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2章「花の街」

花の街〈フルール〉の北エリアで起きた暴動。リィを助けに駆けつけたエレナは、敵の黒装束にトドメを刺されかけたが、謎の光に包まれて窮地を脱した。その後、駆けつけたアルトに救われ、宣戦を離脱する。そして、合流したフィリア達と何があったか話す。


「リィが黒装束に酷い目に遭わされていたのですわ。見るに耐えず、飛び出して……流れで敵の攻撃を受けたのですが、何ともなくて……そしたらアルト様が煙幕を」

 エレナは話しながらゆっくりと落ち着いていった。ただ、甚振られたリィの顔を悲しく見つめながら。

「リィも酷い目に合わされていましたが、敵は建物を破壊したりして……そ、そうですわ。『石』……敵は石と話していました。……どうにも正気には見えませんでしたが」

 すると後ろからヴィレムが口を開く。
「敵の狙いはエレナ様です。……そして、恐らくは黒の異端者〈マヴロエレティス〉の手先でしょう」

 エレナは分かっていた。厳密には、リィを助けたことで目の前にした黒装束の怪しげな発言を思い出して。

「ヴィレム君もそう思ったんだ。ここまで派手にやるとはね」

 アルトもどうやら気が付いていたらしい。1番追われている身としては、何が感じるところがあったのだろう。

黒の異端者マヴロエレティスとはなんですの?」
「僕も詳しくは分からないよ。でも、大昔にいたとされる血族を崇拝する過激集団。……今の状況は、見過ごせないね。街を荒らして、住民まで巻き込んでいる。何としても止めないと」
「……皆様にお願いしたいですわ。お願い出来る立場ではありませんが……この状況を鎮めたい。……この街の長の娘としてお願いします。狙いがわたくしなら、やむを得ない時は話して……」

 アルトはいつもとは違った真面目な顔をして、エレナの話を遮った。
「奴らは何をしてくるか分からない。……エレナさんもそう感じたんじゃないかな。……攻撃を受けたのに何ともないのも不思議だけど、思ったんじゃないかな。死にたくないとか、彼女を守りたいとか」
「……わたくしはこの街が好きですわ……だから……傷つくのは見たくない」

 悲しい顔は基本しない。気まずくても笑うエレナ。そんな彼女が苦しい表情をしていた。そんな姿をフィリアは隣で見ていた。

「エレナさんは……大切な友人であるリィさんを守ろうとした。自分が狙われていることを厭わず。……そんな優しい方が、犠牲になるのは間違っていると…… ''私''は思います」

フィリアの目は真っ直ぐだった。エレナの姿をそのまま映すかのような、蒼く僅かに紫がかった澄んだ瞳からは『エレナを犠牲にしたくない』強い思いを乗せて訴えかけてくる。そんな実直な気持ちが伝わってくる。

「そうだよね。じゃあ、何としても止めないと」

 アルトはいつもの表情で答えた。そして、自分がかけた煙幕の様子を見て、

「時間が無い。敵は多い……できるなら手が欲しい」
「……この街の自警団はどちらに?」
「南エリアです。ですがおかしいですわね、いつもなら騒ぎがあれば来てくれるはずなのですが……」
「……何処か妙ですね」

 そして、エレナは何か思い出したように答えた。
「そ、そういえば今日は…… 騎士の方がお見えになるとお父様が話していましたわ」

 すると、リィの手当が終わったフィリアは立ち上がって話し始めた。
「……騎士を呼びましょう。その方はいつ頃この街に?」
「今晩と聞きましたわ。夕方には到着すると言っていたような」

 フィリアはその話を聞いて、真っ直ぐヴィレムの顔を見た。
「ヴィレム、良いかな」
「……やむを得ないでしょう。でも、身を案じてください」
「ありがとう」
 フィリアは礼をすると、いつもより真面目な顔のヴィレムに微笑んだ。その時のふたりは、皆は知らない、主と従者の姿そのものだった。

 そしてヴィレムは、落ち着いた態度で、
「煙幕が切れた時、奇襲をかけましょう。……エレナ様、覚えている範囲で構いませんので、敵の人数と配置を教えてください」
「は、はい! わたくし達を襲ってきたのは2人。時計塔側に3人、北門側に2人……中央で建物を破壊したのが3人……た、多分ですが…… わたくしも取り乱していたので。あとは時計塔とわたくし達がいた中央にの間に捕虜にされた住民がいます」
「結構いますね。人命救助を優先に、時計塔側はアルトさん、中央は私、北門側はフィー。タイミングを見て北門側から気を逸らすので、タイミングを見てサインを撃ってください。移動中の騎士に分かるように」

