2章「花の街」
第20話「 植物研究所 - In Search of the Blue Flower at the Botanical Research Institute. - 」
フィリア達は、エレナとリィに街を案内してもらい滞在1日目を終えた。その翌朝の出来事。フィリアは植物研究所に、アルトとキナリは買い出しとギルドへと向かう。
滞在2日目の朝。
滞在1日目はエレナ達の案内で軽く街を回った。街の成り立ち、気になるところ、全てが輝いて見えた。フィリアはそんな出来事を胸にぐっすりと眠っていた。
「フィー、朝ですよ」
ヴィレムの声だ。執事や側近としてフィリアに付き添うヴィレムの朝は、日の出より前……時計の針が4時を指し示す時間から始まる。城を出て旅をするようになってからは、日の出と共に朝の準備や自身の身支度をしているようだ。
「んぅ……おはよ」
対してフィリアは朝は苦手な模様。起こしても10分は虚ろうつろとしていて、頑張って身体を起こしても座ったまま動かない。
「フィー、モーニングティーです」
フィリアの朝はヴィレムに淹れてもらったモーニングティーから始まる。ヴィレムは紅茶を淹れるのが好きで、朝のぽやぽやとなかなか目が覚めない、フィリアを眺めているのも微笑ましく、長年見ていても見飽きない光景だった。
「ん…… ぶれっくふぁすと……?」
「そうですよ。フィーのお気に入りです。今日から本格的に滞在ですから、気を引き締めて参りましょう」
「おいし……ふふ」
猫舌のフィリアは、ふーふーと紅茶を冷ましながら、にこやかに紅茶を嗜む。
「飲み終えたら、着替えて朝食ですよ。ちなみに、アルトさん達はもう出られたようです」
フィリアは、ぼけ……っとしながらヴィレムに問いかける。
「そういえば、アルトさんのこと、『様』じゃなくて『アルトさん』って呼ぶようになったね」
「気が付きました? ご本人からの要望で」
「そっか、ふふ……良かった」
「嬉しそうですね?」
「うん。 ヴィレムは同世代の人に対してもそうだから」
「私は、大層な身分ではありませんから」
「でも、良いって言った方にはそうしてあげた方がいいかもよ? そうしたらボクも嬉しい。ほら、この間……エストルが凄く訴えかけてたし……」
「……エストル様は未来有望な騎士ですから。……とそろそろ、行きましょう。リィ様を待たせてしまいます」
フィリア達は、昨晩エレナとリィと別れる前に予定を共有し、それぞれ付き添ってもらうことにした。今日はリィがフィリア達を植物研究所まで案内してくれる。顔が広いエレナは、アルトとキナリを案内するとの事だ。
◇
朝食を終え、フィリアは宿屋から出る。朝の心地よい空気を胸いっぱいに取り込み、伸びをして、
「行こう、ヴィレム」
笑って答える。
約束の時間。リィは宿屋の壁に寄りかかり、空を見上げながら2人を待っていた。
「おはようございまス」
「リィさん、おはようございます。今日はよろしくお願いします!」
「それでは行きましょう」
道中、フィリアとヴィレムが楽しそうに話しながら歩く姿を、リィは何処か懐かしそうな目で見ていた。ふたりは兄弟のような、家族のような暖かい雰囲気を感じる。そう、感じ取っていた。
故郷の家族は元気だろうか。そんな事を思いながらも、今はこの場所で出来ることをする。そう心の中で誓い、彼女は今日も花の街〈フルール〉に立っている。
◇
しばらく歩くと、植物研究所に辿り着いた。
暖色系の花々が変色するように綺麗に並んでいる広大な花畑は、何度観ても美しい。その奥に見える、大きな建物が植物研究所。
研究所は、研究室、図書館、温室、屋外の展示スペースと並んでいる。今回は温室や屋外を見てから、図書館などを見て調べ物をすることにした。
