1章「精霊の森」
第11話「 赤の蠱惑 2 - The escalating red dreadful female figure. - 」
フィリア達は、魔物図鑑にも記述がない未知のマンドラゴラのような魔物と対峙する。その魔物は無数の蔓を使って攻撃してくる厄介な魔物だ。前衛のキナリが攻撃を当てたところ溝に落ちていったが、再び攻撃を仕掛けてきた。
瞬間の出来事だった。すごい勢いで蔓が通過していくのが見えた。通過した蔓は、自分たちの後ろに地に根を張るようにめり込む。
やがてキナリが空けた亀裂から蔓が湧き出てきくる。いよいよ敵のお出ましだ。ヴィレムとキナリは戦闘態勢に入った。
無数の蔓が2人に襲いかかってくる。2人は後方に害が及ばぬよう蔓を切り裂く。
やがて、キナリが開けた亀裂から、頭部に薔薇のようなものが着いた妖しげな女性が現れる。下半身は、これまで襲いかかってきた蔓で出来ているようで、蛸の足のようにうねらせ、攻撃を仕掛けてくる。
そして、マンドラゴラのような魔物が奇声を上げ襲いかかってきた。刺激したからだろうか、徐々に攻撃の頻度が上がり隙が無くなる。
敵は無数の蔓を、まるで鞭のように打ち付けるように攻撃してくる。数が多いためなかなか隙が作れずにいる。
そんな中、棘の着いた蔓を打ち付けてきた。フィリアが言っていた通りの棘付きの蔓だ。ヴィレムが返り討ちにしようとしたところ、目の前で蔓が凍った。フィリアの魔法銃『雪の精〈ヴァルスドゥネージュ〉』から放たれたものだ。
「ヴィレム!大丈夫?」
後方からフィリアが氷魔術を放ったようだ。作戦会議をした際に話した通り敵は植物族。氷魔術には弱く動きが鈍くなった。
「フィー! そのまま広範囲の氷魔術で、敵の動きを鈍らせてください」
「わかった!」
ヴィレムはフィリアに攻撃が及ばないように食い止める。フィリアは詠唱を始めた。魔法銃を上に向け、額の前で念じるように術を唱える。足元には氷属性の魔術であることが分かる水色の光を放つ陣が展開した。
「白き氷の息吹、永遠の氷霧と風で視界を奪え。白銀の世界へ! ブリザード!」
唱えたのは氷の中級魔術ブリザード。氷魔術でも基本の魔術だが、氷魔法は複合魔術と呼ばれる2つの属性を掛け合わせて発動することができる特殊な魔術だ。本来、属性は1人の人間につき2種が限界とされ、フィリアが得意とする氷魔術などは特殊な血統な場合に使える事が多い。
フィリアが発動したブリザードによって、ヴィレムとキナリを手こずらせていた蔓は動きが鈍くなった。
「フィー、ありがとうございます。敵の花弁には気をつけてください。催眠効果がありまますので」
敵の動きが鈍った隙に、フィリアに花弁がもたらす効果を伝えるヴィレム。そんなヴィレムの膝に血の染みが見えたフィリアは慌ててヴィレムを心配する。
「ヴィレム、膝どうしたの? 手当しないと……」
「お気になさらず。今は敵を討つ方が優先です。それにさっき軽く治癒術をかけたので大丈夫ですよ」
「そう…… でも終わったらちゃんと怪我見せてね」
ヴィレムは基本的には怪我を負うことはない。しかしながら、過去にボロボロになっても執念で戦い続けた事があり、フィリアは気にしていたのだ。
ヴィレムは、表情を曇らせるフィリアの頭を帽子の上から軽く撫でた。
「キナリさんも、大丈夫ですか?」
「ぼくはなんともありませんよ〜 ''あしたきやがれ''です〜!」
キナリはケロッとしていた。
「……? あっ、えっと、一昨日ですね。一昨日来やがれです」
「わっー! それです! ''おとといきやがれ''です〜」
どうやらキナリには語彙が無いらしい。と言っても姿は10代半ば位の少年で、出自も不明なため、そう言った不自然なところがあるのかもしれない。しかしながら、緊迫する空気が少しだけ和んだ、そんな気がした。