 フィリアは頷く、そして、見張りをしていたキナリが戻ってくる。

「ぼくはどうしましょ〜」
「キナリ様はフィーの援護をお願いします。恐らくフィーに注意が向きます。その時、向かってきた敵をなぎ倒してください。街は壊しちゃダメですよ」
「かしこまりです〜」
 キナリは緊迫した状況でも変わなかった。万が一何かあった時、1番暴れられるのがキナリ。……彼に分かりやすく指示を出し、注意点だけ話せばある程度は融通が効く。ヴィレムはそう理解していた。
「あ、あの、わたくしも……何か出来ませんか? 敵はわたくしを狙っています。気を引くことはできますわ」

 エレナは恐る恐る答えたが、ヴィレムは現実を突きつけた。いつもより棘のある言い方だった。何者か分かりきれていないエレナを、フィリアから遠ざけるように。

「……戦えますか? この街のご令嬢が。友人を傷つけられ、取り乱して……ましてや狙いは貴方です。命に関わるかもしれませんよ」
「そ、それは………… でも、わたくしはこの街をリィを傷つけたあの方々を見過ごせません。……何もせず、街の人が怯えるのを見ているのも、嫌です。魔術も使えますわ! 戦うことだって! リィだったら立ち向かいますわ! だから……!」
「……少々カマをかけました。ご無礼をお許しください。正直、手が足りませんので、私と共に中央で注意を引きつけてください」
 ヴィレムはエレナを推し量った。

 アルトはリィを壁に寄り掛けて寝かすと、防御用の結界を張った。
「ここからは持久戦かな。ある意味賭けだけど、危ないと思ったら無茶はせずに、これを使って」
 彼が取り出したのは、魔法陣が描かれた紙。エレナとリィを救出する際に使用した煙幕を引き起こす魔術札だ。魔力保込めれば化学反応を起こし、煙が出る仕組みだそう。

 話がまとまった時、煙幕が薄くなっていた。エレナは気を失い眠っているリィに『ありがとう、行ってきますわ』と告げた。フィリアはその姿を静かに見ていた。

「行きましょう」

 フィリアは拳を握り、一歩踏み出した。

 アルトは時計塔側に立つ。黒装束は何やら住民たちに向けて魔術をかけているようだ。
よく見ると、住民の目は虚ろになっていた。おそらくは、催眠か洗脳か。住民を解放するにも誘導ができない。

「解くしかないかぁ」

 アルトはそうぼやき、攻撃してきた黒装束が振り翳した斬撃を避ける。そして、軽く回し蹴りを黒装束の刃物を持つ手に当て遠くへと弾いた。
自ずとアルトへと注意が向く。他2人の敵の攻撃を避け、体術で敵を地に伏せさせる。戦い慣れたアルトは、その身軽な足技で敵を制圧した。彼は魔術師でありながら、程々にも体術が使えるのだ。
そして、住民の頭上へと魔術を放つ。

「手荒だけどごめんね。グランフレイム!」

 炎の下級魔術『グランフレイム』。アルトはお得意の薬剤を投げ入れると、住民の頭上で花火のように薬剤が弾ける音がした。
 そしてまもなく、住民たちは魔術から覚める。

 時計塔側のアルトは、思ったよりも早く住民を避難させることに成功した。

 一方、囲まれた位置にいるヴィレムとエレナは、黒装束5人を相手にしていた。

「うぅ…… 多いですわ」
「エレナ様。得意な魔術は?」
「ええと、地魔術ですわ。あと、付与魔術……」

 2人が話していると、奥でアルトが戦っているのが見えた。
そして敵から闇魔術の『カオスシャドウ』が飛んでくる。エレナは、魔法槌『ブルーメ・ミョルニル』を構え、攻撃を打ち返し、魔術を打ち込んできた黒装束にそのままカオスシャドウを跳ね返した。

「ストライクですわ……!」
「なかなか力強い攻撃ですね」
「意外に軽いんですのよ、この槌。……ヴィレム様、一瞬だけ援護をお願いします」
 エレナはヴィレムに背中を託し、ハンマーの頭を地面に置き詠唱を始める。

