3章「白濤の港町」
第41話「 漂う宝と白霧 - The Sea Holds Both Wealth and Peril. - 」
フィリア達は女医レイに医療費を返すため、グランツの離島で行われるトレジャーハントに参加していた。
洞窟での単眼巨人〈サイクロプス〉との戦いを終え、残りの時間をどう過ごすか、今は審議中である。
港町〈グランツ〉滞在5日目の昼。
離島滞在3日目の昼下がり。
フィリア達は洞窟での戦いを終え、野営地へと戻ってきた。
レイに依頼された採取品の中で、残る可能性があるのは『フォーゲルの爪』。
そして、手がかりすらない『不死身の石』。
フォーゲルは昼から夕方にかけてよく飛ぶ鳥で、この島でも時折その姿を見られる。
遭遇自体はそこまで難しくはない。
だが『不死身の石』の方は、まったく見当もつかなかった。
結局一行は、夜まで採取を続けることにした。
依頼品に限らず、価値がありそうなものはできるだけ集めておく。
そして翌日は、船へ戻りながら可能な限り採取を続ける──
そんな予定だ。
結果は、まずまずだった。
フォーゲルの爪は思ったより多く手に入り、
鉱石や珍しい貝殻、薬草などもそれなりに集めることができた。
洞窟で倒した単眼巨人〈サイクロプス〉から剥ぎ取った素材も、査定次第では悪くない値がつくだろう。
フィリアが探している花『夢蒼花〈むそうか〉』も探したが、結果は見つからなかった。
ひとまず、町へ戻ったらギルドで査定だ。
◇
滞在6日目の昼。
フィリア達は、自警団『ダイダロス』の船へと戻った。
参加者は全員無事だで、行きと人数も変わらない。
全員が船に乗り込み、離島を後にする。
だが、帰りの海は穏やかではなかった。
空は厚い雲に覆われ、風は湿気を帯びて強く吹きつける。
高い波が船体を揺らし、甲板では船酔いに顔をしかめる者もいる。
グランツまでの航路はおよそ1時間。
それまでの辛抱だ。
そんな最中。
「な……なんか、いないか?」
トレジャーハントに参加していた乗客の一人が、船縁から海を覗き込み声を上げた。
白波の立つ海面の下──
その奥の暗い海に、
何か巨大な影が横切ったというのだ。
「影……?」
誰かが呟く。
だが、荒れた海のせいで海面は揺れ、
その姿をはっきり捉えることはできない。
ただ一瞬だけ。船の下を大きな何かが通り過ぎたように見えた。
気づけば、海の上には薄い霧が漂い始めていた。
その光景に、リヴァナはふと顔を上げる。
「……妙だな」
小さく呟くと、舵を握る手に力を込めた。
「帆を張れ。少し速度を上げる」
短い指示に、船員達が慌ただしく動く。
港町とこの離島の距離はそう遠くない。
航路も単純で、迷うような海域ではない。
だからこそ、リヴァナは迷わなかった。
できるだけ早く港へ戻るため、船首をグランツへ向ける。
荒れる海を切り裂くように、船は進んだ。
やがて霧の向こうに、ぼんやりと影が見えてくる。
「……港だ」
誰かが呟いた。
港町の灯台と、壇上の外壁に並ぶ白い建物の影が、霧の向こうに浮かび上がっていた。
船はそのまま港へと近づいていく。
だが……海は、まだ騒いでいるようだった。
◇
フィリア達は、無事に港町船の港に辿り着く。
リヴァナは船を港に停泊させ、参加者を下ろす。
「何とか戻ってこれましたね」
フィリアは背伸びしながら話す。
エレナは少し船酔いしたようで、あまり顔色が良くなかった。
とりあえず、宿屋戻りひと休みしよう。
そう思った時──
海から強く重い風が港町に吹き荒れた。
「っ……!」
まるで台風の暴風の中にいるかのような風圧。
ついさっきまで、自分達が船で渡ってきた『白き海〈ブラン海〉』に、長くて大きな影が現れる。
ザァッと水を打ち付ける音が、鳴り響く。
その直後、耳を劈くような何かの咆哮が襲いかかる。
そこには、大きな龍のような何かがいた。
「あれは……!?」
町の人が騒ぎだす。
無理もない。あまりにも大きすぎる。
藍色の固い鱗を持った超巨大な海蛇。
その巨体と無数に生える牙は竜のようだった。
「あれはもしかして、『海漩竜〈アビスオフィリアン〉』か!?」
