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3章「白濤の港町」

フィリア達は医療費を返すため、グランツ沖にある無人島に滞在していた。
お宝があるかもしれない洞窟を参加者と共に攻略することになる。


 休憩を終えたフィリア達は探索を再開する。
 進んでいくと、通路の奥に崩れた岩の山が現れる。

 明らかに自然崩落ではない。
 岩壁が内側から砕けたように割れている。

 フィリアは思わず足を止めた。

「……これ」
「大きい岩……ですの?」

 崩れた岩の大きさを見て、言葉が途切れる。

 ヴィレムは岩を見上げ、小さく眉を寄せた。

「人間の力ではないですね。……例の人型の魔物でしょうか」

 床には、擦れたような跡が残っている。
 巨大な何かが通ったような──そんな痕跡だった。

「この先、何かいるかもね」

 アルトが軽く言うが、その声には少しだけ警戒が混じっていた。

「まあ、様子を見ながら進もう」

 フィリアは小さく頷く。

「はい」

 エレナは微かに怯えながら、肩に力が入っていた。
 静かな洞窟の奥へ、再び歩き出した。

 ──それから数時間後。
 フィリアたちは、階層の分かれ目にある広い空間へと辿り着いた。

 そこにはすでに、別のパーティの姿があった。

 町民たちと、先ほど出会ったリートゥの一行。
 洞窟攻略に参加していた者たちが、ほぼ全員集まっている。

 ただ、空気が少し重かった。

「どうしたのでしょうか」

 様子をうかがうようにフィリアが言うと、『ヴィルデ・アッフェン』のモーノと、自警団『ダイダロス』の団員が近づいてきた。
 モーノは腕を組んだまま言う。

「君たちで全員だな。この先に、俺たちが襲われかけた魔物の群れがいる」

 その言葉に、フィリアは先ほど見た痕跡を思い出す。
 崩れた岩壁。巨大な足跡。

 やはり──
 ヴィレムは顎に手を当て、静かに言った。

「察するに……手分けして突破する、ということでしょうか」

 モーノは片側の口角を上げて笑う。
「流石だな、兄ちゃん。話が早い」

 そして肩越しに、奥の暗闇を顎で示した。
「今から作戦を詰める。今日はもう遅い。突入は明日だ」

 その一言で、自然と輪ができる。
即席の作戦会議が始まった。

 敵は『単眼巨人〈サイクロプス〉』。
 洞窟に棲みつく大型魔物で、通常は2、3体の小さな群れを作る。

 だが、この先にいる数は違った。

「20体」

 透視魔術が使える者の報告に、ざわめきが起こる。
 本来なら、あり得ない数だった。

 単眼巨人サイクロプスの弱点は──眼。
 ただし、簡単ではない。

 奴らは自分の弱点を理解しているのか、戦闘になると腕で顔面を守る習性がある。
 しかも腕力は、人間とは比べ物にならない。

 モーノは床に棒で簡単な地図を描きながら言った。

「正面突破じゃ、消耗戦になる。戦いのキモは、魔術師だな。なぁアープ」

 モーノがアープに声をかけると、アープは返事はせずにゆっくりと頷いた。
 いつもより覇気がない。

「なんだ? ビビってんのか? ……まあいい。各自前衛はサイクロプスと応戦、魔術師は注意を引きつけるのは決まりだ」

 ヴィレムは手を軽く上げて、
「目は弱点ですが、有効な魔術が使える方はどれだけいらっしゃいますでしょうか」

 フィリアはやや控えめに答えた。
「ボクは、水と氷、風と光魔術も少し使えます。光魔術は目眩しに使えるかと思います」

「僕は炎。分断や注意を引き付けるのは任せて欲しい。あとはこれかな。閃光弾になる魔法薬があるよ」
 アルトは堂々と答えた。
 彼は化学と魔術を組み合わせた、飛び道具も作っている。
 その1つが閃光弾だ。

 そしてエレナ、
わたくしは、地魔術ですわ。アルト様と同じで分断中心です。付与魔術は得意ですので、後衛が主になると思いますわ」

その他、参加者の一部に魔術が使えるものがいたが、初級魔術が多かった。

 そして最後にリートゥが、
「あたくしは、呪いがメインでして…… 敵の動きを鈍らせる魔法が多いですわ。そうですね……後衛から皆様のお姿を拝見して支援するのが役目でしょうか」

