2章「花の街」
第22話「 暴動 - The Dark Shadow Threatening Fleur. - 」
フィリアとヴィレムは植物研究所の所長であるフレデリカの協力により、探し求めた花の名を知る。そんな中、別行動をしていたリィが暴動に巻き込まれてしまったようだ。何やら目的は『桃色の髪の少女』。2人は知らずに飛び出したエレナを追うのであった。
―暴動が起こる少し前
リィは北の商業エリアを歩いていた。
本日は、アルトとキナリの付き添いの日。朝方に2人と顔を合わせたが、キナリもすっかり仕事に慣れたようで、特に手伝う必要も無く、アルトは『気にせず自分の仕事をしていい』とリィに話した。
とはいえ、リィ自身も2人の案内の仕事が無ければ、本日はフリーだった。仕事が終わる頃に迎えに行こう。そう決めて、本日は街を探索したり困っている人を助ける、いわばパトロールの日にすることにした。
日がやや傾いた頃。リィは路地裏の入口に怪しげな集団を見つけた。黒いマントを被り顔を隠した集団。馬車を停めて何かしているようだ。リィは身を潜めつつ、黒装束を見張る。
やがて、馬車からもう1人が出てくる。もう1人は路地裏に入り、数分後に子供を連れて戻ってきた。その子供は虚ろな目で馬車に乗り込む。
……様子がおかしい。そう思ったリィはその場を離れ、自警団に話に行こうとしたところ、
『君、気が付いでるでしょ』
「……!」
後ろを取られた。咄嗟にリィは掌底を繰り出すが、手首を掴まれ攻撃を止められた。
「危ないな……と言うか、腕力……」
少し高めの青年の声。穏やかで心地よい声色だが、何処か狂気を帯びていた。そして、攻撃をかわさずに見切って封じた動体視力。普通ではない。
「何者ですカ。あれと関係があるのでハ?」
「路地裏に潜む非日常的なやつかな。……気がついてるね。でも、もう遅いよ」
男はリィを壁に打ち付けた。穏やかな雰囲気に似合わない、暴力的な攻撃だった。そして一瞬、彼の中にどす黒い渦巻いた魔力を感じた。
「……っ貴方、何者……人じゃなイ……」
「…………あんた、西の人間じゃ無いだろ。人の力、読むなよ」
男は電撃を放った。リィは身体を打ち付けられた痛みと電撃で意識が朦朧とする。
「えげつないわね。女の子にそんなことしちゃだめよ」
リィは虚ろな視界の先に、もう1人女性の姿を捉えた。彼女もまた、黒いローブを羽織っている。長身でフードから長い髪が少しだけ見えて。……また、黒く渦巻いた背筋が凍るような魔力を見た。
「外の血に興味無いから。 ……汚らわしいんだよ」
「貴方がそれを言うかしら」
「……あ?」
男は怒っていた。触れられたくない事に触れられた様に。
「貴方意外と怒りっぽいわよね。……あら? その子……例の『桃色の髪の少女』の近くにいる子じゃないの」
「あ? ……あーほんとだ。気が付かなかった。…………あぁそうだ……」
青年は歪んた笑みをしながら、女性の後ろに立っていた、手下に指示を出す。
「この女を使って、標的をおびき出せ。聞くに、人当たりのいい人物だと言う。そう言うやつは見るに耐えず出てくるに違いない」
後に立っていた手下はこくりと頷き、リィを引きずっていく。
そして、女性は指を鳴らした。すると一瞬だけ紫の光が弾けた。
「勝手に進めないでよ。今、同胞に伝達した。この通りで暴れさせるわ。」
「君ならそうしてくれると思ったよ、ルクスリア。頼りにしてるんだからね」
「貴方、強引過ぎるのよ。……閣下にもまだ身を晒すなって言われているのに」
「いいじゃん。僕には色んな姿があるんだから」
「さっきみたいに、魔力探知や気を読み取れる人もいるのよ。本当に危なっかしいわ」
「へーへー。程々にするよ~」
男は適当に言って、女性と主に別の場所へと立ち去った。
◇
一方フィリアとヴィレムは、リィが応戦して暴動に巻き込まれた北エリアに隣接する、西エリアの植物研究所に滞在していた。2人は駆け足で北エリアと向かう。
暴動を起こしている黒装束は気味が悪く、エレナの特徴である『桃色の髪』や、意味は分からない虚ろな目で『イシ』と呟いていたらしい。話を聞いた女性は、怖くなって逃げ出し研究所に話に来たという。