「ふふ、でも元気で良かったです。ではボクは2人に花弁の事を伝えてきます」
「お願いします。恐らく物理攻撃では突破は出来ません。ですのでフィーの魔術で動きを止めて、アルトさんが魔術を発動できるように、距離を詰めていくことになります。お伝え頂けますか?」
「もちろん。ボクが戻るまで、ご武運を」
フィリアがそう伝えると、ヴィレムは軽く微笑んでフィリアを見送り臨戦態勢に戻った。
◇
フィリアは後衛へと戻り、2人に作戦を伝える。
そして2人が催眠術にかからないように、氷の下級魔術ミスティフロストを使う。
ミスティフロストは、ブリザードよりは劣るが動きを鈍らせたり、催眠や痺れなど状態に伴う悪い効果を無効化することが出来る術だ。
氷魔法の中では下級魔術ではあるが、術自体の希少性と、宙に舞う細かな氷片が輝く幻想的な風景にはアルトとルボワも心が動かされた。
周りを警戒しながら3人はヴィレムとキナリの背中が見える位置まで移動することが出来た。
「アルトさん、魔術の発動まではどのくらいかかりますか?」
「程度によるけど、上級魔法なら30秒はかかるかな」
「分かりました、後ろからですとタイミングを掴みにくいと思うので、ボクがこの銃で合図します」
フィリアは、銃を上に向けて放つ素振りをした。
「ありがとう、助かるよ」
「2人の背中が見えるね。フィリア、後ろはわたしたちに任せて!2人のこと助けてあげてね!」
ルボワはフィリアにそう伝えると、フィリアは頷き再び前衛の2人の後ろへと走っていく。
◇
「ヴィレム、キナリさんお待たせ! ボクたちで隙を作って、アルトさんに繋げましょう!」
大きな気合いの入った声で2人に戻った事を伝えるフィリア。そして同時に、2人を襲う蔓に向かって、再びブリザードを放った。
「フィーおかえり。恐らく、このまま攻撃しても蔓で防御されてしまいますので、攻撃を集中させて一気に突破口を開きましょう」
ヴィレムはフィリアが作った隙で思考を巡らせる。腕を組み顎を触る。これはヴィレムが考え事をする時によくする癖だ。
「キナリ様、あの蔓ですが…… キナリ様でしたらまとめて何本切れそうですか?」
「ん〜 いがいと''きれる''んですよね〜 ぼくが''おの''を''めいっぱい''ふりまわせたらば、''5ほん''はいけますね〜」
「わっそんなにですか…… えっと、あの蔓をどうにかまとめて凍らせる。これは確定ですよねヴィレム?」
「そうなりますね、効率は重視したいところですが、フィーの魔力の残量も問題になってきます。切っても時間が経てば再生してしまうので。……ということは切らずに凍らせて、敵を怯ませることにになりますね。フィー、今のところ魔力切れは問題ないですか? 凍らせることになると、中級以上の魔術を使う事になるかと思いますが……」
作戦を思案するヴィレム。ただし今回の作戦はフィリアに負担が大きい。それを案じたようだ。
「まだ大丈夫! でもそうですね、3回が限度かもしれません」
「3回あれば十分ですよ。その後は直接敵に攻撃して更に怯ませましょう。直接攻撃はキナリ様がお願いします。まだ本体に攻撃はしていませんが、キナリ様の力であれば攻撃にはなると思います」
「わぁっ〜!! りょうかいです〜!」
「ではその直後に合図を送りアルトさんに攻撃をお願いすることになりそうですね」
「それでお願いします。私は囮として攻撃を誘導しますので」
そうして、本格的に決行される作戦。
ヴィレムは宙を舞うような、敵を翻弄させる華麗な動きで蔓を誘き寄せる。その間、フィリアを守るのはキナリ。フィリアに近づく蔓を斧で軽々と切り裂く。豪快だけど無駄がない動き。斧を手足のように扱えるのだろう。とても安心感があった。
