2章「花の街」
第16話「 2人の案内人 - A Joyful Lunch with Our Two Guides. - 」
花の街〈フルール〉に到着したフィリア達だが、到着してすぐや否や『エレナ』というの桃髪の少女に遭遇する。彼女は一行に興味があるようで、流れで宿や街を案内してもらうことになった。
リィの案内で宿屋に向かうフィリア達。エレナの暴走しがちな所を、真面目な彼女が補うのだろうか、リィは気がつけば一行に馴染んでいた。
「へぇ、リィさんは東の国から来たんだね」
「はい。今の東の国は争いが絶えないので、少しでも国の役に立てるようにと、外の国の事や鍛錬に励んでいまス」
「真面目だね。でも東の国は今荒れているのかぁ、僕もいつか行ってみたいのだけど」
『東の国』は蒼き星〈アステラ〉の東にある大陸。4つの国と未統治の南部の土地から成る。内部戦争が絶えない国で、あまり外交がない国だった。リィは『燐』と言う、大陸の南西に位置する国の出身らしい。
「……」
エレナは反省しているのか、静かな様子だったが、内心は違かった。一行の後ろで静かに何か含んでいるようだった。
「(やりましたわ、素敵な4人の殿方とお近付きになるチャンスですわ……! 私に運が傾いていますわぁ♡)」
浮ついた気持ちを堪えるかのように、落ち込んでいるように装い、欲まみれなことを考えているようだった…… が、その様子をフィリアは気にして、エレナに声をかけた。
「エレナさん、さっきのことですけど…… 気にしていませんので。ボク、この街の事知りたいんです。なので案内よろしくお願いします!」
フィリアは誠実だった。それ故に人を疑うことを知らない。そう、フィリアは純粋すぎるほどの良い子なのだ。
「ひゃああ、フィー様ぁ! 貴方はとてもお優しいのですね! 私、泣いてしまいそうですわ」
エレナは正直に嬉しかったようだ。元々エレナの奇行によってフィリア達の信用を失っていた訳だが、フィリアの優しさに触れて元気になったようだ。
「ふふ、元気になりましたね。行きましょう」
フィリアはエレナの手を引いて、少し離れてしまったリィ達の背中を追いかける。
エレナはときめいていた。それもそうだ、フィリアは女性であるがそれを知らない。ただ優しい少年に手を引かれている。そして、フィリアの優しい笑顔。それだけ彼女は、幸せだった。今のエレナの視界と心の中は桃色だった。
フィリアに手を引かれると、彼女の香りがほんのり漂った。少し上品で柔らかな石鹸のような香り。少しだけ甘さを感じるのは、フィリアが幼く見えるからだろうか。本当は女性のフィリアではあるが、彼女に夢中なエレナには、知る由も無かった。
「〜〜っ!♡」
◇
しばらく歩くと、花の街〈フルール〉らしい木造の宿屋が見えた。柱にはウォールプラントの筏葛〈ブーゲンビレア〉が巻きついて咲いていおり、とても華やかで女性人気のありそうな建物だった。
「ここですわ! 話を通してきますので、お待ちくださいまし」
エレナは宿屋へと走っていった。そして5分もしないうちに戻って来た。
「今、空いている部屋は2人部屋が2つ。それで良ければ正式にお手続きをさせて頂きます。ここは、観光スポットにも主要な施設にも足を運びやすい、ロケーションのいい場所です。如何なさいますか?」
「ここでいいんじゃないかな? 宿代は?」
「うふふ、本来は団体様になるのですが……個人様カウントでの紹介で3割引き、4人で1泊2日8,000シエルですわ!」
「アルトさん、私達は問題ございません。貴方は……?」
「僕も大丈夫。キナリ君は?」
「ん〜?」
「お金もってるの?」
アルトは念の為、キナリがお金を持っているか確認する。……嫌な予感しかしないが。
「えっとぉこれで?」
キナリが差し出したのはどんぐり。彼は本当に人間なのだろうか…… さしずめ森の通貨とでも言えば通じるのだろうか。
「う〜ん」
「う〜ん?」
一行は沈黙した。勿論、エレナとリィも彼がフィリア達に着いてくる前は森で草を食べて生きていたことを知らない。目を丸くして驚いていた。
「……では、キナリ様が宿代を出せるようになるまでは…… 割り勘で…… 彼を野放しにはできませんし……」