 彼女は薄く笑って答えた。

 結果、前衛はヴィレムやキナリ、『ヴィルデ・アッフェン』の2人、町民、『ダイダロス』の2人に任せることになる。

 そして一同は、洞窟の中に各自、一夜過ごす為の場所を探し、明日に備えた。

 翌朝。
 グランツ滞在5日目。
 離島滞在3日目。

 洞窟の奥へ進むための準備は、静かに整えられていた。

 簡単な食事を終え、各々は装備を確かめる。
 空気は張り詰めていたが、不思議と騒ぐ者はいなかった。

 今日、この先へ進む。
 全員が理解していた。

 モーノが腕を組んだまま、洞窟の奥を見据える。

「予定通りだ。俺たちが先行する。後ろは任せた」

 短くそう言うと、『ヴィルデ・アッフェン』の面々は歩き出した。
 それに続くように、フィリア達も足を進める。

 洞窟の奥は、昨日よりもひどく静かだった。

 水滴の落ちる音。
 遠くで響く、岩を擦るような重い音。

 その音を聞いた瞬間、キナリが小さく首を傾げた。

「……う〜ん、なんだか、じめんが“どしんどしん”してますねぇ〜」

 アルトは緊張感があるのに、キナリ拍子抜けの言葉と様子に苦笑いした。

 ヴィレムが顎に手を当て、ぽつりと。
「……足音、でしょうか」

 その時だった。
 洞窟の奥の暗がりが、ゆっくりと動いた。

 巨大な影。
 人の倍以上はある巨体が、岩陰から姿を現す。

 単眼巨人サイクロプス

 中央にある巨大な眼が、ゆっくりとこちらを見下ろした。

「やっぱり、キナリさんの勘はよく当たりますわね!?!?!?」

 エレナは驚きと焦りを隠せなかった。

 そして、
 背後の暗闇から、さらに影が動く。
 1体、2体。
 いや、それだけではない。
 洞窟の奥のあちこちから、巨体が姿を現していく。

 低く唸る声。
 岩を踏み砕く足音。

「……おいおい」

 町民の男が呟く。

「本当に20体いるんじゃないか?」

 その瞬間。
 一体の単眼巨人サイクロプスが、地面に転がっていた岩を持ち上げた。

「来るぞ!!」

 モーノが叫ぶ。
 次の瞬間、巨大な岩が唸りを上げて飛んできた。

 岩が地面に叩きつけられ、洞窟に衝撃が響く。

 戦闘が、始まった──

 魔術師達は後ろに下がり、各自呪文を唱える。

 アルトは炎の中級魔術『イグナイテッド』で撹乱を狙い、エレナはすかさず攻撃強化の『アイシング・ラヴ』を発動する。

 フィリアは離れたところから、氷魔術を詠唱する。

「清らかなる氷よ、大地より現れ、敵の道を断て──『グレイシャル・リッジ』!!」

 氷の柱が地面から突き上がり、単眼巨人サイクロプス達の進路を塞ぐ。
 巨体の魔物達は、突然生えた氷の障壁に足を止めた。

 その隙を逃さず、前衛が動く。

「今だ、行くぞ!」

 ヴィレムが踏み込み、迫る棍棒をナイフで受け流す。
 横から迫ったもう一体の腕をかわし、巨体の懐へ滑り込む。

 金属音が洞窟に響く。
 だが、刃は厚い皮膚を浅く裂くだけだった。

「やはり硬い……!」

 巨人は唸り声を上げ、腕を振り回す。
 洞窟の壁が砕け、岩片が飛び散る。

 後方では魔術師達が次の詠唱へ入っていた。
 アルトの紅炎が洞窟の天井を照らし、単眼巨人サイクロプス達の視線を散らす。
 エレナの魔術が前衛の身体能力を底上げしながらも、フィリアに習い地魔術で単眼巨人サイクロプスの足場を狙う。

 そして、フィリアは静かに次の魔術を構えていた。

 その時。
「……目だ」
 ヴィレムが低く呟く。

 一体の単眼巨人サイクロプスが腕を振り上げた瞬間、
 巨体の顔面がわずかに無防備になる。

「フィー、お願いします!」

 その声と同時に、フィリアは光魔術を解き放つ。
「お願い! 『ルーセント』!」

 洞窟を、強い光が満たした。

 すかさず、前衛は単眼巨人サイクロプスに攻撃を仕掛ける。

「とりゃ〜!」

 キナリは大振りでサイクロプスの脳天に斧で殴りかかった。
 怪力のせいか、彼の斧が刺さったままだった。
 しかし、急所をついたお陰か、ゆっくりと巨体は倒れ、ずどんと重い音が鳴り響いた。