ヴィレムはフィリアがどれくらいの蔓なら凍らせられるか把握している。旅に出る前に、護身術を教えたのは紛れもなく彼自身。従者としてフィリアが得意とする氷魔法の特訓も見守っていた為だ。
蔓を数本おびき寄せたところでヴィレムはフィリアに合図をした。
「かのものを凍らせ拘束せよ! 『 Ⅱノ弾丸・氷雪!〈ツヴァイトブレット〉』!!」
息がぴったりなフィリアとヴィレム。
フィリアが使用したのは、自身が得意とする魔法銃と氷魔法を組み合わせた魔術『7つの銃弾〈クリスタル・ブレット〉』 。
魔法銃に氷魔法の弾丸に込め、遠距離攻撃を可能にしたフィリアの戦い方。7つの効果があり、数が大きくなるほど強力な魔術になる。『Ⅱノ弾丸・氷雪』には、狙ったものを氷漬けにする氷結の効果がある。
バン!と銃声が鳴る。蔓に弾が命中た。そして、凍りついた。
空かさず銃を構えるフィリア。『7つの銃弾』は詠唱後一定時間であれば装填ができる。つまり魔術のキープが出来るということだ。
幼い頃から主従関係であるヴィレムなら、空かさず敵を片付ける。それを信じて考える間もなく2発目を装填したのだ。
読み通り、ヴィレムは敵のパターン化した動きを見切り攻撃を集中させる。そして、2回目の合図。フィリアも読み通りと微笑し攻撃は命中した。
3発目の詠唱の前。
「キナリさん、次撃ったら貴方の出番です。よろしくお願いします!」
「あは〜 やっとですね〜! ''ひるめしまえ''です〜!」
朝飯前だ……と内心思いながら、フィリアは訂正せずに、『お願いします!』とキナリに返した。
3発目。流石に休憩無しに立て続けに魔術を使うのは酷だ。でもあと1発。あと1発決めれば、キナリが敵に追撃して、アルトが上級魔法を使って戦いは終わるはず。絶対に外せない。そんな気持ちはフィリアの精神力を高め、詠唱を3度始める。
ヴィレムも愛用の小型ナイフ『トレートル』から、大物を仕留める際に使う刃渡り20cmのボウイナイフ『アディシェス』に持ち替えた。
流石に敵は、既に2回も氷漬けにされているのもあって、動きが荒っぽくなっている。ヴィレムは時には『アディシェス』で蔓を切り落とし、攻撃を集中させる。そして3度目の合図。
「フィー!」
『バン!』
合図が重なった。敵の攻撃はおさまり、キナリがいつもの調子てにこにこしながら本体へと駆けていく。
そしてフィリアはすかさず振り向き、魔法銃『雪の精』を空に向け『アルトさん!』と同時に大きな声で言い放った。
「やっと僕の出番だね、みんなが作った好機、僕がものにしてみせる!」
とアルトは答え、彼の周りに赤い光を帯びた魔法陣が展開された。
前線ではキナリが敵に直接攻撃。大きく飛び跳ね、斧をふりかざす。その時のアルトの詠唱は残り半分ほど。
隣でアルトを援護するルボワは魔力の循環を感じ取りながら、間に合うかヒヤヒヤする反面、彼の詠唱の速さに驚いていた。
『もう少し……!』とルボワも杖を握り締める。
「そいやー!」
キナリは敵に大振りの直接攻撃を当てた。辺りに『ドーン!』と炸裂音が鳴り響く。圧倒的にキナリの掛け声よりも炸裂音の方が力強い。キナリの性分なのか、その掛け声はなんだか拍子抜けしてしまう軽さだか、彼がそれなりに声を張った時どのくらいの力になるか……恐ろしいものであった。
攻撃を当て、キナリは『わっー! 当たりました!』と着地しその場で手を挙げ一回転。そして後ろに下がる。
次はアルトの番……と思った刹那。
2〜3本の蔓が絡み合った鋭利な蔓が物凄い勢いで後方へと向かっていゆく。
狙いはフィリアだった。
「えっ…」
まるで投げられた槍のような鋭さだった。フィリアは声を漏らす。魔力切れで魔術が使えない。咄嗟に魔法銃『雪の精』をかざしてカードする。
『フィリアっ!』と後方からルボワの声が聞こえた。
もう終わった……そう思い目を閉じた。
