1章「精霊の森」
第12話「 懐かしい香り - The end of the battle and a nostalgic scent . - 」
フィリア達は、見た事がない魔物を発見し交戦することになった。その魔物は、森の管理者であるルボワも見た事がない異形の魔物。間もなく決着が着く……とどめの攻撃が当たる直前に、予想もしない敵の攻撃がフィリアを目掛けて飛んできた。
もう終わった。そう思った。
強く目を閉じた。……が意識がある。目の前にルボワが魔術で呼び出した、樹木の根が絡み合ったような壁があった。自分でも咄嗟に魔力を込めていたらしく、少しだけ氷の壁が生成されていた。
「あ……」
間一髪だった。それと同時に後方から膨大な魔力を感じた。アルトの上級魔法が発動したのだ。
「おまたせ! それじゃ行くよ!」
アルトはコートのポケットから薄黄色欠片が入った試験管を取り出し地に伏せる。
そして最後の詠唱―
「紅に染まりし、酷熱の炎!天から降り注ぎし陽光の如く敵を焼き尽くせ! 烈火の紅炎〈インテンス・クリムゾン〉!」
おどろおどろしい、大きなマンドラゴラのような魔物の頭上に魔法陣が展開する。アルトの足元に現れた魔法陣と同じものだ。
その魔法陣から紅色の火柱が出現し.敵を焼き尽くす勢いで炎が降り注ぐ。ものすごい火力だ。ただ炎が降り注ぐ訳ではなく、爆発まで起こっている。山火事を見ているような熱量。不思議とその火が燃え移ることは無い。まるで敵を焼き尽くす為だけの炎柱だった。
アルトが発動した魔術がおさまる頃には、フィリアが氷漬けにした蔓たちも燃え上がり、灰のようになって宙に消え去った。
「お……終わった……!」
本作戦の要であったせいだろうか、アルトは思わず終わったことを口にしていた。
その途端、ヴィレムはフィリアの元へと駆ける。
フィリアはその場にぺたんとへたりこみ、固まっていた。
「フィリア様、終わりましたよ」
ヴィレムはフィリアの肩に手を置き、穏やかな笑みで声をかける。フィリアは硬直している。その数秒後には瞳が潤みだした。
「うん……」
「………今日の貴方はよくやりましたよ。よしよし」
ヴィレムは帽子越しにフィリアの頭を軽く撫でる。
フィリアは非常に涙脆い方ではあるが、流さず堪える事が多い。危うく死にかけたあの攻撃から、時の流れが遅く感じていた彼女の感覚が、ゆっくりと現実に戻り始める。そして潤んだ瞳もヴィレムが頭を撫でると落ち着いていった。
「さぁ、フィー。お礼を伝えるべき方がいらっしゃいますよね」
ヴィレムがそう告げると、ルボワがフィリアの後ろに立っていた。
「ルボワ……」
「フィリア…… フィリア良かった……無事で……間に合って……良かった……」
ルボワは声を震わせて、後ろからフィリアに抱きついた。泣いてはいないが、身体がとても震えている。きっと自分を認識できる数少ない友人が目の前で消えてしまうことに恐怖していたのだろう。
ルボワの震えが落ち着き、フィリアはルボワと顔を合わせて話す。
「ルボワ、ありがとう。あなたのおかげで無事でした。本当にありがとう」
フィリアはルボワに真っ直ぐな視線を向け、お礼を伝えた。するとルボワは再びフィリアに抱きついて『うん!!良かったぁ!』と笑顔で答えた。
ヴィレムは、そんなふたりの姿をにこやかに眺めていた。
アルトが歩み寄りながら答えた。
「危機一髪だったね。あの攻撃は予想外だったよ。本当に無事でよかった」
そして、アルトもその場にしゃがむ。
「でもなんでだろう、あの敵……フィリアさんを狙った。気を引いて攻撃を集中させ続けたヴィレム君にじゃなくて、フィリアさんを狙ったよね。氷魔法が苦手なようだけど、魔力探知でも出来たんだろうか?」
4人が話している中、キナリは灰になって消えゆく敵を間近で眺めていた。
「ごしゅ〜しょ〜さまです〜。もうわるさしちゃダメですよ〜」