博識なアルトも驚驚いていた。そして、その名を叫ぶ。
「噂には聞いていたが、本当にいたのか……」
リヴァナも動揺を隠せなかった。
本来はブラン海の深海に潜む魔物。それが今何故──
海漩竜は直ぐさま暴れだした。
海から海水をまとった風圧のような攻撃を仕掛ける。
それが当たった建物は倒壊する。
住民の叫び声が、混乱する声が……町中に響く。
リヴァナはその声を聞いて、我に返る。
「自警団『ダイダロス』!! 住民の避難と、奴の被害を食い止めろ!!」
自警団のリーダーである、リヴァナは直ぐさま指示を出した。
だが、海漩竜は耳を劈く勢いの咆哮を放つ。
海漩竜を討伐しようと、港に集まった狩人達は愚か、街全体が一瞬にして静まり返り、恐怖に脅かされる。
「あああああああああ………」
エレナは涙目で震えていた。
つい最近までごく平凡に暮らしていた街娘である彼女には見慣れるはずもない、恐ろしい光景だった。
花の街〈フルール〉を襲った嗇薇淑女〈デモン・ローザ〉より遥かに大きい。
何十倍も。……もしかしたら、王都にあるエーデルシュタイン城よりも大きいのではないだろうか。
「蛇……竜……!? 実在するんですか……あんな……!?」
フィリアも焦りながら答えた。
「あれだけ大きければ、海竜種だよ。でも、どうしてこんなところに。」
アルトは考え込む。
本来、海漩竜のような大型の魔物は、自然に身を潜め眠りについている。
「まずいですね」
ヴィレムは低い声で話す。
「止めないと……町が……戦うしか無いのですか?」
フィリアは動揺しているが、止めないといけない状況は分かったようだ。
町民が混乱する声。
子連れの親子に、泣き続ける子供。
港は一瞬で騒然となった。
「避難しろ! 港から離れろ!」
リヴァナの声が響く。
その間にも、海漩竜は巨大な体をうねらせる。
長い尾が海面を叩き、巻き上がった水が港へ叩きつけられた。
「っ……!」
衝撃で建物が揺れる。
ヴィレムはナイフを抜いた。
「フィー、後ろに」
短く言うと、港の縁へ走る。
「あれは、倒せる相手じゃないです」
ヴィレムの真剣な顔。
でも、
「このままじゃ町が壊れてしまいます。……また、花の街の時のように」
海漩竜が鎌首をもたげ、巨大な顎が開く。
「来るぞ!」
前線で戦う誰かの声。
そして、ヴィレムが叫ぶ。
「フィー!」
フィリアは拳を握る。
策も、作戦も何も無い。話す間もない。
でも、今できることをするしかない。
だから……
「はい……!」
フィリアはただ、返事をする。
「今できることを」
海では、海漩竜が次の攻撃に移る。
口元で、水の渦を収束させたような物が集まり始める。
「エレナ、あの攻撃を通してはいけません。壁を作りましょう!」
フィリアは、氷魔術『グレイシャル・ウォール』を詠唱。
エレナも焦りながらも、隆起技となる地魔術『ボルカ・スタンプ』に魔力を注ぐ。
2人が作った壁は、尽く砕かれるが、威力を弱めることはできた。
「僕の見立てだけど、海漩竜は鎧の様に暑い装甲……鱗があるから、基本的に物理攻撃が効かない。一般的に、海の魔物は雷魔術に弱いけれど……雷は特殊な魔術だから対処ができないはず」
アルトは短時間で分析したことを話す。
そして、魔物図鑑を召喚し手に取って。
「……顔から顎の装甲が比較的薄い。顔面に仕掛ける攻撃が揺動するには1番かもしれない」
フィリアは考える。そして、
「……単眼巨人の時のように、目眩しは効きますでしょうか。……その、腕が無いのでもしかしてと」
その発想はなかった。
アルトは笑って、
「よく気がついたね。効果があるかは分からないけど、深海に住む魔物だから有り得るかもしれない」
そしてヴィレムは、
「私とキナリ様は前に出ます。アルトさん2人をお願いしても?」
アルトは頷く。
「うん。僕の魔術は多分効かない。だけど、後ろから解析もできるから」
言葉は出揃った。
けれど、心の中の緊張はまだ解けない。
港を揺らす波の音、霧の向こうで蠢く巨大な影──
目に見えぬ脅威が迫る中、誰もが一瞬の判断を迫られていた。
霧の向こう、海漩竜は静かに蠢く。
フィリアたちは息を整え、作戦の最終確認をするのだった。