「ヴィレム、黒いマントの人って……」
「フィーも、気になっていたのですね。精霊の森〈フォレルの森〉で戦った黒装束かもしれませんね。確か、黒の異端者〈マヴロエレティス〉と言ったでしょうか」
「確か、アルトさんが勧誘されている、怪しげな集団でしたよね」
「そうですね。伺った話からすると、かなり手荒な真似をする方々のようです」
ヴィレムは、妙にエレナが誘き出されてる様な、そして彼女は何者なのか……頭の片隅で考えていた。
◇
その頃、大切な友人であるリィを案じて飛び出したエレナは、リィがいるという北エリアの大通りにやってきた。
辺りを見渡すと、黒装束の怪しげな輩が散見できる。住民や一般人が身動きが取れない状態だった。子供は泣きじゃくり、黒装束を恐れ、恐る恐る子供を宥めようとする親など、見るに堪えない光景だった。
そして、視線の先には、胸ぐらを捕まれ、甚振られたリィの姿が見えた。リィは決して弱くは無い。それでも彼女が痛々しい怪我を負い、抵抗できずにいるのは、住民を守るためだろう。
『リィ!』
エレナがリィの名を呼ぶと、リィは歪んだ視界の先にエレナを捉えた。
「エレナ…… どうして来て……」
リィは喉から絞ったような、覇気のない声で、なぜ来てしまったのか声に出す。
「どうしてって……あなたを放っておける訳が無いですわ!」
大切な友人。だが今は、痛々しい姿のリィを見てしまったエレナ。自分の友人であるリィを傷つけらた事、そして黒装束に対して、自分の誇りである花の街〈フルール〉に動乱を引きせられた事をひしひしと感じとり、ゆっくりと許せない気持ちが湧いてくる。
……エレナは人を悪く言うことはしない。自尊心が低くても、他人を思いやり、人の自分には無い輝きを賛美する。そんな彼女が怒りの感情を露わにする。
「これはどう言うことですの!! 早く彼女を解放しなさい!」
普段のエレナは、異性や興味があるものに対して暴走気味なところはあるが、急に怒ったり感情をぶつける人物ではない。
淑やかな女性を理想としているからこそ、目立つ容姿に境遇を持つからこその振る舞い。だが今は違った。普段は抑えの効く感情が、ボロボロになったリィを見れば見るほど、抑えられなくなる。
「エレナ……逃げて……」
甚振られたリィは、それでも尚、エレナを案じて逃げるように声を振り絞る。
……逃げる。背中を見せる。そんなことできる訳が無い。今までに無いくらい必死に思える大切な友人。今はもう会えないけれど、かつて自分に自分らしく振る舞うことを教えてくれた少年に顔向けできない。
エレナは震えながら、左腿に装備している小槌に手をかける。そして魔力を込めた。すると、エレナの小槌は両手で持っても重そうなくらい大きな槌へと変化する。槌の持ち手をぎゅっと握りしめてエレナは、
「逃げませんわ!! リィを解放しなさい!!」
エレナは、ハンマーを地面に叩きつけた。
すると、リィを痛めつけていた男の下から地面が隆起した。エレナが得意とする、地魔術のハンマー技『ボルカ・スタンプ』だ。
男はのけ反り、胸ぐらを掴まれていたリィが開放された。エレナはすかさずリィの元へと駆ける。
「リィ! 大丈夫ですの!?」
「ど……して、奴らの狙いはエレナ……だよ」
いつもは凛としているリィだが、弱りきった姿にエレナは心を痛める。
「……どうして、街の人を……リィを傷つけるの!? 目的は……何ですの」
エレナは大きな声で、黒装束達に問いかける。
すると、1人の男が口を開く。虚ろな目で、気味悪く、ゆっくりと、片言で。
「オマエ ノ イシ…… ヨコセ…… ジョ……オウ ノ イシ」
「いし……?」
「モモイロ ノ カミ…… オンナ…… イシ ヲ ヨコセ」
「……!?」
桃色の髪は自分の特徴。だが『石』とは何なのか。話す男を見れば見るほど、気味が悪く、怪しく……言う事を聞いてはいけない、そんな気になる。
「知りませんわ、そんなもの。 私に要件があるなら、リィを街の人を巻き込まないでくださいですわ」
すると、後方で住民を押さえつけていた黒装束の1人が、近くの建物に向けて魔術を放った。
どかんと嫌な音がして、建物の一部が崩れ落ちる。音ともに住民は混乱に陥る。
「な……」
「イシ……」
