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3章「白濤の港町」

フィリアの医療費を支払うため。そして、女医レイから依頼された薬草と、港町〈グランツ〉にある『不死身になる石』を探すため。
フィリアたちは、トレジャーハントに参加することになった。


 滞在3日目の朝。
 フィリアは、1日目は毒蛇に噛まれて急患として来院し、2日目は療養に費やした。
 そして3日目の今日、まだ実感のわかないまま、自身の医療費を支払うために港町〈グランツ〉の離島で開催されるトレジャーハントへ参加することになる。

 身支度を整えて、手持ちをサバイバル用に少しだけ調整する。
 そして、別室のアルトたちと共に、離島へと船が出るという港へと向かう。

 港へと向かうと、何組かのグループが集まっており、察するに皆お宝を求めて集まった雰囲気がした。

 屈強な男が3人の見るからにハンターのグループ。
 ラズベリー色の特徴的な髪をした良家の女性らしき人物と、男性2人のグループ。
 その他、賞金稼ぎや、町の人など、参加者20人以上はいるように見受けられる。

 そんな中1人特徴的な女性が船の前に立っていた。

 その周りには屈強な男達が女性を囲んで、頭を垂れている。
 その女性はベージュ色の長髪をサイドで結った髪。
 すらりとしていながら、しなやかに引き締まった体躯。
 肩出しのフリルシャツに、ホットパンツから延びる脚線美。
 紺色のトリコーンがとても特徴的だった。

 フィリアはその様子に釘付けだった。
 自分にはない女性的な魅力に溢れたその女性に。

「ね、ヴィレム。あの方は海賊さんでしょうか? とてもスタイルが良くて、かっこいい女性ですね。本でしか見たこと無くて……本当にいるんだ」
「……見るからに海賊に見えますが…… 妙に馴染んでいると言うか……」

 そうこう話していると、女性がこちらに気付き、フィリアたちの元へ歩み寄ってくる。
 ヒールの高いロングブーツがカツカツと音を立てる。

「あんたらも、参加するのかい?」

 高く力強い声。
 気の強そうな喋り方に、フィリアは少しだけ緊張した。
 若干萎縮したフィリアを目の端で捉えたヴィレムは、前に出て答える。

「トレジャーハントですよね。参加しますよ。貴方も参加するのでしょうか?」

 いつもながらの貼り付けた笑み。
 そして今回は、年上の女性向けの執事スマイルだ。
 声色が妙に優しい。
 そんな姿を、エレナはドキドキしながら見ていた。

「んだァ? 兄ちゃん、姉御になんか用かァ?? ンァ? よく見たら若いガキが沢山じゃねぇか」

 海賊のような女性の、後ろからやってくるは、船員のようにも見えるがたいの良い男。
 ヴィレムよりも頭3つ分は大きい巨漢だ。

 あまりの威圧感にフィリアは息を飲むが、ヴィレムはものともせず微笑んだままだ。

「やめな、イーサン」

 イーサンと呼ばれた男は、ため息をついて『わり』と適当な謝罪をし、一歩下がった。

「悪いね。こいつは、あんたらが若い集団だったから心配になってな。様子を見ようとしただけさ。」
「いえ。実際そう見えても仕方が無いと思いますが、私たちは精霊の森〈フォレルの森〉を抜けてやってきた旅人です。離島の話を聞いたもので」

ヴィレムがそう言うと、女性は、

「なら大丈夫そうだな。と言っても、このトレジャーハントは町のもようしものみたいなモンだから、そんなに気負う必要はない。まぁ、獰猛な魔物は住み着いてるから、戦闘は必須だが」

