2章「花の街」
第21話「 植物研究所 2 - A Rare Flower Blooming Under the Moonlight. - 」
フィリアとヴィレムは植物研究所にて、フィリアの夢に出てくる『蒼色の花』について調べていた。4日目は研究室で直接話を聞いてもらう予定だ。アルトとキナリは買い出しとギルドで依頼を受けていた。
遡ること、滞在2日目。つまりは、フィリアとヴィレムが植物研究所に足を運んだ日。
早起きのアルトとキナリは、フィリアが目覚める1時間前に朝食を取り、買い出しに向かった。
その際、エレナが街を案内してくれた。街を熟知しているエレナは、アルトが探している実験道具や薬草、旅の道具など、的確にお店を紹介してくれたため、買い出しはすぐに終わってしまった。
そのまま3人はギルドへと向かい、キナリが受けられそうな依頼を探す。
前日に個人情報の登録はしておいた為、受付員に仕事を紹介してもらうことが出来た。とはいえ、キナリと出会って日が浅いアルトは、保険の為に自身も同行する形で、依頼を受けた。これから仕事をするにあたって、可能であればキナリ1人で任せられるようにとお目付け役を買って出た……とも言えるだろう。
滞在2日目は、大荷物の運搬作業。3日目と4日目は、西エリアでの薪割りや力仕事、魔物退治の仕事を受け持つことになった。
その間、エレナは空いている時間は2人の様子を見に、空き時間を見てはフィリアやアルト達のことを気にかけてくれた。
最初は、男性4人に下心満載のエレナではあったが、フィリア達と交流する中でとても充実した時間を過ごし、普段気にし過ぎな彼女の性格も徐々に解れていった。
◇
一方、滞在4日目のフィリアとヴィレムは、植物研究所の研究室にて調べ物だ。
なかなか調査が上手くいかず、滞在2日目に1度挨拶してくれた所長のフレデリカに頼ることにしたのだ。
この日は、エレナがフィリア達の案内役だった。本日は町長の娘としての勉学や私用はないとの事。明確には、調査が捗らずにいた2人を手伝うために時間を開けてくれた様だ。今頃、アルトとキナリにはリィが付き添っている事だろう。
研究室の扉を開くと、大きな机や書物、アルトが興味を持ちそうな実験道具などが並んでいた。きっとアルトがこの様子を見たら、喜ぶだろう。職員も何人かいるが、個人の机で研究や作業をしているようだ。
すかさず、エレナはフレデリカの所に向かい、フィリアとヴィレムが来たことを知らせにゆく。
「フレデリカ先生、ごきげんよう。フィー様とヴィレム様をお連れしました。探し物……なかなか見つからないようですわ。ご助力頂きたいのですが」
エレナがフレデリカに話しかけると、どうやらフレデリカ個人も探し物をしているようで机の下に潜り込んでいた。自分の名を呼ぶエレナの声を聞き取り頭をあげると、案の定頭を机の下にぶつけた。ゴッと鈍い音が研究室に響いた。
「んんんん〜〜 いたぁい………」
「わっ……! 先生大丈夫ですの!?」
フィリアとヴィレムは入口付近で待っていたが、研究室が戦慄した様子を特等席で見てしまった。
痛いと嘆きながらもフレデリカは立ち上がり、ふらふらとフィリア達の元へやってきた。
「お恥ずかしい姿をすみません…… えと、フィー君とヴィレムさんでしたねぇ」
「フレデリカさん、だ、大丈夫でしょうか…… 本日はよろしくお願いします!」
「ふふ、いつもなので大丈夫ですよ。探しているお花、詳しくお聞かせ願います」
フレデリカの痛覚はどうなっているのだろうか。すごく痛そうなのに、和やかな表情と笑顔は変わらなかった。なんだか、拍子抜けだ。……最もこんな展開は、キナリの前例故に慣れ始めてきている……とは言い難い。
フィリアは、フレデリカに探している花について詳しく話した。もちろん、夢であることも。
蒼く空を映したような花畑。花自体は小さく、中心から蒼みがかる可愛らしい花。まるで、湖のような海のような澄んだ蒼の世界。……関係するかは分からないが、白い髪の女性が出てくることも。
フィリアが話すと、フレデリカは思い当たる花をまとめて紹介してくれた。
「青い花として資料を揃えるとこちらになりますわね。でも、フィー君が言うような場所は研究所でも報告は上がっていませんねぇ」
フィリアは渡された資料を確認したが、それらしいものは見つけられなかった。それでも、フィリアは花の写真を見ながら、にこにこと楽しそうに花を見ていた。