中に入ると、観光客やガーデニングを趣味にしている女性客などで賑わっていた。リィがパンフレットを持ってきてくれた為、それに従って巡回することになった。リィも植物研究所に用があるらしく、2人でごゆっくりと声をかけてその場を去った。
温室には色とりどりの花が並ぶ。もちろん樹木や木の実がなる低木も。フィリアは精霊の森〈フォレルの森〉で見た植物を照らし合わせて、楽しそうに観覧していた。そして穏やかに時間が過ぎてゆく。
「ヴィレムは何の花が好き?」
「私ですか? …………ダリアですかね。色が沢山あって、花言葉も沢山あるらしいです。強く咲いているのが様になっていて、見飽きないですね」
「ヴィレムはこれかなぁ……」
フィリアは、程よく茶色にくすんだ洗朱色のダリアを指さした。ヴィレムの髪色のようなダリアだ。
「素敵ですね」
「ええと、花言葉は……優美、華麗、気品、威厳……ヴィレムっぽいなぁ。でも、移り気とか気まぐれ、裏切りは……ちょっと違うかも。花言葉たくさんだぁ」
「……そんな花言葉が? らしくないですね。私はずっと貴方の傍にいますから」
「ふふ……うん」
フィリアは子供らしい笑顔で笑って見せた。ヴィレムは時々自分に見せてくれる、この笑顔が好きだった。
フィリアとヴィレムは久々のふたりだけの時間を、楽しく過ごした。調べ物に来ている事に違いはない。しかしながら、ふたりはこうして調べ物や観光、それ以前に花を愛でるのが好きだった。水入らずの状態で楽しく温室を見て回る。
流れるように温室を回っていくと、ちらほらと青色の花が見えてきた。
「フィー、青色のお花です。身に覚えは……」
「うーん。これではないかなぁ。えっとね、真ん中が白くて、青空みたいなお花で……」
『これですか?』
すると、急に後ろから声がかかった。優しく落ち着いた声色が聞こえた。振り返ると白衣を身に纏った長身の女性が立っていた。
丸眼鏡をかけ、その下には落ち着いた笑顔。深緑色の長い髪を、低い位置で三つ編みでまとめ結っており、白衣を着た女性だ。見た目は30代半ばくらいだろうか。
その女性は、白と青色の花をこちらに差し出し、これでは無いか?と尋ねてきた。
「えっと……違います」
「あら、外しちゃったのねぇ」
「えっと貴方は?」
フィリアが問いかけると、白衣の女性の後ろからリィがひょっこりと現れた。
「こちらは、植物研究所・所長のフレデリカさんでス」
リィは所長であるその女性を紹介してくれた。
「おふたりさん、こんにちは。リィちゃんからお話は聞いていますわ。私は、ここの所長をしている『フレデリカ=フューシャ』です」
フレデリカは、ほんわかとした雰囲気で、何処となくキナリと似た風貌の女性だった。話していると力が抜けてしまうような、独特な雰囲気を持っているタイプだ。
「フレデリカさん、初めまして。フィーと申します。こちらはヴィレムです」
「フィーさん、ヴィレムさん、よろしくお願いします。ええと、探している花は見つかりましたか?」
「いいえ、まだ……」
「そうですよね、大きいからなかなか回りきれないですよねぇ。私は研究室にいますので、見つからなかったり、聞きたいことがあったら、いつでもいらしてください」
フレデリカは、軽く会釈すると研究室へと歩いていった。リィは用事が済んだようで、ふたりと共に温室を見て回った。
道中フィリアは、リィに好きな花について聞いた。
彼女は『山茶花と紫陽花』と答えた。山茶花は香りがよく、紫陽花は敬愛する実兄が好きな花らしい。土壌によって色を変えつつ、雨が多い故郷・東の国を彩る花だと話していた。話していた時、偶然ながら東の国の植木のコーナーだったらしく、リィは指さしながらお気に入りの花を教えてくれた。
温室を回ると、北の国や高山地帯に咲く植物なども植えられていた。特に南の国のコーナーは、見たことがない大きさの花や異形の植物が並んでおり、フィリアは目を丸くして眺めていた。『やっぱり、図鑑で見るのとは違いますね』と勉強熱心なフィリアは楽しみながらも、充実した時間を送っていた。