「やりました〜」

 キナリは嬉しそうだった。
 ヴィレムも単眼巨人サイクロプスを一体仕留め、キナリの元へと身を引く。

「キナリ様、武器を。次が来ますよ」

 ヴィレムは冷静に応え、次の個体へと向かっていった。

 一方、洞窟の反対側では、町民やギルド『ヴィルデ・アッフェン』が単眼巨人サイクロプスを足止めしていた。

「引きつけろ!」

 斧を持った男が叫び、仲間が横から魔術を放つ。
 炎が巨人の腕を焼き、わずかに体勢を崩す。

 そこに、リートゥの拘束魔術がかかる。

 何とか一体仕留めたようだ。

 束の間、数体の単眼巨人サイクロプスが足を止めた。

 低く唸りながら互いに寄り、巨体を並べる。

 まるで背を預け合うように、群れを作り始めた。

「くそ……! 警戒し始めた!」

 誰かが叫ぶ。

 弱点を狙われることを理解したのか、巨人達は腕で顔面を庇い始めていた。

 このままでは、隙を作れない。
 フィリアはすぐに判断し、詠唱に入る。

「輝かしき光、一瞬の閃光となりて、敵の視界を奪え──」

 唱えるは、光の中級魔術。
 広範囲に閃光を放ち、敵の視界を奪う術だ。

 その姿を、横目で見ている人物が一人いた。

「光魔術……中級かしら……」

 囁くような声で、リートゥが呟く。
 戦場の喧騒の中で、その声だけが妙に静かだった。

「皆さん、目を隠してください……!」

 フィリアの声が洞窟に響く。

 次の瞬間。

「ルーセント!」

 強烈な閃光が洞窟を満たした。
 白い光が視界を塗りつぶし、単眼巨人サイクロプス達が低く唸る。
 やがて光が弱まり、戦場の輪郭が戻る。

 その時。
 リートゥは、フィリアを見ていた。
 ローブの袖で目を覆いながら。

 光を受けたフィリアの白い髪が、淡く輝く。

 帽子で後ろ髪は隠れている。
 それでも前髪だけで、その色ははっきりと分かった。

 ただの白ではない。
 どこか、神秘的な輝き。

 そして、詠唱が短い氷魔術。

「……そう。」

 リートゥは、低く呟いた。

 前衛が怯んだ単眼巨人サイクロプスを倒していく。
 まだまだ敵は多いが、着実に数を減らしていく。

 アルトやエレナも前衛を援護するため、フィリアに続いて魔術を発動する。

 ……が、何かがおかしかった。
 単眼巨人サイクロプス達が一斉に腕を上げ、眼を庇う。
 まるで合図でもあったかのような動きだった。

「……妙ですね」
 ヴィレムが小さく呟く。
「こんな統率の取れる魔物じゃないはずです」

 光が収まり、洞窟に再び戦いの音が戻った時。

 リートゥは静かに息を吐いた。
 ローブの袖に隠れた指先が、わずかに動く。
 誰にも聞こえないほど小さな声で、薄く笑いながら彼女は呟いた。

「……行きなさい」

 次の瞬間。
 数体の単眼巨人サイクロプスが、ゆっくりと顔を上げた。

 そして──

 同時に、同じ方向を向く。
 フィリアのいる方へ。

 突如として集まる視線、そして2日前に感じた闇の魔力と自分に向けられた刺すような視線。

 フィリアは動揺する。
 静止するフィリアの様子を視界の端で捉えた、エレナ。
 このままじゃまずい。
 そう思った時、エレナはフィリアの手を引いて自分の背に隠した。

 こういう時のエレナは何も考えていない。ただ、本当的に思う──
 『大切な人が傷付くことは、どんな形であれ見たくない』と。
 だから、恐れながらも武器を構える。
 そう強く願った時、エレナの腰に付けているお守りの指輪が強く光った。

「こっち来るな〜! ですわ!!」

 エレナ渾身・やけくその『モルカ・スタンプ』。
 魔法槌での打撃攻撃が、フィリアを襲おうとした単眼巨人サイクロプスに直撃する。

 指輪が光ったせいかいつもより強く当たった気がしたが、様子が異なる単眼巨人サイクロプスにはあまり効果がなかった。

 ある人は嗤う──

 そして、いつも守ってくれるヴィレムは前方に。
 2人は、絶体絶命だった──