3章「白濤の港町」
第36話「 上陸 - Fortune Awaits the Explorer. - 」
フィリアたちは、医者のレイへの医療費の支払い、依頼された薬草の調達、そして『不死身になる石』の探索のため、目的の島で行われるトレジャーハントに参加することになった。
港町の自警団『ダイダロス』の船に乗り、離島へとたどり着く。
島はまるでジャングルのようだった。長く伸びた草や、温暖地に見られる樹木が生い茂る。
町から離れているため、虫の声や生き物の音がひときわ大きく響く。
精霊の森〈ネーヴェルの森〉を抜けてきたが、ここはまた別の雰囲気だった。
「あたしは船に残って参加者の帰りを待つよ。戻る気力があるなら、甲板を寝床にしてもいい。他のメンバーは島を巡って監視するから、安心しな」
上陸前、『ダイダロス』のリーダー・リヴァナは参加者にそういった。
但し、この離島は大きく、戻ってくる気力があるなら……だが。
島に上陸すると、エレナは少し元気がなかった。
理由を尋ねると、彼女は小さくつぶやいた。
「なんだか……虫がたくさんいそうな雰囲気ですわね……」
そんな様子を横目に、ヴィレムは、
「フィー、この島には危険な魔物も多そうだ。以前のようなことがないように」
「う、うん!!」
実際、島は無法地帯のようだった。
誰かに管理されているのではなく、自然に手をつけない……
そんな雰囲気だ。
ここで取れる物を生業にしている人ぐらいが、道も採取場所も知っている。
それだけ。
いざ探索開始、と言いたいところだったが、状況はそれほど簡単ではなかった。
アルトが口を開く。
「そうだね、とりあえずマッピングしながら進もう。道に迷うと面倒だし、場所の特徴をメモしておけば採取も楽になる」
フィールドワークに慣れたアルトは、研究の旅でもこうしていたのだろう。
慣れた手つきで宙に円を描くと、紙とペン、魔法石がふわりと現れた。
「それで、何をするんですか?」
フィリアは興味深そうに尋ねた。
「魔力探知や空間把握をしながら、この紙に地図を描くんだ。光魔術は得意じゃないから、直接魔術で地図は書けない。だからこうして……」
アルトは紙の端に魔法陣を描き、赤い炎の魔法石に魔力を込める。
すると紙の上に島の形が浮かび上がる。
油で描いた文字に火をつけると燃えるように見える原理に似ているのかもしれない。
「これは島の形……ここが今、私達がいる場所ですか? すごい……こんなことができるんですね」
フィリアは興味津々だった。
アルトは優しい笑みを浮かべながら、理屈を説明して見守る。
本来は術者が魔力探知や空間把握を行い、光の魔力で地図を可視化するらしい。
アルトは光の魔力が少ないため、錬金術を組み合わせた独自の術式で、得意な炎魔術を使い紙に直接焼き付けて地図を書いているようだった。
「さてと、レイ先生に頼まれたのはどの薬草だったっけか」
アルトはフィリアに尋ねる。
フィリアはメモを取りだして、リストの内容を話す。
「グランツロカイ、ネコヒゲソウ、マグワート、タラサボウ、ユウモッカ、ヒカリセッコク、サラマンの尻尾、フォーゲルの爪、レザールの毒袋……!? メルキュール原石…………です」
「……」
アルトは沈黙した。
フィリアは少し恐る恐る言った。
「あの……毒袋とかも、ありますよね……」
「メルキュール原石は……水銀の原石ですよね?」
「先日、毒蛇〈ヴァイパー〉の毒に侵されたフィーに毒袋を……」
「ああ、あの人らしいと言えばあの人らしい注文だ……」
アルトは気まずそうに答える。過去に何かあったのだろうか。
「やっぱり、少し難しい内容でしたか?」
フィリアは少し焦りながら尋ねた。
「植物はマシかな……サラマンの尻尾、レザールの毒袋、メルキュール原石は場所を特定しないと。あとそうだな……ユウモッカとヒカリセッコクは夕方と夜しか取れない。この島を探索できるのは3日間。例の不死身の石も探すとなると急がないとね」
フィリアたちは、とりあえず安全な場所に野営地を設営することにした。
見晴らしの良い海岸を選ぶ。
レイの依頼にあったユウモッカやヒカリセッコクは、夕方から夜にかけてしか採取できない植物だった。
上陸した海岸には、目的の薬草は見当たらなかった。