「それが分からないって言っているじゃありませんか!」
エレナがそう叫ぶと、黒装束達は周辺に魔術を放ち始めた。
「何をして……!! っ……! 私に用があるのでしょう!? 分からないなら……私を連れて行けばいいじゃありませんの!?」
「それはだめだよ…… 奴らは子供まで手をかけた…… エレナが酷い目に……」
リィはボロボロになってまで、エレナの事を気にかけていた。自分がそうされたように、エレナもそうなるのでは無いかと、不安で堪らなかった。それでも、力を振り絞って、
「やっと、痛みが引いてきたよ。エレナ、囮になって敵を引き付けるから。こっちに敵が集まる時、エレナの技で道を切り開いて……助けを呼んで。それまで私が貴方をみんなを守るから」
見て分かる。痛みが引いたなんて嘘だ。無理に立ち上がろうとするリィの手は震えていて、エレナを逃がすために強がっていた。
「そんな……できないですわ。リィは大切な友達だから……そんなこと……」
エレナがリィの発言に動揺していた時、エレナの攻撃で仰け反っていた男が起き上がって、刃物を振りかざしていた。一瞬時の進みが遅くなって感じた。
『嫌だ。こんな所で終わりたくない。大切な友達を助けたい。大好きなこの街を守りたい』
僅かな時間でエレナは強く願った。
そして、咄嗟にリィを突き飛ばした。
……せめて大切な友達は守れただろうか。そんな気持ちを心の隅に、エレナは彼女を庇った。その時のエレナは、心に決めたような強い表情だった。自分に刃物が行き届くまで、絶対に……自分は間違っていないと強く思った。
『痛い』
そう思った時、エレナの目の前の世界は少し止まって見えた。刃物を振りかざした男が刃物を地面に落とし、固まっていたのだ。
「……!」
エレナは、目の前の変えられない出来事を、痛いと思い込んでいただけだった。正確には、刃物は当たったが弾かれて、敵の手は痺れ、そのまま刃物を落としたのだ。
「え……」
自分の体を見ると、いつもと違って身体の周りを薄く魔力が覆っているように見えた。そして、腰にお守りとしてぶら下げていた指輪が光っていた。
「ソレ ヨコセ……」
幼き日に大切な人からもらった指輪。愛おしい人に見つけてもらったもの。これだけは、どうしても渡したくなかった。
「嫌ですわ!!」
エレナは近寄ってきた黒装束を突き飛ばした。
すると、騒動が起こっている現場の真上にフラスコのようなものが投げ入れられ、爆発した。
視界を遮る濃度の濃い煙が発生し、エレナとリィは何者かに担がれ路地裏へと運ばれた。
◇
「だ……誰ですの……」
エレナは咳き込みながら尋ねると、それはアルトとキナリだった。
「あ、アルト様……助けてくださって……」
「エレナさん、怪我は!? 剣で切り付けられてたよね?」
動揺しゆっくりと話すエレナを遮るように、アルトは彼女の身を案じた。
「あ……え……それが、当たったのに何ともなくて……私にも分からなくて」
「本当だ」
アルトは確実に切りつけられたであろう、頭部を目視した。いつものエレナなら頬を赤らめ恥じらっていただろう。……そんな余裕もなかった。そして我に返る。
「あ、アルト様!! リィが……!」
リィは眠っていた。一時的に落ち着ける場所に移動したせいか、安心して気絶しているようにも見えた。エレナは意識がないリィを見て驚き、必死に治癒魔術をかけた。
「酷い怪我だ……エレナさん、治癒は身体にかけてあげて。打撲が酷い」
流石アルトと言ったところだろうか。見てはいないものの、直前に壁に打ち付けられた時の打撲を、見逃してはいなかった。
「エレナさん、そのまま何があったか聞かせてくれないかい? 仕事が騒ぎで無くなって駆けつけたら……」
『エレナさん!』
アルトがエレナから話を聞こうとしたところ、フィリアとヴィレムが追いついたようで、
「フィー君。ちょうど良かった。リィさんの怪我が酷いから見てあげて欲しいんだ。……煙幕で目眩ししてるけど、晴れたら直ぐに見つかると思う。手短に応急処置と、エレナさんは何があったか話して欲しい」
アルトは落ち着いて2人に話した。
フィリアは直ぐにリィへと治癒魔術をかける。エレナも魔術を使いながら、ゆっくりと話し始めた。