3章「白濤の港町」
第37話「 探索 - Charting the Unknown, Where Shadows Stir. - 」
フィリアたちは、医療費を返すため、そしてレイの依頼で薬草を採取するため、グランツの港近くの離島で行われるトレジャーハントに参加した。
適当な場所にキャンプを作り、探索を開始する。
時刻はあと数時間したら正午くらい……だろうか。
西の国〈ノインシュテルン〉の中でも温暖地にあるグランツは、つい数日前に抜けてきた精霊の森〈ネーヴェルの森〉よりも暑く感じた。
初夏の眩しい日差しがフィリアたちを照らす。
「うぅ……暑いですわ……日焼けしそうですわ」
美意識が高く育ちの良いエレナは日差しを気にしている。
フィリアはジャケットを脱いでベスト姿になり、あるともコートを脱いで身軽になった。
ヴィレムは気にならないようで、ジャケットは脱がなかった。
「ヴィレムは暑くないの?」
フィリアは心配して尋ねる。
「えぇ、大丈夫です。それに、このジャケットには秘密があるので、何かあったときに役立ちます」
ヴィレムは微笑んで答えた。
キャンプを張ったところからすぐ近くに、緑が生い茂った場所があった。
「あれは、ヒカリセッコクの蕾だね。キャンプから近くて助かった。夕食後に取りに来よう」
アルトは地図にヒカリセッコクの場所をマーキングして、再び歩き出した。
アルトは元々、フィールドワークが得意だ。
精霊の森育ちで、幼い頃から森を駆け回っていたらしい。
そして、あの広大な森にひっそりと住まう。子供の頃から養われてきた、感覚が生かされているようだ。
それに彼は、西の国中を研究の度をしながら巡っている。
一行の中でも、誰よりも頼りがいがある人物でもあった。
そんなアルトの輝かしい姿を、エレナは目を輝かせながら見ている。
基本的に男性なら誰もが輝かしく見えるエレナではあるが、アルトの穏やか且つ秀才、容姿端麗な姿にとても惹かれているようだった。
エレナは自分もと、周りをキョロキョロし始めた。
「確か、ネコヒゲソウもリストにありましたわよね……森で見たことがあるので、見つけたらわかるのですけれど……」
なんとなしに、葉をかき分けていると、見覚えのある植物が見えた。
「あっ!? えっ!? ありましたわ! ネコヒゲソウ!」
「えっ!? ホント!?」
あっさりと見つかった。
見つけた当人でもあるエレナも意外そうで、アルトもこんなに早く見つかるとは思っておらず驚いていた。
「やったね、エレナさん!」
アルトは手をかざして喜びを示す。
「はい!」
エレナも笑って答えたが、アルトの意味はすぐには分からなかった。
「ふふっ……エレナさん、これの意味分かる?」
アルトはエレナにハイタッチを仕向けたのだ。
楽しそうにも一生懸命に、役に立とうとして、たまたまとはいえ早く見つけた。
そんな彼女を労おうと。
ちょっとだけ場の空気に追いつかない彼女を優しく笑った。
「あ……ハイタッチですの? えっと、なんと言うか……恐れ多い……ですわ。アルト様とだなんて……」
エレナなら喜んで飛びつくと思ったが、妙な時に謙虚だ。アルトは内心、面白い人だなと一言心の中で答え、
「こういう時はするものだよ。君が僕を敬っても、僕や皆は同じように君を見ている。今は旅仲間として……借金を背負う仲間としてもね」
アルトは、エレナが優しく思いやりのある人物だと知っていた。
育ちが良く、少し子供っぽい彼女に、年長者として歩み寄った。
「えっと、では……」
エレナは少々小恥ずかしく手を出すと、
「この調子で沢山みつけよう」
と、アルトがエレナの手のひらを叩いた。
エレナはいつもの心酔した様な笑顔ではなく、年頃の少女らしい笑顔で笑っていた。
そんな様子を少し離れた場所でフィリアたちは見ていた。
「エレナ、嬉しそうだね」
「そうですね」
そう話していると、後ろでキナリがぽけーっと突っ立っている。
「キナリ様?」
「はえ?」
キナリはぽけっとしつつも、なにか考えているようだ。
「キナリさん、どうしたのですか?」
「んーう、なんだかへんなかんじがしませんかぁ? きのせいですかねぇ」
「変な感じ? えっと、何かいる……?とかです?」
「むむむ〜 それですかねぇ〜?」
フィリアはキナリが眺めている方向に意識を向け、目を瞑った。とりあえず、魔力探知をしてみる。
最初は何も感じなかった。
だが、何か強くおぞましい力が、細く流れてくる。何となく辿ると、闇の魔力を纏った何かが何個もそこに居た。