そこで海岸沿いを歩き、帰りやすく迷わないように野営地を設営することにした。
潮の音が場を穏やかに包む。
天気の良い春の海は眩しく、グランツ沖の無人島は静かで美しい。
空を舞う鳥たちも楽しそうだった。
1時間ほど歩くと、海岸から少し離れた場所に植物の群生を見つけた。
アルトは「見つけた」と言い、駆け寄る。
「あった、これがユウモッカ。夕方に採取できるし、野営地はここにしよう」
一行は野営地を決めた。
近くの木材で椅子を作ったり、テントを広げたりして簡単な宿泊場所を整える。
その時、キナリがいないことに気がつく。
「あれ? キナリさんがいませんわ」
エレナの声にアルトも周囲を見渡すと、キナリは海を眺めていた。
「キナリ君、どうしたの?」
「こんなに“おみず”があるなんて、すごいですね〜」
キナリはいつも通りの調子だった。
しかしアルトは、もしかするとキナリは海を見たことがないのでは、と察する。
「もしかして、海は初めてかい?」
「うみ? えっとぉ〜おいしいんですか?」
「食べ物じゃないですわよ。どう説明すればいいかしら……」
エレナも説明に困っていた。
当然だ、相手はキナリなのだから。
「そうだな、池ってあるでしょ? 僕たちは巨大な池に浮かぶ大きな島の上で暮らしている。その大きな池が海だよ。ちなみに僕達が住んでいる島は大陸にあたる」
「へぇ〜 “おおきい”って、どれくらい“おおきい”んですか? ぼくでも“もちあげられ”ますか?」
キナリは真剣だ。自分で持ち上げられるかどうかなんて、聞く子供はそういないだろう。
「ふふふ……キナリ君でも無理なくらい大きいんだ! 海に入ったら沈んでしまうくらい深いんだから」
「なるほど〜」
「キナリさん、海の水はしょっぱいですわよ」
エレナは自信たっぷりに教える。
キナリは楽しそうに波打ち際に手を入れ、手のひらの海水をすくって飲んだ。
「わああ……! しょっぱいですぅ〜!! ごほごほっ」
キナリは今日一番の笑顔だった。
力持ちでスケールの大きいキナリだが、海水をたくさん飲んだせいか咳き込む。
それでも、アルトとエレナはその新鮮な様子を嬉しそうに見守っていた。
そして、キナリは急に静かになった。
「? キナリ君どうしたの?」
「んーあのへんにおさかながいますねぇ。川みたいにおさかながいるんですね〜 とってきても?」
キナリは海に向かって歩き出した。アルトはキナリの腕を掴んで止める。
「待った待った! 海は深いんだ! キナリ君が5人並んでも沈むくらい深い所があって、風のように流れがあるから、キナリでも溺れちゃうよ」
アルトは勢いで止めた。
「ん〜海は“こわい”ところなんですねぇ〜」
キナリはわずか数分で海のおおよそのことを理解した。
その後、アルトは携帯魔法を展開し、お気に入りの釣竿を取り出す。
「キナリ君、釣りはできる?」
「できません〜 “おさかな”は“て”づかみで“つかまえて”ましたぁ」
「えぇ!? 普通、人が近づいたら逃げるよね? その速さに着いて行けるってこと!?」
アルトは思わず驚く。
一瞬、釣りのことを忘れてしまったほどだった。
「ん〜? おさかなさん、逃げないですよ?」
「……一体どういうこと?? まあいいや、釣りっていうのはね。この棒に糸を張って、先に針をつけ、餌をつける。そして水辺に投げ入れる。餌に食いついた魚が針にかかるのを釣り上げるんだよ」
「へぇ〜」
「僕の釣竿は少し特別で、針には餌のように見える飾りがついていて、重さがあるから遠くに投げやすいんだ。それに、このリール! たくさん糸を巻けるから遠くに届くし、ストッパー付きで少し置いても魚をキープできる」
アルトは珍しく得意げだ。
釣竿は丁寧に研磨され塗装されている。
西の国〈ノインシュテルン〉ではあまり見られない、漁業用の網を巻く機構を小型化したリール。
針や飾りはアルト好みの赤色に塗装されている。
アルトは釣りが好きで、かなりの通だ。
まだ見せてはいないが、お気に入りのルアーが入ったケースもある。
アルトは一度見本を見せた。
キナリは楽しそうにその様子を見ている。
エレナは釣りを経験したことはあるが、こんなに盛り上がるものかと少し疑問に思いつつも、楽しそうな二人を微笑ましく眺めていた。