敵を眺める中、紫色の紋章が浮かび上がり消え去った……そんな気がした。そして間もなく敵は消え去った。
「ん〜? さよなら〜」
彼なりの供養なのかもしれない。こんな時までゆるゆるな彼独特のペースは貫かれる。もし彼を見守る誰かがいたとして、確実に拍子抜けするだろう。そんな調子だった。
消えた魔物を見送り、キナリもフィリアたちの元へ足を運ぶ。
「てきさん、いなくなりましたよ〜 あれぇ、なんかみなさんおつかれですね〜」
この状況で疲れていないキナリ。彼はそれ程に強い精神力を持っているのか、体力を持っているのか……いや無神経なのか………一同は疑問に思った。そう、キナリだからなのである……
「キナリ君は元気だね」
アルトは苦笑いしながら答えた。
「皆様、1度安全な場所に移りましょう。急な戦いで体力を消耗したでしょうから。それに、フィーも休ませたいのです」
「そうだね、フィリアもアルトもみんな頑張ったし少し休もう! えっとね、この近くに川があるの」
ルボワは立ち上がって答えた。
「では!その川までご案内頂けますか?ルボワ様」
「もちろん!」
ルボワは元気に返事した。
「では、フィー、私が貴方をおぶります。歩けないでしょう?」
ヴィレムは自分がフィリアをおぶるように伝えると、いつも背負っているサッチェルリュックを魔法で縮小し、フィリアに背を向けしゃがみ込んだ。
「う……うん、魔力も切れちゃって力入らないや……ごめんねヴィレム。お願いします」
フィリアはそう言うと、ヴィレムの背中にもたれ混んだ。
「おんぶも久々ですね」
「うん…… 落ち着く……」
フィリアは前身どころか戦闘が終わったことで気が抜けたようで、力のない声でゆっくりと答えた。
ルボワはそんなフィリアの様子を覗き込むようにじーっと眺めていた。そしてなにか閃いたようで、急に魔術を使いだした。
緑色の光子がルボワの手に集まる。そして現れたのは清涼感のある香りがする植物。ローズマリーだ。
「あれ……この香り」
フィリアは反応を示した。
「ローズマリーですね。私もよく料理に使います」
「うん、疲労回復に効く薬草だよ。魔物も嫌う香りで、スッキリする香りだから持っていて。きっと心も落ち着くよ」
ルボワはそう言うと、フィリアにローズマリーを渡した。
「ありがとう。なんか懐かしくて落ち着く香り……」
「ルボワ様ありがとうございます。それでは案内をお願いします」
一行はルボワの案内で川に向かった。そのわずかな時間でフィリアは眠ってしまった。いつも一緒にいる、兄妹のような家族のような存在のヴィレムにおぶられ、手に握っているのは自分の侍女達がよく積んできてくれた懐かしい香り。一時ではあるが、フィリアの中にある懐かしく暖かい気持ちが彼女を落ち着かせたのだった。
◇
一行が謎の魔物と戦いその場を去った後、人影が現れた。
「あぁ、丸焦げどころか微塵も残ってない。身体も。せっかく面白いの造れたのに」
残念そうに話すのは黒い白衣を着た男性。長く暗めの髪をしており、前髪の一部は刈り上げている。血色はあまり良くないが、僅かに桃色に輝く紅玉色の瞳は妖しげな雰囲気を漂わせる。その男性は、アルトが焼き切った魔物の灰を集め始める。
「……なんでそんなの拾ってるの。もうゴミじゃないか」
もう1人男の声する。先程、残念そうにしていた男よりは声が高い。フードを被った栗毛の青年だ。発言とは異なり穏やかそうな雰囲気をしている。
「ゴミだなんて……これも私の作品の一部。それに今回は面白いんですよ、男性を誘惑して精気を奪う魔物です。……あ、貴方で試せばよかった」
その瞬間、栗毛の青年の笑みは消えた。
「別に、僕は、 女を抱かなければ力が満たされないわけじゃないよ」
そう答え、その後しゃがんでいる黒髪の男に蹴りを入れる。
「痛い。貴方また夜に出かけていたでしょう。私が作った薬を飲むか、力が強い御二方に血を分け与えて貰えば良いのに」