魔物だろうか、それ人だろうか。
仮に人なら、黒魔術の使い手だろうか。
「……」
「フィー? いかが致しましたか?」
「花の街〈フルール〉で感じた……闇の魔力が遠くにある気がする」
「嗇薇淑女〈デモン・ローザ〉ですか?」
嗇薇淑女。
それは精霊の森や花の街で遭遇した、アルラウネとトリフィド、2つの植物族を掛け合わせ闇の魔力で合成させた悪魔族の魔物。
気性も荒く、体も大きい。街で暴れた時は大惨事だった。
偶然、街にやってきた騎士団によって窮地を脱した。
「ちょっと違うかも……なんか……人の魔力っぽいかも。あとは魔物も少し……? ごめんはっきりは分からないや」
「そうですか。なんだか不穏ですね」
ヴィレムはいつも通り、顎に手を当てなにか考えているようだ。
彼は近くにあった一番高い木にひょいと飛び乗って、瞬く間に頂上から当たり見渡した。
そしてすぐに、降りて戻ってきた。
「何か……ありましたか?」
「いえ。私の目では何も」
彼は、魔力こそは常人並みで探知もあまり得意ではないが、人の気配や殺気を感じ取るのは得意だった。
また、彼の観察眼は常人離れしており、城にいた頃も時に密偵として働いていたこともあった。
「何かあったの?」
アルトたちもフィリア達の様子に気が付き近くに寄ってくる。
「少しだけ、嫌な気配がしたんです。キナリさんも何が感じたようで、ヴィレムと話していたんですよ」
アルトは首を傾げて、エレナと顔を合わせる。
さっきまでの話を2人にすると、ふたりは感じなかったようで、気をつけて進もうと言う結論に至った。
フィリアは心配そうに、少しだけ魔力を探りながら歩き出す。
フィリアは難しい考え事や神経を集中させている時、眉が八の字にになる。
ヴィレムはそんなフィリアの様子にすぐに気が付き、彼女の肩に手を置く。
「フィー。大丈夫ですよ。何かあっても私が、皆様がいます」
そう微笑むと、フィリアは少しだけ眉の力が抜けて笑い返した。
「さて、静かだったけど、やはり魔物がいるようだね」
アルトは腰の短剣『カーディナル・アゾット』を抜いて構えた。
「おや、言った傍から。せっかくフィーに心配無いと声お声がけしたのに」
ヴィレムはやれやれと言う表情で、いつも通りに軽やかな動きでナイフを構える。
敵は鳥型の魔物が数体飛び出してした。
「あるとさ〜ん、あのとりはたべられますか〜?」
魚釣りで功績を上げたキナリは、敵の魔物も食材として見ているようだ。
アルトは魔物図鑑を取り出し、サッと敵の魔物を特定する。
「それは、『アナトコルロ』だね。食べられるけど……調理が面倒そうだ。
嘴と足には攻撃が効かないから気をつけてね」
アルトは図鑑を閉じると、炎魔術で敵の背後を囲った。
「体毛の範囲が弱点、氷魔術も有効だよ!」
と、同時に一言。仲間をしっかりと見ており、旅にもサバイバルにも慣れている彼だからこその立ち回りだ。
フィリアは自分の出番だと、即座に愛銃『雪の精〈ヴァルスドゥネージュ〉』を構え、魔力を込めて装填。
お得意の引金技〈トリガー技〉 「7つの銃弾〈クリスタル・ブレット〉」で迎え撃つ。
弱攻撃である、『Ⅰノ弾丸 - 風花〈エアストブレット〉』で牽制しながら、前線で戦うヴィレムとキナリを援護した。
ヴィレムのナイフ捌きはとても華麗で、魔術で操っているかのように、無数の刃が踊るかのように舞う。
時には投げ、時には切り裂く。自由な手足以上に美しく舞う。
一方、キナリは豪快で突拍子もない動き。
単調かと思えば、予想外の動きは、戦闘慣れしており、人間観察が上手いヴィレムくらいしか、全然では合わせられない。
「わああえっと……」
エレナは、戦い慣れていないため、あたふたしていた。
「と、とりあえずですけれど……皆様、受け取ってくださいまし! 『アイシング・ラヴ』!!」
戦い慣れていないながらも、得意の付与魔術でパーティ攻撃力を付与し援護をした。
戦いは苦戦することもなく、残り一体に。
最後の一体が気を荒立て、牽制していたフィリアに石を飛ばした。
所謂、胃石というもので、アナノコルロは最終兵器として、自分の中に蓄えた石を吐き捨てると言う。
フィリアの隣で皆を援護していたエレナは、咄嗟に魔法槌『ブルーメ・ミョルニル』で石を跳ね返した。
その石は、吐き出したアナノコルロへと飛んでいき、とどめを刺した。
「わー、ストライクだ!」
石が直撃する様子を目の当たりにしたアルト。
「口から吐き出すなんて……汚いですわ……!」