思わず「野放し」と口にしていた、ヴィレムの苦し紛れの決断。エレナは気まずかったようで、冷汗をかいていた。でも彼女は悪くない。街では程々に有名な宿を紹介したのだから。しかも割引で。格安で。
「……それしかないみたい……だね。キナリ君は街に滞在する時は、ギルドに行ってお金を稼いでもらった方がいいかも……」
「しごとですか?」
「そう''しごと''するんだ。君は力持ちだから力仕事ならできるはずだよ」
「わーい!」
果たして彼はギルドに行った後、無事に仕事ができるのか……そんな心配もあるが、何とかするしかない……
「キナリ様は訳ありなのですわね…… えっと、で、でわ……フロントに行きましょうか。荷物を置いたら、お昼に行きましょう」
エレナは引き気味だ。この気まずい空気を脱するために必死に話を進める。
◇
フロントで手続きをし、フィリア達は部屋に向かう。今回は調べ物を兼ねている為、5泊6日を予定している。6日目の昼には出発予定。
今回泊まる部屋の扉を開くと、1日4,000シエルの部屋には見えない部屋だった。シングルベッドが2つ。机も着いており、シャワー室もある。浴槽もあるため湯を張れば入浴もできる。窓は大きく、バルコニー付き。バルコニーにはウォールプラントが咲いており、とても華やかだった。
フィリアはベッドに目が行く。瞳を輝かせ、走り出した。
「わぁっっ!! ベッド〜!! ベッドだ……!!」
空かさずベッドにダイブした。そのままご機嫌そうに、幸せそうに布団に転がる。
「フィー、お行儀があまり宜しくありませんよ」
「だって、ベッド久々なんだもん…… もう動きたくないかも……」
「駄目です」
「う〜」
「駄目です」
「分かりました……」
そうこうしていると、アルト達が顔を出す。
「結構良い部屋だね。よく眠れそうだよ。荷物置いたし、下で待たせている2人のところに行こう」
◇
エントランスに降りると、エレナとリィが待っていた。
「おまたせ、2人とも。素敵な部屋をありがとう」
アルトは笑顔で礼を言った。
「とんでも御座いませんわ! 気に入って頂けて何よりですわ」
エレナは口元の前で手を合わせて、微笑んでみせたが、内心はかなりときめいていた。
「(おまたせ……ですって!? なんですの、なんですの〜? まるでエスコートされているみたいですわ! ウワサに聞く合コンみたいなやつですの?? ウフフフフフフフ♡)」
などと、心の中は桃色だった。もちろん、それに気がつくものは、彼女に不信感を持ち続けるヴィレムや、お目付け役のリィくらいだ。実際エレナが口元に手を合わせたのは、口元だけひきっつていたからだ。
「はぁ♡ みんな素敵…!!好き!!」
エレナの心中は暴走していた。
ヴィレムも内心不信感を抱きつつも、いつも通りの感情を隠すような笑顔でエレナ達に話しかける。
「フィーも喜んでおりました。早速ですが、昼食を取りたいのですが……」
「ひょあ! ……かしこまりましたですわ!」
直前まで舞い上がっていたエレナは驚いていた。
◇
エレナ達は、比較的お財布に優しく、品数も多い酒場を紹介してくれた。店に入るとエレナは客に声をかけられていた。どうやら、街に住まう人々や知り合いの商人らしい。そういう意味では、酒場と言うよりレストランや食堂に近いお店なのだろう。
「ここなら好きな物を選べますわ! 品数も多いですし。……あとは、少しだけ予算を抑えた方が良さそうな雰囲気がしたので、恐縮ですが少し安価な店を紹介しました」
フィリア達はメニューを広げた。軽食からガッツリとしたハイカロリーなものまである。読み進めると、バリエーションが豊富な飲み物まで出てきた。そして、フィリアは目を輝かせた。
「ぱっ……パフェ……!」
とっても嬉しそうだった。しかも、ソースに種類がある上に、大きさまで選べる。中でもブルーベリーソースがかかったパフェは輝いて見えた。フィリアはブルーベリーソースが大好きなのだ。
「……フィー。昨晩、パンケーキを食べたのでだめです」
「でも、ここまで甘くないよ」
「だめです」
「うう……」
フィリアはしょんぼりしていた。まるでおねだりして失敗した、子供みたいだった。
「はは、甘いものが好きなんだね。このミルクティーはどうかな? 飲み物なら大丈夫だよね、ヴィレム君」
「飲み物なら問題ないです」
「分かりました。ミルクティーにお砂糖入れます」