 ヴィレムと海賊らしき女性が話してると、後ろでキナリの笑い声が聞こえた。
 振り向くと、女性の後ろに立っていた、船員ような男と腕相撲をしている。

「あはは〜 つぎはだれですかぁ〜」

 何やら、1番一般人に見えたキナリが勝負を申し込まれたものの、彼の怪力によって返り討ちに逢い、無双状態なようだ。

 先程、絡んできたイーサンがキナリに勝負を持ちかける。

「ったく。ダイダロスの名が聞いて呆れるぜ。坊主、俺と勝負だ」
「あさってきやがれです〜」

 ……また言い間違えているキナリ。
 正しくは、一昨日である。
 拍子抜けしそうな返しではあるが、下っ端の掛け声と共に戦いが始まる。

 と思われたが、『バコン』と肘を置いていた樽が真っ二つに割れる。
 キナリの怪力によって樽が割れたのだ。

「あれぇ、“てーぶる”がわれちゃいましたぁ」

 目の前の出来事に然程驚かないキナリ。
 対戦相手のイーサンは唖然していた。

「……坊主何モンだ?? バケモンみたいな力してやがる」

 樽が割れた音は、一帯に聞こえたらしく注目が集まる。

「はぇー? ぼくはただの“きこり”ですよぉ〜」
 キナリがそう応えた時、ヴィレムは咳払いをして、

「失礼……とまぁ、彼のような仲間がいますのでご心配はありません」
「あ、ああ……」

 海賊らしき女性は若干引き気味だったが、
「さっきも言ったが、一応、町の催しなんだ。代表者の名前を貰うよ」

 女性は紙を差し出すと、フィリアはきょとんとして『お姉さんは海賊では無いのですか?』と問いかけた。

「あたしかい? あたしは海賊じゃないよ。こんなナリしてるからそう見えても仕方ないけどね」

「そ……そうなんですね」
 フィリアは少し照れながらも、女性と話す。

「あたしは違うけど、あたしの祖母がそうだっだ。だからこんな服きてるんだよ。強そうだろ?」

 女性は気が強そうで近寄り難い顔をしていたが、その時だけ頼りがいのあるどこか勇ましい笑顔で問いかけてきた。

「はい! その……すごくかっこよく見えました。女性の海賊さん、本でしか見たことなくて……気になってしまって」

 フィリアは初々しい態度と仕草だった。
 手と手を合わせて少し恥ずかしそうに。

「そうかい。この辺は確かに海賊は居るけど、あたしらは違うよ。そうか、名乗り忘れてたね。あたしは『リヴァナ』。この町の自警団『ダイダロス』のリーダーだよ」

「自警団の方だったのですね。この町の女性方は、とてもかっこいい方ですね。町のために活躍していて」

「あたしの他にも?」

「はい。ベレスフォード診療所のレイ先生にお世話になったのですが、お若いのに腕は確かですし、ちょっと怖かったですけど、かっこよかったんです」

 そう言うとリヴァナは、こめかみ辺りを人差し指で抑えながら、
「あの先生は、まぁ変わり者だから……たまに住民からクレームが入るんだが……腕は確かだ。何でも、町医者が見破れなかった難病を直してしまった事もあった」

「やっぱり……本当にすごい方なんですね」

「それは街の皆が認めてる。ただ、性格がな。確か、他所の国からやってきたんだったかな。そう歳が変わらない筈だから覚えている。あたしが18くらいの時だったな。貿易船に忍び込んでやってきたって話だ。……って勝手に人の話はするもんじゃないな」

 気が強そうなリヴァナではあるが、とても気さくに話してくれた。フィリアとヴィレムは医療費のこともあり、レイの話は興味深かった。

「悪いね、話が脱線して。トレジャーハントはあたしたちダイダロスも見張りで参加するから、安心してくれ」

 リヴァナたち、自警団『ダイダロス』も参加者の保護のために赴くらしい。
 一行はトレジャーハント参加の為に名前を記入し、船へと乗り込んだ。
 やがて錨が上げられ、船は静かに港を離れていく。

 船が出航すると、フィリアはずっと岸の方を見ていた。
 彼女にとって船に乗ることは初めてだった。
 何より彼女は、つい数日前まで王都リヴェリウムの王宮で暮らし、ほとんど外に出ることのない──
 まるで箱の中の鳥のような人生を送っていた。
 本を見て、あるいは、王城の騎士や家来に外の話を聞く。
 そして外の世界に憧れた。

 王都リヴェリウムの西には海に繋がる『リヴェル湖』と呼ばれる大きな湖がある。
 西の国王都付近の河川と西側の海から入り交じる言わば汽水湖。

 フィリアは何度か父親と母親と湖でピクニックをしたことがあり、その時に船に乗ったことはあるが、完全な海は初めてだった。

 陸から離れる不思議な感覚。
 底知れぬ深さを湛えた海の水。
 そこに浮かぶ船の上に立つ自分。とにかく不思議な感覚だった。

 その不思議な感覚に沈黙していると、エレナが声をかけてくる。

「フィリア! 岸なんて見てないでこっちですわ」
 エレナはフィリアの手を引っ張って甲板へと向かう。
 と言っても先頭は危険な為、乗客が進んで良い限界のところまでしか前には行けないが、そこから海を見渡す。

「向こう側には例の離島が小さく見えますわね。でも、ほかには陸が見えませんわ。これが海なんですわね……」

 エレナは目を輝かせていた。
 フィリアは少し意外だった。
 エレナは慣れないことを前にすると萎縮する時がある為、船に乗って少し落ち着かないかと思っていたからだ。

「エレナは船も海も初めて?」

「ボート程度ならありますわよ。海も花の街〈フルール〉の東側にある海岸で遊んだこともありますわ。……そのどうして?」

「なんか初めてっぽく見えたから……かな?」

 フィリアはきょとんとしながら答えると、
「それはこっちの台詞ですわよ。フィリアったら、せっかくの航海なのに、ずっと岸を見ているから、勿体ないって思ったんですわよ。そういうあなたこそ、海は初めてですの?」

「ボクはリヴェル湖で船に乗ったことはあります。でも海は生まれて初めてです。あの湖は海につながっていると聞きましたが、本当の海はまた……別なんだなって、その感覚が不思議で」

 フィリアは遠くを見渡しながら答えた。
 彼女なりに、初めての景色を、感覚を、体験を、しみじみと感じ取っていたのだろう。

「フィリアは本当に可愛いですわね」

 エレナは正直に答えた。いつもの下心や、自分の中で愛おしく思えたものに対する感情ではなく、純粋にそう思って。

「ええっ? ……初心ってやつでしょうか……」
「ふふ、そうですわね。何かと純粋無垢な子供のような反応はとても可愛らしくて、愛で甲斐がありますわ」

 たわいのない話をするふたりを、後ろからヴィレムは見守る。
 初夏の潮風を受けながら、時間はあっという間に過ぎる。
 
 気がつけば孤島へと船は近づいていた。
 波の向こうに、トレジャーハントの舞台となる小さな島影が、ゆっくりと大きくなっていく。