3章「白濤の港町」
第39話「 闇に潜む巨眼 - More Than One Eye Watches in the Dark. - 」
フィリア達は医療費を返すため、グランツ沖にある無人島に滞在していた。
お宝があるかもしれない洞窟を参加者と共に攻略することになる。
休憩を終えたフィリア達は探索を再開する。
進んでいくと、通路の奥に崩れた岩の山が現れる。
明らかに自然崩落ではない。
岩壁が内側から砕けたように割れている。
フィリアは思わず足を止めた。
「……これ」
「大きい岩……ですの?」
崩れた岩の大きさを見て、言葉が途切れる。
ヴィレムは岩を見上げ、小さく眉を寄せた。
「人間の力ではないですね。……例の人型の魔物でしょうか」
床には、擦れたような跡が残っている。
巨大な何かが通ったような──そんな痕跡だった。
「この先、何かいるかもね」
アルトが軽く言うが、その声には少しだけ警戒が混じっていた。
「まあ、様子を見ながら進もう」
フィリアは小さく頷く。
「はい」
エレナは微かに怯えながら、肩に力が入っていた。
静かな洞窟の奥へ、再び歩き出した。
◇
──それから数時間後。
フィリアたちは、階層の分かれ目にある広い空間へと辿り着いた。
そこにはすでに、別のパーティの姿があった。
町民たちと、先ほど出会ったリートゥの一行。
洞窟攻略に参加していた者たちが、ほぼ全員集まっている。
ただ、空気が少し重かった。
「どうしたのでしょうか」
様子をうかがうようにフィリアが言うと、『ヴィルデ・アッフェン』のモーノと、自警団『ダイダロス』の団員が近づいてきた。
モーノは腕を組んだまま言う。
「君たちで全員だな。この先に、俺たちが襲われかけた魔物の群れがいる」
その言葉に、フィリアは先ほど見た痕跡を思い出す。
崩れた岩壁。巨大な足跡。
やはり──
ヴィレムは顎に手を当て、静かに言った。
「察するに……手分けして突破する、ということでしょうか」
モーノは片側の口角を上げて笑う。
「流石だな、兄ちゃん。話が早い」
そして肩越しに、奥の暗闇を顎で示した。
「今から作戦を詰める。今日はもう遅い。突入は明日だ」
その一言で、自然と輪ができる。
即席の作戦会議が始まった。
敵は『単眼巨人〈サイクロプス〉』。
洞窟に棲みつく大型魔物で、通常は2、3体の小さな群れを作る。
だが、この先にいる数は違った。
「20体」
透視魔術が使える者の報告に、ざわめきが起こる。
本来なら、あり得ない数だった。
単眼巨人の弱点は──眼。
ただし、簡単ではない。
奴らは自分の弱点を理解しているのか、戦闘になると腕で顔面を守る習性がある。
しかも腕力は、人間とは比べ物にならない。
モーノは床に棒で簡単な地図を描きながら言った。
「正面突破じゃ、消耗戦になる。戦いのキモは、魔術師だな。なぁアープ」
モーノがアープに声をかけると、アープは返事はせずにゆっくりと頷いた。
いつもより覇気がない。
「なんだ? ビビってんのか? ……まあいい。各自前衛はサイクロプスと応戦、魔術師は注意を引きつけるのは決まりだ」
ヴィレムは手を軽く上げて、
「目は弱点ですが、有効な魔術が使える方はどれだけいらっしゃいますでしょうか」
フィリアはやや控えめに答えた。
「ボクは、水と氷、風と光魔術も少し使えます。光魔術は目眩しに使えるかと思います」
「僕は炎。分断や注意を引き付けるのは任せて欲しい。あとはこれかな。閃光弾になる魔法薬があるよ」
アルトは堂々と答えた。
彼は化学と魔術を組み合わせた、飛び道具も作っている。
その1つが閃光弾だ。
そしてエレナ、
「私は、地魔術ですわ。アルト様と同じで分断中心です。付与魔術は得意ですので、後衛が主になると思いますわ」
その他、参加者の一部に魔術が使えるものがいたが、初級魔術が多かった。