「……あんたの薬不味いんだもん。それに僕じゃ2人には頼めないね。僕達なら異性を誘惑して堪能してから、食い殺した方が効率いいでしょ」
「それじゃあ困るんですよ……貴方、死体持ってこないから事件になるし、私も研究資材にできないし……私大変なんですからね」
2人の外見は間違いなく人間そのものだ。しかしながら、まるで人の命を弄んでいるような、非人道的な事を話している。その場に普通の人間がいたのならば、耳を疑うだろう。
「あんたの事情は知らない。他のやつもやってるからね。それに人間は、その辺で野垂れ死んてる方がいいって」
「わぁ……貴方そんな穏やかそうな顔で、口悪いこと言うんですね……引きます…… わっ、私の作品燃やされたと思いきや爆撃を受けたみたいですね……うわぁ……」
「めんどくさいな……そういえば今回の作品の名前は?名付けのセンスはいいから聞いてあげるよ」
栗毛の青年は、白衣を着た男性に冷たい印象だった。だが、名付けのセンスは称えているようだ。
「嗇薇淑女〈デモン・ローザ〉です。アルラウネとトリフィド、2つの植物族を掛け合わせ闇の魔力で合成させた悪魔族の魔物です。ちなみに嗇薇は東方の国の言葉で掛けているんですよ。薔薇の花に。偽物の薔薇で催眠をかけて誘惑し騙す魔物ですからね」
黒髪の男性は得意げに話し、2人組はフィリアたちが対峙した敵の灰を回収し、その場を立ち去った。
◇
一方フィリアたちは、目指していた川にたどり着き休憩をしていた。
フィリアはルボワから渡されたローズマリーのこともあってか、落ち着いたようで眠りについていた。
他4人は怪我の手当を終え、午後のティータイムを迎えていた。
「驚きました。アルトさんは高度な治癒魔法まで使えるのですね」
「うん。錬金術の応用で中級くらいはかじったんだ。妹のこともあったし。ヴィレム君も止血までは出来ていたじゃないか」
「私のは応急処置ですよ。私は立場上で下級治癒魔法のヒーリングは覚えさせられたので……そうですルボワ様、フィーを休ませてくださってありがとうございます。やはり眠るのが1番の回復に繋がりますから。」
「へへ、草花を出したのは思いつきだったけどね。顔色も良くなってよかった」
ルボワはフィリアの寝言を眺めながら答えた。
「ローズマリーは馴染みのある香りなんです。フィーにとっては安心出来るもので」
「そうなんだ! じゃあわたし、ナイスなものを出せたんだね!」
ルボワは嬉しそうに飛び跳ねた。
「ずっと気になっていたんだけど…… 2人はそれなりに身分のある人だよね。フィリアさんもどこか浮世離れしている言動があるし、ヴィレム君も彼女の身を案じてる。ローズマリーも教会や貴族が魔除に所有することが多い薬草だ」
アルトは鋭い考察を入れた。考えて見れば、アルトは最初からフィリアのことを何処ぞの貴族と見抜いていた。
「……そうですね、いつか御三方には話す日が来るかもしれません。私は彼女の従者なので、大した身分ではありませんが、フィリア様はそれなりの身分の方です。性別を偽り旅をする事情がある……それだけは察してあげてください」
「うん。フィリアさんかヴィレム君の口から言える日が来たら」
「ねぇねぇ、ヴィレムはフィリアのことお嬢様って呼んだりしてたの?」
ルボワは人の世界に興味がある。首を傾げてヴィレムに問いかけたのであった。
「そうですね……昔数回呼んだことがあるのですが、名前で呼んで欲しいと言われてしまいまして」
「それでフィーって読んでいるのー?」
「ルボワ、無理に聞いちゃいけないよ」
ルボワはとてもフィリアとヴィレムに対して興味があるようだ。詳しく事情が話せないことを知っているアルトは、ルボワを止めようとした。
「ふふ、良いのですよ。それは別です。あの方は兄妹と言うものに憧れていたようです。立場上気安く話してはいけないので、敬語を使っていますが……名前だけは2人の時や旅をしている時は、兄妹のように家族のように呼び合おうと約束したのです」
「2人だけの秘密みたいだね!」