そうしている間に、キナリもメニューを読み進めていた。
「キナリ君は食べられそうなもの見つけた?」
「う〜ん。なにを’’たべたら’’いいか’’わかり’’ません〜」
「あはは……そうだよね。君は葉物が好きだったよね」
「そ〜です! ''きゃべつ''が''すき''です〜!」
「じゃあ、今日はこの『ロールキャベツ』にしてみよう。今の時期は春キャベツだから美味しいよ」
「わ〜! きまりです!」
フィリアの保護者がヴィレムなら、キナリの保護者はアルト……気がつけばそんな構図になっていた。
フィリア達は注文を決めると、リィが直接厨房に伝えに行ってくれた。どうやら用があるらしい。
一行は今後のスケジュールを話し合いながら、料理が運ばれてくるのを待った。
エレナが紹介してくれた酒場はレストランのような、雰囲気が良く、人と人が笑顔で話し合う風通しの良さそうな場所だった。旅人や商人だけでは無く、街の人々もが交流をしているようなお店だった。
そんな様子をフィリアはきょろきょろと目で置いながら見ている。気がつけばそんな優しくて活気のある雰囲気に同調して笑顔になっていた。
「素敵なお店ですね。フィー」
ヴィレムはそんなフィリアの様子をいつもながらの、穏やかな笑みで見ていた。
「うん。酒場ってもっとこう……いかつい男性の方がいるようなイメージがあって。でもここは、皆楽しそうで……ふふ」
そうしていると料理が運ばれてきた。用を済ませたリィも料理を手に戻ってきた。
フィリアは、グラタンと小さなパンのセット。ヴィレムはアーリオ・オーリオのパスタ。アルトはビーフシチュー、キナリはお約束のロールキャベツを頼んだ。
共に昼食を取るエレナとリィは見た事がないものを注文していた。
「リィさん、そちらはなんて料理でしょうか? 見たことがなくて……興味があります」
フィリアは興味ありげに問いかけた。
「これは餃子と天津飯でス」
「ぎょーざとてんしんはん……です?」
初めて聞く料理の名前に、フィリアは思わずリィと同じ言葉を発した。
「はい。これは東の国の料理なんでス」
餃子には、白い皮の中に何かが入っている。表面には程よく焼き色が着いており、変わった形をしている。
天津飯は、卵の上にとろりとしたタレがかかっている。ワンポイントにグリンピースも乗っている。
「せっかくなので皆様にもおすそ分けしようと、頼ませていただきましタ」
「聞いてくださいまし! この料理はリィがこの街に来た時に、レシピを教えてくださって、提供できるようになった料理ですのよ。そちらの餃子は、先程彼女が作ったものですわ」
エレナは自慢げに話していた。だが、当たりを見渡すと思ったより東の国の料理を食べている客人が多かった。リィは『アナタが自慢しなくていい』と言っていたが、『いいじゃないですの、貴方は私のお友達なのだから!』と威勢を張っていた。エレナはリィを大切な友達だと思っている。だからこその行動だった。
「それじゃあ、頂きましょう」
リィとエレナは小皿に餃子と天津飯を取り分けて、一行に渡す。そして食事が始まった。フィリアは餃子が気になって仕方がなかった。そして、真っ先に餃子を食べる。
「! おっ美味しい……です……!! 皮の食感が独特で、あと『おしょうゆ』もこんなにも合う調味料だったのですね!」
フィリアは嬉しそうだった。頬っぺを両手で押えてにこにこしていた。そしてヴィレムも1口。食べたあと彼の表情は変わる。リィに対して食材や作り方を問い質していた。
「なるほど、引いた肉に薬味を入れるのですね。そして作った皮を襞が着くように包み、蒸し焼きにする……手の込んだ料理ですね。是非とも作っているところを、拝見したいです」
ヴィレムは料理になると、しかもフィリアが美味しいと言ったものに対しては表情を変え空かさずレシピを聞きまわる癖があった。勉強熱心なのか、ただの料理好きなのか……それともフィリアのためにやっているのか……面白いところではある。
アルトやキナリも餃子を食べると、美味しかったようで満足している。キナリは『こんなたべものがあるんですね〜』といつもの表情で話していた。キナリはいつも笑顔だが、基本的に笑顔以外の表情をしないため、感情の変化がよく分からないのだ。