「悪しき者の盾を打ち破いてくださいまし……! ファットブルーム・フォリネ!」

 ヴィレムたちを囲んでいた敵の防御が下がる。先程言いかけた、エレナが得意とする付与魔術の効果だ。とはいえ敵は多い、隙もなく2人に遅いいかかる。

『かかってきなさい! 貴方たちが求めているのはこれでしょう……! わたくしから……奪ってみせなさい!!』

 エレナは少々強張りながらも、声を張って、自分へと注意を引きつける。

「はぁああ…… 行ってしまいましたわ」
「とても目立っていましたよ。ここからは出来る限りエスコートしますから」

 ヴィレムはいつもの貼り付けたような笑みで、さらっと答えた。勿論、異性や恋愛に関しては単純且つ夢みがちなエレナの性格を狙ってではあるが。

「〜っ!! わたくしも頑張りますわ!」

 普通にヴィレムの思惑にはまるエレナだった。
 ヴィレムはいつも通りに華麗な動きで敵を翻弄する。身体中に忍ばせている小型のナイフ『トレートル』を袖から取り出し、敵と距離を詰めて戦う。厄介な魔術師は、エレナがハンマーを使った地魔術で応戦する。共闘は初めてだが以外に呼吸が合う。実際には、ヴィレムが人に合わせるのが上手いからこそではあるが。

 ヴィレムとエレナが応戦しているのを、やや遠くに捉えつつ、北門側で戦うフィリアとキナリは、逃げ遅れた住民を逃がしつつ戦っていた。基本的にキナリが暴れ回って戦っているため、敵も予測不可能な動きに翻弄され、フィリアから注意が逸れていた。その隙にフィリアは住民を逃がす。

「フィーさん〜 ''くろいひと''たちは''おやすみ''になりました〜」

 こんな状況でも、力が抜けるように飄々と話すキナリ。フィリアは住民を誘導する時に飛んできた魔術を迎撃するくらいで済んだ。
 そして、ヴィレムたちの方を眺めると、既に2人を倒していた。中央で逃げ遅れた住民たちは、アルトが解放した時計塔側の戦線から離脱してゆく。
 ゆっくりではあるが、フィリア達に戦況が傾きつつあった。

「キナリさん! 今から詠唱します! 周りをよく見て……!」

 フィリアはキナリに魔術を使うことを宣言し、背中を託した。そして、ヴィレムと話したようにサインを出す準備を、否『雪の精〈ヴァルスドゥネージュ〉』で空に魔術を打ち上げる為の詠唱を始める。

「繊細なる氷の花弁よ、凛として咲き、宙を舞え! 『Ⅲノ弾丸・雪華〈ドリットブレット〉』!」

 フィリアは魔法銃を突き上げ、引き金を引く。
 銃声と共に、フィリアが打ち出した 『Ⅲノ弾丸』は、花火のように打ち上がり、やがて水晶〈クリスタル〉でできた美しく繊細な雪の華を咲かせる。
 ひらひらと風花が散り住民の張り詰めた気持ちが解ける。たった一瞬の出来事ではあるが、緊迫した状況はフィリアによる美しい光景によって、その場を支配した。

 そして数秒後、北門に繋がるビレア街道の延長にある一から、閃光弾が上がった。
「良かった……! 気がついてくれた!」
 フィリアは嬉しそうに拳を握った。そして直ぐに銃を構えた。遠方から上がる閃光弾に気が付いた黒装束は、フィリアへと視線を向ける。

「キナリさん、ここからはこちらも危ない状況になります。気を抜かずに……!」
 キナリは手を挙げて『はぁい』と返事をする。

 一方、エレナはフィリアの技にの美しさに見とれていた。そして一瞬、自分の腹部に鋭い何かが掠める。

「っ……!」

 新手だった。建物の上に、魔術師2人と狙撃手1人の姿が見えた。敵はすぐさま降りてきて、エレナが持つ指輪を奪おうと襲いかかってきた。

「ユビワ……ヨコセ……」

「エレナ様? 攻撃が当たったように見えましたが、お怪我は?」
「油断しましたわ…… 掠っただけです、このくらいなら自力で……」

 エレナが怪我を直そうとした時、敵はすぐさま攻撃を仕掛けてきた。治す暇もなく、魔術師は攻撃を、狙撃手は見えぬ位置から2人を狙う。
ヴィレムがエレナを守りながら魔術師2人と応戦するものの、離れた位置にいる狙撃手が攻撃を仕掛けてくる。エレナは術を使う暇もなかった。

「しつこい方は苦手ですわ……っ!!」

 エレナは弾を掠めじんわりと血が滲み出した腹部の痛みを耐えながら、大きくハンマーを振り上げ地面へと放った。

「ローサショルド!!」

 大きな盾のように地面が隆起する。エレナたちの片方からの攻撃を遮断した。その隙に、エレナは治癒魔術で腹部の怪我を治す。動きやすくなったヴィレムは、相手の術者との距離を詰める。

