2章「花の街」
第18話「 花の街を歩いて 2 - The Unexpected Boy, the True Princess and Her Valet. - 」
フィリア達は、花の街〈フルール〉で出会った少女・エレナとリィに街を案内してもらうことになった。南エリアで短く休憩をした際、エレナ本人の話を聞く。そしてフィリア達は、西エリアとギルドがある北エリアに戻る。
フィリア達は休憩を終え、一行を連れ出す。南エリアの次は、西エリアだ。
西エリアは町長の邸宅や、住宅街の延長、住宅街にあった公園よりも大きく、植物の整備が行き届いたとても手入れがされた施設が多く並んでいる。
「あの奥にある木造で、筏葛〈ブーゲンビレア〉が壁に咲いている建物が町長の邸宅ですわ。多分用はないと思いますが、私の実家ですわ」
「大きな屋敷だ。そう言えばエレナさん、花の街〈フルール〉は木像の家屋が多いね」
アルトは、花の街の建物が気になっていた様子だった。
「流石アルト様ですわ。仰る通り、この街は木造の建物が多いのです。理由はご存知でしょうか?」
「いや、そうだなぁ、自然愛顧とかかな?」
「うふふ、流石ですわ! その通りです。民間施設等は石造りの物もありますが、基本的には『精霊の森〈フォレルの森〉』への恩恵の気持ちや、花の街の見所でもある美しいく色とりどり花々や自然を阻害しない…… 落ち着いた色目や木材を使った建物が多いのですわ。昔からのこの街の決まりなのですわよ」
一行は大通りを歩いて西エリアを通り過ぎる。大きめな建物が並ぶその先には生い茂る緑が見える。それは『精霊の森』。フィリア達がルボワと別れて1日は経ってはいない。それでもフィリアは花の街を歩いて、行き交う住民たちを見て、ルボワとの別れがもう何日も前の事の様に感じていた。少し寂しさを感じてはいたが、彼女が守ってきた美しき緑を尊重する花の街の姿がとても輝いて見えた。
……また彼女と出会えるならば、その時は『花の街』が美しかったことを彼女に伝えよう。そう心のうちで思うのだった。
◇
花の街の北エリアに戻ってきたフィリア達は、最後にギルドの場所を教えてもらった。資金が全くもって無かったキナリを、滞在中ギルドで働かせるべくやってきた。
「キナリ様。ここがギルドですわ」
「ほえ〜 なんだか、''かみ'' が''たくさん''はってありますねぇ」
数日旅をして分かった事だが、キナリは全くもって外の知識が無いようだった。一般常識も通用しない。どうして彼がこの様な人物なのかすら分からない。……彼には1から説明しなければ、あらゆる事が通用しないのだ。
「この掲示板に依頼が書かれた紙が貼られてますわ。自分にできそうな依頼を見つけたら受付で確認してみてください。空きがあれば受注できますわ。後は依頼内容通りにこなして頂ければ!」
エレナはキナリに説明する。キナリは何か閃いたかの様に、掲示板の前に立つ。
「……''き''を''きる''しごとは、ありますかねぇ〜」
キナリはキョロキョロと貼り紙を眺めている。
「見た感じはなさそうですが……」
「う〜ん」
すると後ろから心配したアルトが声をかける。
「 そういや、キナリ君は読み書きはどうだったかな?」
「''よみかき''ですか〜?」
「そう、自分の名前は書けるかな」
アルトは少々不安を抱えつつも、内ポケットから手帳と筆記具を取りだしキナリに渡した。
「ここに、名前を書いてみて」
するとキナリは、逆手で拳を握った時、親指と人差し指の間からペン先が出る持ち方…… つまりは地面に枝で文字を書く時のようなぎこちないスタイルで何かを書き始めた。一行は妙に緊張し息を呑んだ。果たして彼は文字が書けるのかと。
「これで〜?」
キナリは手帳を見せる。すると、かなりぶれた文字で『キナリ』と書いてあった。どうやら名前は書けるらしい。
「名前は書けたんだね。僕は書けるかな? アルトって」
「かいてみます〜」
キナリは再びペンを握り何かを書き始めた。…………今度は文字では無さそうだ。
すると彼は絵のようなものを見せてきた。
「こっ……これは」
「えっと、何かあったんですか?」
フィリアは恐る恐る聞く。するとアルトが手帳を渡す。
丸を描いて、黒点2つに、下向きの弧。人の顔だ。下に尖った三角にちょろっと生えたしっぽの様な毛。……キナリはアルトの似顔絵を描いたようだ。