「ヴィレム、また今度このお店でご飯を食べたいな。ここだったらまた餃子を食べれるし、色んな料理があるから、ヴィレムも楽しいんじゃないかな?」
フィリアは嬉しそうに話していた。そして、餃子を食べている間に適温になったグラタンを食べ始めた。
「そうですね、お財布にも優しい金額ですし、今回の滞在ではお世話になるかもしれませんね」
「そういえば、皆様。滞在中のご予定はどのような感じなのでしょうか?」
エレナは一行に確認をする。
「ボクとヴィレムは、植物研究所に用があります。後はしっかりと観光をするのが目的です」
フィリアとヴィレムの2人は、フィリアが幼い頃からよく見る夢に出てくる『蒼い花』を探すために、植物研究所に滞在予定だ。その後は、西の国をしっかりと目に焼きつけるために観光をする予定だ。
「僕は、この街の魔法道具店に用がある。どちらかと言うと物資の調達かな。この街は薬草も沢山あるし。余った日は研究に費やすよ」
アルトは、研究熱心な青年。旅に必要な道具や、花や草花の名産地である、花の街で手に入る薬草を買い揃えたいようだ。
「あっ……キナリ君は、彼自身を知ってる人が居ないか聞き込むのと、ギルドでお仕事になるかな?」
「はえ〜そうですねぇ」
アルトはすっかりキナリの保護者になっていた。
「彼自身を知っている人……ですの?」
エレナはキナリの事情を知らないため、疑問だらけだった。
「彼は記憶喪失……なのか分からないけど、自分が何者なのか分からないんだ。気がついたら、精霊の森〈フォレルの森〉で木こりをしていたらしい」
「気がついたら……? 不思議と言うか、そんなこともあるのですわね?」
「僕たちも疑問だらけだよ。エレナさん、リィさん、彼に合う仕事を紹介して貰えないかな。あとは、森に隣接した街だし、知っていることがあれば教えてあげて欲しい」
アルトはエレナたちにキナリの事情を説明した。エレナは顔が聞く。その為、キナリについて調べも着きやすいだろう。
「分かりましたわ。私達もお仕事がありますので、可能な範囲でお手伝い致しますわ」
「ごめんね。こう言うのは街の人に聞いた方が良いかと思って」
「滅相もございませんわ! お任せくださいませ」
エレナ達は快く受け入れくれたようだ。すると、リィは食後の予定を聞いてきた。
「この後は、いかが致しましょウ? 旅でお疲れでしょうし……宿で休まれますカ?」
「えっと、どうしましょう。今日は早めに街に着きましたし、そこまで疲れてはいないですが……」
「キナリ様は元気ですよね。アルトさんはいかがですか?」
「うん、僕は基本外を出歩いている方が多いから、全然元気だよ。買い出しで動くのは明日からにしようかなって思ってた」
「宜しければ、この後、街の案内をしようかと思うのですガ」
「わぁ、そしたらお願いしたいです……! ボク、この街は初めてなので助かります。ヴィレム、どうかな?」
フィリアはまるで遠足気分のような、うきうきとした気持ちになっていた。初めて見るものや体験を心から楽しみにする……それがフィリアなのだ。
「そうですね。今日のうちに軽く案内をして頂ければ、明日も動きやすそうですね。お願いしてもよろしいでしょうか?」
ヴィレムは遠足気分のフィリアに穏やかな笑みを向け、答えた。
「では、落ち着きましたら案内させて頂きますわ!」
一同は食事を再開する。
フィリアはとても嬉しそうにグラタンを食べ終え、アルトに勧められたミルクティーに角砂糖を3つ投入する。
「フィー君は、甘いのが好きなんだね」
「はい。なんだか心がほっとする気がして……」
アルトに甘いものが好きか問われたあと、4つめを入れようとしたところ、貼り付けたような笑みのヴィレムに『ダメです』と言われ止められた。
「いつも言っていますよね。好きでもダメですよ。これは貴方の健康の為に言っているのです」
「……はい」
どうしてだろうか、彼の笑みは少しだけ怖い……そんな気持ちを秘めたエレナは、内心興ざめながら2人のやり取りを見ていた。
アルトはそんな2人のやり取りをみて、微笑んでおり、『ヴィレム君はやっぱりお母さんだね』と返す。
フィリアは砂糖を1個諦めたミルクティーを口にする。本来彼女は猫舌だか、話しているうちに適温になっていたため気にせず飲めるようになっていた。
美味しかったようで、フィリアは嬉しそうに笑っていた。