「閃燿」

 ヴィレムお得意のナイフ術が炸裂。小型ナイフによる六連撃技の閃光。ヴィレムは2人まとめて、術者を仕留めた。

「エレナ様。ナイス防御でした」
「いえ……」

 エレナは息を切らして、地魔術『ローサショルド』で生み出した壁に寄りかかっていた。
反対側から狙撃手が放つ弾丸の音がする。後方で応戦していたフィリアは狙撃手の存在に気が付き、建物の上からエレナとヴィレムを狙っていた狙撃手を『 Ⅱノ弾丸・氷雪〈ツヴァイトブレット〉』(※ 氷付けにし相手の自由を奪う技)で拘束した。

「フィー様!」

 半泣きのエレナ。彼女は、援護してくれたフィリアの名を呼ぶ。
 フィリアは微笑むが、すぐさま表情が曇る。……何か嫌な予感がした。精霊の森〈フォレルの森〉で感じた禍々しい魔力の感覚だ。

「ヴィレム。嫌な予感が……」

 そう言いかけた時、ヴィレムたちが戦う中央付近に路駐してあった馬車が爆発した。その中から、深緑色のつるのようなものがうねり出す。

 フィリアたちはそれを知っていた。精霊の森フォレルの森で遭遇した、特殊な魔物『嗇薇淑女〈デモン・ローザ〉』。
最も、フィリアたちはその魔物の名前も知らないが。

「あれは…… 精霊の森フォレルの森で戦った特殊なマンドラゴラ……!?」
「ふえー? でもなんか、おおきい? ''いろ''がちがいます〜?」

 キナリが言うように、精霊の森フォレルの森で遭遇した個体よりも大きく、花弁の色が赤黒かった。魔物は、足が多い蛸のような姿で、棘付きの蔓を鞭のように打ち付け暴れ出す。

「ヴィレムとエレナさんが危ない……!」

 フィリアが広範囲の氷魔術『ブリザード』を詠唱しようとした時、時計塔側からアルトが炎魔術で攻撃をした。その怯んだ隙に、ヴィレムはエレナを抱き抱えてフィリアの方へと駆ける。フィリアはヴィレムとエレナの無事に安堵する。

「アルトさんの炎魔術がなかったら……」
「後でお礼をしなくては。……フィー、何やら敵はこちらを狙っているようです。距離を取りながら北門まで誘いま……」

 ヴィレムが言いかけた時、魔物は猛速度で攻撃を仕掛けてきた。

「いや…… 皆様、北門まで走ってください!!」
 いつも冷静なヴィレムだが、エレナのバテ具合や、精霊の森フォレルの森で出会った嗇薇淑女デモン・ローザよりも強そうな個体の魔物を見て、走るように促した。フィリアたちは全力で走った。

 『いやーーーーっつ!!』

 力持ちのキナリに担がれながら、追いかけてくる嗇薇淑女デモン・ローザに絶叫するエレナ。
全力で逃げる、フィリア、ヴィレム、キナリ、エレナの4人は、北門へと走り敵を誘導する。敵の狙いはエレナ。見たことのない異形の魔物にエレナは絶叫していた。ただの街娘の彼女にとっては恐怖体験でしかなかった。

「ヴィレム……! 少し攻撃して怯ませた方が……!」
「そうですね。私が貴方を運ぶので、魔法銃で怯ませてください!」

 走りながら、必死に提案するフィリア。10代半ばながらも小柄で痩せ型の彼女を、ヴィレムはひょいと担ぎ、フィリア詠唱を始める。

「氷の槍よ、無数の雨になりて敵を討て! アイシクルランス!」

 嗇薇淑女デモン・ローザの頭上に落ちるのは、氷の下級魔術『アイシクルランス』。いつもは、ブリザードによる凍てついた氷風で攻撃していたが、今回は無数の氷の槍で打撃を与えた。

「フィー、そのまま持ち堪えてください!」
「はい! ヴィレム、走るのは任せたよ!」

 アイシクルランスで追撃するフィリア。フィリアを抱えて走るヴィレム、キナリに抱えられるも後方に頭がある為に敵の攻撃や姿を目の当たりにするエレナ、あまり気にせずエレナを抱えて走るキナリ。
 気がつけば北門が見えた。そして北門の前に、白金の鎧を纏った騎士と、後ろに連なる兵士が見える。

 ヴィレムはいつもの穏やかな声で、

「お手柄でしたよ、フィリア様」

 そして、先頭の騎士の1人が一歩踏み出し、大きな白銀の弓を構えた。

『目標、異形の魔物! 我に続け!』

 先頭の騎士は弓を放った。無数の閃光が魔物を貫き、続いて後方の兵士が奇襲をかける。
 嗇薇淑女デモン・ローザは騎士によって討ち取られた。