「フィー君は、お花が好きなんですねぇ」
「はい。花を見ていると心が穏やかになって……あとは、こんなにも小さいのに頑張って生きている、咲いている姿が好きなんです。ボク自身、頑張ろうって思えて……」
何処かしおらしい発言。ヴィレムはいつも通り笑っていたが、内心はとても気が張っていた。
フィリアは純粋で危うい時がある。その上、小柄で中性的。近くで見ればまつ毛は長く繊細な雰囲気を持つ。勘が鋭い人には気が付かれる可能性だってある。そんな主を静かに見守り、フォローするのが従者であるヴィレムの役目だ。
一方エレナは、女性として花を愛でる心を持ち合わせており、フィリアの事は可愛らしくも礼儀正しい少年として、見えているため気が付くは無かった。最も、フィリアに幻想を抱いているからとも言える。手を合わせ目を輝かせて、エレナは、
「フィー様はとても素敵な話をされますわね。なんだかとても幻想的で…… さっきのお花の話も、おとぎ話のようなロマンチックな話でしたわ」
エレナがそう言った時、フレデリカは何かに気が付いたようだ。
「幻想的でおとぎ話……………… あっ……この線がありますね」
◇
フレデリカが慌ただしくかき集めてきた本は、おとぎ話や童話、叙事詩、歴史書だった。
「すみません。如何せん、歴史や文学的なものは専門外でして、なかなか気が付きませんでした。……どれだったか忘れてしまって、とりあえず思い着き次第お持ちしました。これのどれかに蒼色のお花の話の話があった気がしますわ」
フレデリカが運んできた本の台を並べて見てみる。
『蒼き星のはじまり』『カエレリウス王統記』『焔の伝承~焔と星~』『東覇伝』『天輪の双竜』『幻歴の楽園』その他諸々。西の国に伝わるお話から、外国の本まで多様多種な本だらけだった。
手分けして本を読み漁る中、恋のお話が好きなエレナは、ラブストーリーの本を見つけては、手のひらで頬を抑えときめいているようだった。
そしてフィリアはある本を目にする。本のタイトルは『雪の魔法使い』。幼い頃からのお気に入りのおとぎ話だ。此度の旅でも、持ち歩いているくらいのお気に入り。
この本には、主人公の魔法使いが好きな花は出てくるが、フィリアが探しているものでは無かった。それでも、懐かしくなってぱらぱらと、ついつい見てしまう。話の内容は覚えており、捲ったページや挿絵で何となく何の話を読んでいるか分かるほどには。
一通り目を通して、奥付を見ようと最後のページを開いた時、ひらりと紙が抜け落ちた。
「あ……」
フィリアはすぐさま、落ちた紙を拾う。すると初めて見るのに何処か懐かしい……そんな花の絵が描かれていた。
「見つけた……」
驚き返って落ち着いた反応を示したフィリア。その声を聞いたエレナは思わず「え?」と口にしていた。数秒後、フィリアの反応にヴィレムやフレデリカも気が付き、フィリアが手にした紙を見に集まる。
「それでしたか。花が小さいのでほんの一部なんですけど……この本のある挿絵になっている花に似ていたので、挟んでおいた資料でした。紙に書いてあるページを開いてみてください」
フレデリカはにこにこしながら答えた。フィリアは資料に記載されているページを開く。
本の主人公・雪の魔法使いが、月夜に集まった精霊と話をしている絵。その絵に描かれた魔法使いの足元に咲いている、小さな一輪の花に似た花として、資料を残したらしい。
「どこか雰囲気が違う花とは思っていましたが、まさか……」
フィリアは昔から気になっていた花ではあったらしい。それでも挿絵は小さく、白黒。判断材料としては情報が少なく、点が結びつかなかった。
しかしながら、それが本命だとは限らない。フィリアは改めて、資料に目を通した。
「月夜に咲く花……みたいですね」
ヴィレムは落ち着いて、資料に書かれた文を読んだ。
「フィーが見る夢は月夜だったでしょうか?」
「明け方……かも。……幻想的な夢だから、不思議な感覚で、時間帯は断定できないかも……」
するとフレデリカはフィリアの隣に立って、
「その資料、とても古びているでしょう? 実は大昔に、花の街〈フルール〉へと足を運んだ旅人が、町長に渡したものらしいのです」
「その人はどんな方だったのでしょう」
「姿は聞かされていませんわ。でも、若くて色白だったそうです。深く語らず、この街は花が綺麗だからこれを受け取って欲しい、『雪の魔法使い』に関連する花だと、それだけ答えて去ったらしいです」