気がつけば昼を過ぎており、フィリアはパンフレットを確認すると、全然回れていないようだった。
「あれ…… 午前中沢山回ったのに、半分も見れてない……!?」
「ここは大きいですからネ」
「フィー。時間はありますから、ゆっくり探しましょう」
「そ、そうだね。リィさん、ごめんなさい。とても時間がかかりそうです」
フィリアは申し訳なさそうに答えると、リィは頭を横に振って、
「気にしないでください。もしお力になれることがあれば呼んでください。特に無ければ自分の仕事や頼まれ事をしますのデ」
そんな様子を見ながらヴィレムは、
「そうですね、明日の午前中で温室や展示スペースは周り切れると思いますし、明日の午後から調べ物のお手伝いをお願いしましょうか」
と、提案した。リィは頷いて、明日の午後にまた会おうとその場を後に別の仕事に戻った。
◇
翌日、滞在3日目。
フィリアとヴィレムはようやく温室を回り切った。
野外のスペースには大きな樹木や、外から見えたとても手が行き届いた花畑があり、これまで精霊の森のような、何処か閉鎖的な空間にいたフィリアとヴィレムはのびのびと過ごすことが出来た。
午後、昼食を終えた後、ふたりは植物研究所付属の図書館に足を運んだ。約束通り、リィは図書館で待っていた。
「ええと、お探しの本……と言うか、お花でしょうか? どんなお花なのですか?」
リィは興味ありげに尋ねてきた。それに対してフィリアは、思い出に浸るような優しい表情で、
「蒼……空色の小さなお花です。中心が白くて、徐々に青みがかる可愛らしいお花なのですが……えっと、その……夢の中で見たお花なんです」
「夢……?」
「ボクを呼びかけるような、……何処か現実味のある夢なんです。その光景に、その花が一面に広がる花畑が出てきて、とても印象的なんですよ」
「……もしかして、その場所を探してたりするのでしょうカ?」
「! そうです。ですが、なかなか見つからないので、花の種類を特定できたら探しやすいのではと思いまして」
フィリアは夢の中に出てくる花を探している。正直それは、具体性のない話で、話すには少し気まずく恥ずかしかった。でも……それでも。自分に関係あると思えるその夢と……『あの少女』の正体を知りたい。だから今、こうして旅をしてそれを追っている。
「へぇ、なんだか幻想的な夢ですね。花については、館長さんや詳しい人に資料がないか聞いてみまス。あとは、場所なんかも分かる方が居ないか……ですネ。もし分からなかったら、研究室に頼りましょう」
リィはそう言って本を探しに行ってくれた。フィリアとヴィレムも、気になった本を探す。とはいえ、本は多くとも珍しい花なのか、夢故に情報が少ないのか……なかなか見つからなかった。
リィは東の国出身で、西の国の言葉は話せど、読み書きはそこそこで難しい文献は少々辛そうだった。それでも、親身に探してくれた。
そして2日目は、図書館で過ごして終わった。
明日は、研究室に行きましょう。
ヴィレムはそう言い、フィリアは『1番花に詳しい所に来たけれど、意外と探しがいのあるお花だったんだね』と、何処か楽しそうに話していた。
その日の帰りは、植物研究所の売店に立ち寄った。
フィリアは調べ物をする中で、とても気に入った本があったのだ。それは、開いた手が収まるくらいの植物図鑑。厚みはあるが、持ち運びもしやすく、解説も程よく書かれており、挿絵付き。外国の植物や薬草まで書かれた、旅のお供に程よい図鑑だった。調査の進捗はいまいちだったが、本が好きなフィリアは新しいお気に入りを見つけて喜んでいた。
ヴィレムは、フィリアと相談しながら、新しくお茶を買い足していた。今回購入したのは、フィリアが好きなブレックファストと林檎の紅茶。どちらも花の街で育てた茶葉から作っているらしく、旅中飲むのが楽しみだ。