後ろから覗き込むように、エレナとリィもキナリ似顔絵を見る。
「わぁ、これはアルトさん?」
「なんだか和むと言いますか、可愛らしい似顔絵ですわね」
「わぁい、そ〜ですぅ」
キナリはにこにこしながら答える。彼はアルトの名前ではなく似顔絵を描いたのだ。単純な線や図形から織り成される記号的な似顔絵は、文字がぎこちなかった彼からは予想できない物だった。
「名前は書いてないけど……簡単な絵が得意なのでしょうか?」
アルトは少々驚いていた。突飛な行動に出ては、時に物を破壊するような強靭な力を持った彼。子供っぽい細身の体の何処に秘められているのかは謎でしかない。小さな身体に倍以上のエネルギーと驚きを凝縮したのがキナリと言う存在なのだ。アルトはそんな事を考えながら、自分の似顔絵の下にあった余白に自分の名前を書いて見せた。
「キナリ君、これは読める?」
キナリは頭を横に振った。自分の名前だけは書ける。でも人の名前や文字は読み書きできないようだった。
「キナリ君は、お勉強もしつつだね。でも、絵の才能はあるかも。可愛い似顔絵ありがとう。明日からだけど、僕は自分の用事が済んだら、キナリ君と行動するよ。フィー君達は調べもので大変だも思うから」
アルトはキナリと行動することを容認してくれた。そして、登録だけ今日のうちにしてしまおうとの事で、ギルドの登録をキナリとしに行った。ある意味有名人なアルトなら仕事の幅も広いことだろう。
一行はギルドを後にし、宿に戻った。
別料金で食事を振舞ってくれる宿だったため、早く休めるようにと、宿で食事を済ませて、シャワーを浴び、フィリア達は休んだ。
◇
シャワーを浴びた後のフィリアはとてもご機嫌だった。ヴィレムとの2人部屋だったこともあり、本来野宿ならシャツとパンツスタイルで休むのだが、今回はワンピース型のネグリジェを着てゆったりと過ごすことが出来る。濡れた髪をタオルで覆い、彼女は部屋に戻ってきた。
「ヴィレム、シャワー空いたよ」
「かしこまりました。でも、際に髪を乾かしましょうね」
フィリアと2人の時のヴィレムは完全に使用人として彼女に接する。フィリアは不自由なく城で過ごしてきた身だ。旅立つ前に、自分一人でそれなりのことをできるようにはしてきたが、ヴィレムは決まって彼女に従うように接するようだ。
フィリアを座らせて、後ろから髪を乾かす。フィリアの白く美しい銀色の髪は、濡れると少しだけ蒼みを増したように見せる。昼の快晴の空のように澄んだ蒼へと変化したように見せるのだ。
フィリアは脚をぶらぶらとさせて髪が乾くのを待つ。
「脚、疲れましたか?」
「え? うーん、少しかなぁ。いつもよりは綺麗な道を歩いたから、だるいわけではないよ」
「マッサージしますか?」
「んーいいよ。髪が乾いたら、ボクは日記を書くから、ヴィレムも、その間にシャワーを浴びてきて! ヴィレムにも早く休んで欲しい」
するとヴィレムは後ろから髪を掬いとって、フィリアの髪にキスをしてこう言った。
「フィリア様はとても心暖かく、優しい方です。そんな貴方だから私はこうして付き従っているのですよ。さぁ、寝る前のお茶はいかが致しましょう? 私は貴方が休んだ後にシャワーを浴びますから、気にせず申してください」
ヴィレムは目を細め穏やかな表情で答えた。フィリアは頭を後ろに倒して、笑顔で答えた。
「やっぱり、ヴィレムとふたりでいると安心するなぁ。ヴィレム、いつもありがとう。ボクは、貴方と一緒にいる時間がすごく好きだよ。……一緒に、ルボワから貰ったお茶を飲みたいです」
フィリアはそう答えると、立ち上がり、携帯魔法を展開。鞄からピーコックブルーの手帳と金の装飾が施された万年筆を取り出した。
椅子に腰掛け、日記を書き始めるフィリアはどこか楽しそうだった。ルボワから貰ったお茶……カモミールティーに少しだけ砂糖を入れて、それをお供に談笑しつつヴィレムと寝る前の時間を過ごした。
日記を書き終える頃には、お茶は飲み終えており、明日は植物研究所に行った帰りに、別のお茶も見てみよう。きっと変わったお茶もあることだろうと話し、ヴィレムはフィリアを休ませた。
その後、静かに元音を立てないようにと、武器の手入れをし、シャワーを浴びて彼も休んだのであった。