣れた手つきで小さな採掘具を取り出し、慎重に鉱脈を削り取っていく。
 崩れた欠片を布袋へ入れる様子を、フィリアは興味深そうに覗き込んだ。

「それが、水銀になるんですか?」

「精錬すればね。錬金術や薬の材料になる」

 説明を聞きながら、フィリアは赤い鉱石をまじまじと見つめる。
 アルトは依頼分以外にも多めに採取する。
 きっと売買してお金にする分と、自分の研究に使うのだろう。

 その横で、キナリが首を傾げた。

「……なんだか、“ち'”みたいですね〜」

 いつもの調子で力の抜けた言葉。
 だけどどこか確信的な言葉に、アルトが思わず苦笑する。

「確かに色は似てるね」

 袋の口を縛りながら、彼は立ち上がった。

「よし、採取はこれくらいでいいかな。先に進もう」

 そういったさなか、ヴィレムがナイフを構え、フィリアの前に立った。
「すみません。爬虫類系の魔物は気配が薄いため、油断しました。サラマンの群れです。おまけでレザールもいます」

 洞窟の奥から、低い唸り声が重なった。
 アルトはその様子を見て、むしろ楽しげに笑う。

「両方いるなら、運がいいね! このまま倒して依頼品を採取してしまおう」

 そして、
「サラマンの弱点は水。レザールは特にないけど、毒を吐くから気をつけてね。エレナさんは可能なら、毒や火傷をケアできる付与魔術を」

 アルトは冷静に指示を出す。
「お任せくださいですわ!」

 エレナは膝の装具から小槌を取りだし、魔力を込める。
 桃色の光が淡く輝き、いつも通りの魔法槌『ブルーメ・ミョルニル』へと姿を変えた。

「甘き守りよ、艶やかな膜となれ。すべての穢れを遠ざける仕上げの一膜──『ナパージュ・ヴェール』!」

 エレナは状態異常から身を守る付与魔術『ナパージュ・ヴェール』を付与。
 柔らかな光が仲間たちを包み込んだ。

「バックアップはお任せ下さいですわ!」

 一行は一斉に構える。
 フィリアはエレナの前に立って、
「ボクは中衛から水魔術で攻撃します」

 ヴィレムとキナリはいつも通り前衛で牽制する。
 アルトは短剣で間合いを測る。

 エレナは地魔術で岩を隆起させ、魔物の群れを分断した。

 フィリアは、魔法銃『雪の精〈ヴァルス・ドゥ・ネージュ〉』を掲げ、水魔術を詠唱する。

「アクアドロップ!」

 水弾がサラマンへと叩きつけられる。
 怯んだ隙を逃さず、ヴィレムが踏み込んだ。

 閃くナイフが、流れるような軌跡を描く。

 数分もかからなかった。
 気がつけば、洞窟には魔物の気配は残っていなかった。

「急だったねー。 でもこれで残すは、フォーゲルの爪と、お宝だけだ」

 アルトは爽やかな笑みで答えた。
 そしてすかさず、倒したサラマンとレザールを前に、短剣で尻尾を切り落とす。

「レザールの尻尾も色々使えるんだよね」
 研究熱心なアルトは自分用にと、依頼にはないレザールの尻尾を採取する。

「えっと、毒袋は……」
 フィリアは少々心配そうに尋ねる。
 つい数日前にヴァイパーの毒に侵され、毒に警戒しがちなのだ。

「取るよ。ちょっと時間かかるから、みんなは休憩してていいよ」

 アルトは皆に休憩するように言う。
 一行は敷物を準備し、ヴィレムはお茶を入れるためにお湯を沸かし始める。

 お茶が入る頃には、アルトの作業も終わった。

 ポットを囲って一行は、休憩に入る。
 そしてエレナが、出発前の日に準備をしたお菓子をお茶のお供に出してくれた。

 お茶のお供にはちょうど良い、可愛らしい飾りが着いたクッキーだ。
 エレナは花の街の町長の娘。令嬢ではあるが、女性らしい嗜みは一通りはできる。
 特にお菓子作りは得意なようだ。

「さぁ、頂きましょう」

 一行は戦いの後に一息つく。
 甘いものが好きなフィリアは嬉しそうにクッキーを食べていた。
 そんな様子をヴィレムが穏やかな笑みで見守り、エレナも気に入って貰えたのが嬉しかったのか、沢山彼女にクッキーを勧める。
 それを、食べ過ぎは良くないと阻止するヴィレムはいつも通りだった。

 一息ついて、フィリアは少しだけ周りを見てくると席を外す。
「少し見てきますね」

 心配だからとヴィレムも離れた位置から彼女を見守る。

 少し進むと小さな部屋のようなものがあった。
 海賊のアジトらしいことから倉庫か何かだろうか。

 少しだけ魔力を感じ取ったフィリアは、別のパーティの人かもしれないと、そっと部屋を覗き込む。

 リートゥと名乗った魔女が立ったまま、『『ヴィルデ・アッフェン』』のアープと密着している姿が目に映る。
 少しだけ彼女の息遣いが荒い。
 嬉しそうに、男性の肩に顔を沈めていた。

 そして気のせいだろうか、リートゥが男性の首筋に噛み付いた時、尖った歯が見えたような気がした。

 そこでフィリアの視界が暗くなる。

 ヴィレムが、後ろから目を隠したのだ。
 驚いて『わ』突声を出しそうになった時、

「フィー静かに。覗きは良くないですよ」
 ヴィレム静かに耳打ちした。

 リートゥは2人の気配に気が付き、怪しい笑みで笑いかけた。

「あら……見られてしまいましたかしら」

 彼女は怪しげに自身の唇を舐めた。

「すみません。通りかかっただけです。ええと、魔術師の3人組の方でしたね。そちらはギルドの方で」
 ヴィレムはいつもどおり、貼り付けた笑みで答えた。

「休憩をしていたのですけれど……ふふふ」

 彼女はそう笑ってその場を去った。
 取り残されたアープは、力が抜けた様子で立ち往生していた。

 ヴィレムは目を細め、何かに感づいたように、フィリアの手を引いた。

「行きましょう。皆様が心配します」

 フィリアはアープが気になったようで固まっていた。
「フィリア様」

 ヴィレムが再び声をかけると『はい』と返事をして、彼と歩き出した。