そして最後にリートゥが、
「あたくしは、呪いがメインでして…… 敵の動きを鈍らせる魔法が多いですわ。そうですね……後衛から皆様のお姿を拝見して支援するのが役目でしょうか」
彼女は薄く笑って答えた。
結果、前衛はヴィレムやキナリ、『ヴィルデ・アッフェン』の2人、町民、『ダイダロス』の2人に任せることになる。
そして一同は、洞窟の中に各自、一夜過ごす為の場所を探し、明日に備えた。
◇
翌朝。
グランツ滞在5日目。
離島滞在3日目。
洞窟の奥へ進むための準備は、静かに整えられていた。
簡単な食事を終え、各々は装備を確かめる。
空気は張り詰めていたが、不思議と騒ぐ者はいなかった。
今日、この先へ進む。
全員が理解していた。
モーノが腕を組んだまま、洞窟の奥を見据える。
「予定通りだ。俺たちが先行する。後ろは任せた」
短くそう言うと、『ヴィルデ・アッフェン』の面々は歩き出した。
それに続くように、フィリア達も足を進める。
洞窟の奥は、昨日よりもひどく静かだった。
水滴の落ちる音。
遠くで響く、岩を擦るような重い音。
その音を聞いた瞬間、キナリが小さく首を傾げた。
「……う〜ん、なんだか、じめんが“どしんどしん”してますねぇ〜」
アルトは緊張感があるのに、キナリ拍子抜けの言葉と様子に苦笑いした。
ヴィレムが顎に手を当て、ぽつりと。
「……足音、でしょうか」
その時だった。
洞窟の奥の暗がりが、ゆっくりと動いた。
巨大な影。
人の倍以上はある巨体が、岩陰から姿を現す。
単眼巨人。
中央にある巨大な眼が、ゆっくりとこちらを見下ろした。
「やっぱり、キナリさんの勘はよく当たりますわね!?!?!?」
エレナは驚きと焦りを隠せなかった。
そして、
背後の暗闇から、さらに影が動く。
1体、2体。
いや、それだけではない。
洞窟の奥のあちこちから、巨体が姿を現していく。
低く唸る声。
岩を踏み砕く足音。
「……おいおい」
町民の男が呟く。
「本当に20体いるんじゃないか?」
その瞬間。
一体の単眼巨人が、地面に転がっていた岩を持ち上げた。
「来るぞ!!」
モーノが叫ぶ。
次の瞬間、巨大な岩が唸りを上げて飛んできた。
岩が地面に叩きつけられ、洞窟に衝撃が響く。
戦闘が、始まった──
◇
魔術師達は後ろに下がり、各自呪文を唱える。
アルトは炎の中級魔術『イグナイテッド』で撹乱を狙い、エレナはすかさず攻撃強化の『アイシング・ラヴ』を発動する。
フィリアは離れたところから、氷魔術を詠唱する。
「清らかなる氷よ、大地より現れ、敵の道を断て──『グレイシャル・リッジ』!!」
氷の柱が地面から突き上がり、単眼巨人達の進路を塞ぐ。
巨体の魔物達は、突然生えた氷の障壁に足を止めた。
その隙を逃さず、前衛が動く。
「今だ、行くぞ!」
ヴィレムが踏み込み、迫る棍棒をナイフで受け流す。
横から迫ったもう一体の腕をかわし、巨体の懐へ滑り込む。
金属音が洞窟に響く。
だが、刃は厚い皮膚を浅く裂くだけだった。
「やはり硬い……!」
巨人は唸り声を上げ、腕を振り回す。
洞窟の壁が砕け、岩片が飛び散る。
後方では魔術師達が次の詠唱へ入っていた。
アルトの紅炎が洞窟の天井を照らし、単眼巨人達の視線を散らす。
エレナの魔術が前衛の身体能力を底上げしながらも、フィリアに習い地魔術で単眼巨人の足場を狙う。
そして、フィリアは静かに次の魔術を構えていた。
その時。
「……目だ」
ヴィレムが低く呟く。
一体の単眼巨人が腕を振り上げた瞬間、
巨体の顔面がわずかに無防備になる。
「フィー、お願いします!」
その声と同時に、フィリアは光魔術を解き放つ。
「お願い! 『ルーセント』!」
洞窟を、強い光が満たした。
すかさず、前衛は単眼巨人に攻撃を仕掛ける。
「とりゃ〜!」