「ほら、キナリ君もやってみて。魚がいるところめがけて投げてみて……あ、そんなに力を入れなくても大丈夫かも」
アルトはキナリに釣竿を手渡す。
キナリは張り切って振りかざした。
「えいっ!!」
シュンッッ!と宙を切るような音が聞こえた。
アルトは一瞬『僕の釣竿大丈夫かな』なんて心配をしたが、キナリも加減してくれたらしい。
加減しても音は凄かったが。
遠方でポチャンとルアーが水面に落ちる音が聞こえた。
20mくらい向こう側だろうか。
「僕の釣竿ってあんなに飛ぶんだ…………」
アルトは自分でも飛ばしたことがない飛距離にドン引きだった。
「あ、キナリ君、あんなに飛ばして大丈夫? 魚の近くに投げられた?」
「少し飛ばしすぎましたぁ〜でもこの辺ですねぇ〜」
もしこの飛距離約20m先に魚がいたとしたら、キナリの聴覚や感覚はどれほど研ぎ澄まされているのだろうか。
アルトは考え込む。
だが、これが事実なら今日の晩御飯はもちろん、このトレジャーハントでの食料確保や、場合によっては魔物討伐も楽になるだろうと、アルトは睨んだ。
「ふふふ〜 おさかなさん、ごはんですよ〜」
キナリはご機嫌に歌う。
数分後、
「む! あるとさん、“けはい”がします〜」
「今だ、キナリ君! リールを巻いて引き上げるんだ! 魚の機嫌を損ねないように!」
「頑張ってくださいですわ!!」
いつの間にか、普段穏やかなアルトがキナリの釣り教官のようになっていた。
汗臭さはないが、男らしいといえば男らしい。
二人とも幼い顔をしているが、性別は紛れもなく男だ。
エレナもキナリの釣果を願って応援していた。
「そぉいっ!」
キナリが釣竿を引き上げると、赤い魚が宙を舞う。
「あっ……あれは!」
アルトは目を輝かせ、まるで少年のようだ。
引き上げたキナリは赤い魚を見事キャッチする。
「わぁい! ほんとうに“つれ”ました〜!」
「キナリ君、すごい……! これは特大サイズのシーブリームだ……!」
アルト教官は嬉しそうに目を輝かせ、キナリの腕前に感動していた。
今日のアルトは珍しい姿を見せる。
盛り上がる三人の声を聞きつけ、ヴィレムとフィリアも近づいてきた。
「どうしたのですか? 何やら楽しそうですね」
「ヴィレム君、見て! キナリ君が釣ったんだ……!! 特大サイズのシーブリームだよ!」
アルトはとても嬉しそうだ。
振り返れば、アルトはパーティの中でキナリと一番長く一緒にいた。
ある意味、彼のことを一番知っていると言える。
だからこそ、この喜びなのかもしれない。
「こ……これは……市場でも見かけないサイズですね」
「彼、もしかすると狙って大物を釣ることができるかもしれない」
「と……言いますと?」
「どうやら、20mほど先に魚がいることを察していたようなんだ」
「それは……本当ですか? キナリ様?」
ヴィレムはまさか……と半信半疑でキナリに尋ねる。
「なんとなくですよ〜 でもあっちにも“しろくて”“あし”がいっぱいある“おさかな”とか〜 むこうには、しーぶり??のちいさいのがいますねぇ〜」
「……なんということでしょう」
「ね、割と信憑性あるでしょ。彼は聴覚が優れているんだ。だから食料の確保や、場合によっては魔物の存在も察知できるかもしれない」
ヴィレムも流石に驚いた。
だがよく考えれば、彼が精霊の森でどう生き延びてきたかを思い出す。
草を食べていた……なんて冗談のような話もあるが、彼の身体が強靭ならあり得ることで、魚を手摘みで捕っていた話も納得できる。
彼なら、あり得るのだ。
「キナリ様、これから何か生き物の反応があれば教えてください。皆様を危険から守ることもできますし、今回探している魔物も、あなたの力で見つけられるかもしれません」
ヴィレムは真剣な表情でキナリに伝えた。
「りょうかいです〜」
キナリはいつも通りの調子で答えた。
「さて、この魚を保存して……探索に向かおう。途中で食料も確保するけど、夕方までに戻って、そこからはキナリ君に釣りを任せるつもりだ」
アルトは大きめのバケツを取り出し、水を汲んでテントの日陰に設置した。
「フィリアさん、氷をお願いできる?」
「もちろんです」
フィリアは慣れた手つきで氷魔術を発動し、シーブリームの入ったバケツに氷を入れ、一行は探索に向かった。