ヴィレムは、何処か懐かしさに浸るような穏やかな表示で語ったのであった。
「んぅ……」
「あっフィリアが起きたよ! おはようフィリア!」
「るぼわ……」
「ふふふ、フィリア寝ぼけてる……!」
「ルボワ様のおかげで熟睡出来たのでしょう。目覚ましの、お茶を淹れますね」
「ん……」
フィリアは目をしょぼしょぼさせ、小さな声で唸っていた。
「なんかフィリア、子供みたいだね」
「すっきり目覚められた時はそうでも無いのですが、それ以外の時はそんな感じですよ。ちょっと甘えん坊になります」
「へぇ〜、フィリア〜! よしよし〜!」
ルボワは、ヴィレムがフィリアの頭を撫でていたのを思い出し真似てみた。フィリアはとてもご機嫌なようでにこにこしてる。
「わぁっ!ふふ、フィリア〜よしよし〜!」
「ふふ、るぼわすき……」
するとフィリアはルボワに抱きついた。なんだか幸せそうにも見える。
「フィリアあったかーい!」
ルボワは10〜12歳くらいの容姿を持つ精霊。400年も生きている精霊ではあるが、精神年齢はあまり高くない為子供に見える。
対してフィリアは15歳の少女。童顔で体も痩せ型。男装すれば程々に性別が偽れるくらい華奢で、女性的な特徴もあまり見られない。そういう意味で実年齢よりは幼く見える。外見だけなら年が近く見える2人なのだ。
ヴィレムはそんな二人の様子を見て、基本的に外へ出る事ながなく、同世代の友人がいなかった彼女がようやく友人に恵まれたのではないだろうかと、その様子を紅茶を淹れながら見ていた。
「2人は仲がいいね」
「ええ、私も嬉しいです」
ヴィレムはそう答えると、フィリアに紅茶を差し出す。
「フィー、紅茶です。きっと目が覚めますよ」
「うん、ありがと」
フィリアはヴィレムからカップを受け取り、静かに口をつけ紅茶を飲んだ。
「貴方の目が覚めたら、これからどうするか決めましょう。明日にはフルールに着けると思いますので」
「そっかそうだよね、なんだか凄い魔物を相手したせいか忘れちゃってた」
フィリアは苦笑いしながら答えた。その横でルボワはぽつんと2人の顔色を伺いながら話を聞いていた。
フィリアの目が覚めて、一行はこれからの動きについて話し出した。
「今いるのはこの辺りだよ」
ルボワはいつも通り、森のどの辺にいるかを教えてくれた。どうやらルボワが案内してくれた川は、フルールがライフラインとして使っている川に繋がっているようだ。
フルールの少し手前に、舗装された道がある。物流などで使われる道だ。そこが言わば、精霊の森の境界でもあった。
「ではこの川を辿って出口までたどり着ければ、途中迷うこと無くたどり着けそうですね。」
「今日どこまで進めるかによるけど…… あと半日あれば無事にたどりつけそうだね。」
「そうなります。日が傾いてますので、あと少し進んで野宿になりそうです。フィー、おそらく今日がフルール到着前の最後の野宿になりそうです。あと1日だけお風呂は我慢ですよ」
「うん。もう少しでお風呂……!!」
「キナリ様も街で写真のことや諸々聞いて見ましょう」
「わっ〜 なにかわかるといいですねぇ〜」
「そっかぁ、そしたら今日が最後の夜になっちゃうのかぁ……」
ルボワは寂しそうだった。
「ルボワ、大丈夫ですよ。また戻ってきますから。それに…… ここまで一緒に来てくれてありがとう、色んなことがあったけど、迷わずここまで来れたのはルボワのおかげです。私が無事なのも」
「うん! 久々に森を大冒険出来て楽しかったなぁ〜」
「ふふ、ボクもです。貴方さえ良ければ、出口まで一緒に居てくれますか?」
「いいの?そんなギリギリまで一緒にいて」
「もちろんです。それにボクも今別れてしまうと名残惜しいと言うか、寂しいです」
「わかった! じゃあ早く進もう!今日、進めるところまで進んで、夜はみんなでいっぱいお話しよう!」
ルボワはそう言うと、フルールの方角である南東を指差し元気に答えた。