キナリは大振りでサイクロプスの脳天に斧で殴りかかった。
怪力のせいか、彼の斧が刺さったままだった。
しかし、急所をついたお陰か、ゆっくりと巨体は倒れ、ずどんと重い音が鳴り響いた。
「やりました〜」
キナリは嬉しそうだった。
ヴィレムも単眼巨人を一体仕留め、キナリの元へと身を引く。
「キナリ様、武器を。次が来ますよ」
ヴィレムは冷静に応え、次の個体へと向かっていった。
◇
一方、洞窟の反対側では、町民やギルド『ヴィルデ・アッフェン』が単眼巨人を足止めしていた。
「引きつけろ!」
斧を持った男が叫び、仲間が横から魔術を放つ。
炎が巨人の腕を焼き、わずかに体勢を崩す。
そこに、リートゥの拘束魔術がかかる。
何とか一体仕留めたようだ。
束の間、数体の単眼巨人が足を止めた。
低く唸りながら互いに寄り、巨体を並べる。
まるで背を預け合うように、群れを作り始めた。
「くそ……! 警戒し始めた!」
誰かが叫ぶ。
弱点を狙われることを理解したのか、巨人達は腕で顔面を庇い始めていた。
このままでは、隙を作れない。
フィリアはすぐに判断し、詠唱に入る。
「輝かしき光、一瞬の閃光となりて、敵の視界を奪え──」
唱えるは、光の中級魔術。
広範囲に閃光を放ち、敵の視界を奪う術だ。
その姿を、横目で見ている人物が一人いた。
「光魔術……中級かしら……」
囁くような声で、リートゥが呟く。
戦場の喧騒の中で、その声だけが妙に静かだった。
「皆さん、目を隠してください……!」
フィリアの声が洞窟に響く。
次の瞬間。
「ルーセント!」
強烈な閃光が洞窟を満たした。
白い光が視界を塗りつぶし、単眼巨人達が低く唸る。
やがて光が弱まり、戦場の輪郭が戻る。
その時。
リートゥは、フィリアを見ていた。
ローブの袖で目を覆いながら。
光を受けたフィリアの白い髪が、淡く輝く。
帽子で後ろ髪は隠れている。
それでも前髪だけで、その色ははっきりと分かった。
ただの白ではない。
どこか、神秘的な輝き。
そして、詠唱が短い氷魔術。
「……そう。」
リートゥは、低く呟いた。
前衛が怯んだ単眼巨人を倒していく。
まだまだ敵は多いが、着実に数を減らしていく。
アルトやエレナも前衛を援護するため、フィリアに続いて魔術を発動する。
……が、何かがおかしかった。
単眼巨人達が一斉に腕を上げ、眼を庇う。
まるで合図でもあったかのような動きだった。
「……妙ですね」
ヴィレムが小さく呟く。
「こんな統率の取れる魔物じゃないはずです」
光が収まり、洞窟に再び戦いの音が戻った時。
リートゥは静かに息を吐いた。
ローブの袖に隠れた指先が、わずかに動く。
誰にも聞こえないほど小さな声で、薄く笑いながら彼女は呟いた。
「……行きなさい」
次の瞬間。
数体の単眼巨人が、ゆっくりと顔を上げた。
そして──
同時に、同じ方向を向く。
フィリアのいる方へ。
突如として集まる視線、そして2日前に感じた闇の魔力と自分に向けられた刺すような視線。
フィリアは動揺する。
静止するフィリアの様子を視界の端で捉えた、エレナ。
このままじゃまずい。
そう思った時、エレナはフィリアの手を引いて自分の背に隠した。
こういう時のエレナは何も考えていない。ただ、本当的に思う──
『大切な人が傷付くことは、どんな形であれ見たくない』と。
だから、恐れながらも武器を構える。
そう強く願った時、エレナの腰に付けているお守りの指輪が強く光った。
「こっち来るな〜! ですわ!!」
エレナ渾身・やけくその『モルカ・スタンプ』。
魔法槌での打撃攻撃が、フィリアを襲おうとした単眼巨人に直撃する。
指輪が光ったせいかいつもより強く当たった気がしたが、様子が異なる単眼巨人にはあまり効果がなかった。
ある人は嗤う──
そして、いつも守ってくれるヴィレムは前方に。
2人は、絶体絶命だった──