不思議な人。どことなく雪の魔法使いに似た雰囲気のある人物だと思ったフィリアは、資料を読み進める。
『夢蒼花〈むそうか〉』
……おそらく、フィリアが探していた花の名前。
「フィー。小さな図版からの発見ですが……間違いないのですか? 」
ヴィレムは少々気にしつつ、問いかけてきた。
「資料に描いてある、図版を見るに花の形も似ているよ。それに、この絵に色は無いけど、文にあるように蒼色をしてる。きっとこの花だと思います」
人の手によって書かれた絵と、夢で見た光景を結びつけるのは難しい。それでも、幼い時から見てきた蒼い花。資料に記載されている情報と、自分が見た花は同じに違いない……不思議とそう思えたのだ。フィリアは声に出して文章を読む。
「文字が少し掠れていますが…… 月の夜に咲く花。月の光を受けて、早朝にかけて花が開く。蒼空を映したような、澄んだ蒼色の花……って書いてあります」
資料は古く、一部字が掠れていた。そして、生息地が書かれていないことに気がつく。
「フレデリカさん、この花は何処に咲いているのでしょうか」
「それが書いていないのですよ。あとは、読めない文字がありまして……」
フレデリカに言われて気が付いた、紙の端のほうに書かれた異形の文字。西の国に伝わっている、ノイン文字と似てはいるが読めなかった。
「ん…… 肝心な咲いている場所が分かりませんね……あとは文字も気になります。古い文字の可能性はあるのでしょうか?」
「部分的にノイン文字に似ていますし……歴史的に関わり深い、魔塔や北方の民なら読めるかもしれませんね。……情報が少なくてすみません、フィー君」
フレデリカは少ししょんぼりしつつ答えた。フィリアが心配する中、ヴィレムが後ろからフィリアの背中に手を当てて、
「夢蒼花と言う名前と月夜に関わる花のは分かりました。……元は夢の中に出てくる花ですし、近しいものが分かって良かったですね」
ヴィレムはいつも通りの穏やかな笑みで、フィリアに笑いかける。
「うん。本当にあるかもしれない……それはとても嬉しいです。……そうだ、フレデリカさん。こちらの資料の写しが欲しいのですが…… あとは、この街の特産や象徴する花がありましたら、種が欲しいです。教えてくださいませんか?」
「資料は写しは明日お渡ししますね。この街の花ですが、桜草〈プリムラ〉になりますわ。街の花壇やグラウンドカバーとして咲いているお花です。桃色や白色と紫と……色んな色があります」
フレデリカは花の話をする時、とてもにこやかで、話せば話すほど楽しそうに話す。
『えっ、エレナちゃん待って!!』
そんな中、エレナが静かだった。ある時点から、話の輪から外れていたが、資料に夢中で気がつけなかった。何やら重大なことを話しているようだ。血相を変えて、研究室を後にした。エレナに伝言をしに来た女性は、大きな声で呼び止めたがエレナは早々に駆け出し去っていった。
「えっと、何かあったのでしょうか?」
フィリアは恐る恐る、エレナに言伝をしに来た女性に尋ねる。
どうやら、黒いマントを羽織った集団が街で暴動を起こしているらしい。偶然居合わせた、リィは集団を止めるためにリィが歯向かったところ、偶然近くにいた子供を人質に取られ、防戦一方の状況だと言う。
「ヴィレム、大変です。リィさんが……!」
「アルトさんやキナリ様は別行動なのでしょうか。であれば、様子を見に行った方が良さそうですね。……ご婦人。リィさんの近くに白髪の青年と少年はいらっしゃいましたか?」
ヴィレムは言伝に来た女性に問いかけた。
「えっと、いなかったと思います。……その、気のせいで無ければ『桃色の髪の少女……』と怪しい人達が言っていた気がするのです。だとすると、リィちゃんも大変ですが、エレナちゃんが……!」
「その事は本人は知っているのですか?」
「それが……リィちゃんを気にして、最後まで話せず飛び出してしまって……ど、どうしましょう……」
「となると、エレナさんが大変です。ヴィレム、急いでエレナさんを追いましょう!」
フィリアは強く拳を握りしめ、迷いのない声でヴィレムに呼びかけた。
全てを見透かされそうな、澄んだラベンダーブルーの瞳。見れば見るほど引き込まれる青みがかったその瞳には、どうも気持ちを真っ直ぐに伝えられているような誠実さが伝わってくる。
「そう仰ると思ってましたよ。急ぎましょう」
フィリアとヴィレムは、話を聞いていたフレデリカに状況を伝え、研究所を後にした。