育ちの良いエレナは敵の作法に憤っていた。
「もう! 皆様、先に進みますわよ!」
エレナはフィリアの手を引いて歩き始めた。
フィリアはエレナの顔を見る。別に怒っている様子ではなく、むしろ機嫌が良さそうだった。
「えっと、エレナ?」
フィリアはエレナの名前を呼ぶ。
どうしてだろうか、彼女が笑う理由が気になってしまった。
呆れでもなく、不満もなく。
ただ気になった。
「どうしたの?」
エレナは笑って答えた。
「本当なら、前の私だったら……多分すごく騒ぎ立てていましたわ。……だけど、今は素敵な仲間達と時間を共有している。戦っている。そう思うと、気持ちが明るくなったのですわ」
「エレナが楽しいって思うなら、ボクは嬉しいな」
エレナは今の時間をとても有意義に思っている。
だからこそ、どこか吹っ切れたように、歯切れのいい振る舞いをしていたのだ。
だから、フィリアは自分でも嬉しいと柔らかな表情で答えられた。
「不思議ですわね、出会って間もないのに……私にとって充実した時間だからかしら。だから前を向けるのかもしれませんわ」
エレナは今日一番の笑みをフィリアに向け、
「皆さん、早く先に進みましょう!」
彼女の幸せを感じ取って、そう、仲間たちに声をかけるのであった。
◇
フィリアたちは残りの薬草を求め、緑が生い茂る方向へと足を進める。
グランツの暖かな日差しを受けた、緑は精霊の森のように生い茂っていた。
期限は3日。
あるかも分からないお宝を探す事に注力するために、一行は目を光らせながらも、順調に進む。
行先で、『グランツロカイ』『ネコヒゲソウ』『マグワート』も無事にみつかり採取。
その頃には、やや日が傾く時間になっていた。
一行は、昼食としてヴィレムが準備していたサンドウィッチを頬張りながら談笑する。
今日のサンドウィッチは、野菜サンド、フィリアお気に入りのブルーベリジャムサンド、カットバナナに砂糖をまぶしたサンドなど、フレーバーが異なるサンドウィッチを5人で引き当てながら食べる。
遅めの昼食後、一行は先に進む。
歩き続けると、洞窟が見えてきた。
フィリアの身体が少し強ばる。
「フィー?」
ヴィレムが顔色をうかがう。
「少し嫌な魔力を感じます」
遠くで感じた悍ましい魔力の断片が、洞窟の奥からも伝わってくる。
夕方になり、影が長く伸びる。今日はこれ以上進めないだろう。
立ち話をしていると、洞窟から人影が現れる。
ダイダロスの船で参加した町民、体格の良い男2人組だ。
傷のある防具を身につけ、日常的に狩りや魔物退治をしているようだ。
男はすぐに声をかけた。
「坊ちゃんたち、ちょうどいい。この洞窟は昔、海賊のアジトだったらしい。迷宮のように複雑で、明日攻略するため仲間を募っているんだ」
ヴィレムは男に尋ねる。
「この洞窟で何かありましたか?」
思慮深い彼は、フィリアが感じた魔力を気にしていた。
「実は、様子がおかしい魔物が徘徊している。協力してほしい」
フィリアが尋ねる。
「誰かが戦ったのですか?」
「この洞窟を最初に見つけた、ギルド『ヴィルデ・アッフェン』の戦士だ。今回は依頼で滞在している2人だけだ。大人数で探索する案も彼らが提案した」
ヴィレムは顎に手を当て考え込む。
「魔物はどんな姿ですか?」
町民は答える。
「レザールと、大男のような人影だそうだ。腕力が凄く、子供なら握り潰されるかもしれない」
町民は淡々と語る。
「どうします、アルトさん。洞窟でレザールやサラマンを探すのが効率的だと思います」
ヴィレムは落ち着いて答えた。
危険な魔物でも恐れていない様子だ。
「そうだな……時間が無いし、洞窟なら期待値は高いよねぇ」
そんな中エレナは少しだけ、目線を逸らし微妙そうな顔をしている。
子供なら握りつぶされるかもしれない。
戦うことはできるが、ついこの間まで町娘としてごく普通の生活を送ってきたエレナだ。
正直すぎるリアクションだった。
アルトの後ろで唇を紡ぎ焦りを隠す。
「うん、明日参加しよう」
アルトには彼女の表情は一切見えてない。
エレナは敗北した。
アルトは笑顔で言う。
「みんなとなら大丈夫。2人は強力な魔術を使える。ヴィレム君は精鋭、キナリくんも戦闘は一流。行こう」
フィリアは両手を握って『よし』と応えた。
「決まりだ。明朝ここに集合だ。頼むぞ」
町民は手を振って去る。
「では、野営地まで戻ろう。そろそろ『ユウモッカ』が採取できるはずだ」
アルトは笑って答えた。
フィリアたちは次の目的を定め、野営地へ向かった。
