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2章「花の街」

花の街〈フルール〉の北エリアて起きた暴動の先、突如として、嗇薇淑女〈デモン・ローザ〉よりも強そうな個体が現れた。騎士の到着により花の街フルールは窮地を免れる。


 嗇薇淑女〈デモン・ローザ〉の消滅を確認すると、1人の騎士がフィリアの元へと駆け寄ってきた。フィリアは少々疲れた顔で騎士へと微笑みかける。

「ありがとう、ナモ……」

 騎士は兜を外す。姿を現したのは湊鼠色の短い癖毛に黄緑色の瞳を持った、長身の女性騎士。整った顔に、右側のサイドだけ髪を伸ばし巻き毛にした特徴的な髪型をしている。うっすらと右頬の端にある傷を髪で隠している。

「お呼び頂き感謝いたします。ふぃ……」

 ナモがフィリアの名を呼ぼうとした時、後ろに立っていたヴィレムが口元に一本指を立てた。ナモは、フィリアが身分を隠していることを思い出し、左胸に手を当て一礼した。

「失礼しました。フィー殿。宝玉フロストの導きあらんことを」

 すると、黒装束を拘束し、事情聴取をしていた兵士が話に来た。

 何やら、黒装束の中には花の街フルールの自警団、住民、近隣の村に住む人々が含まれていたらしい。フィリアとヴィレムは様子を見に行くと、その中に見覚えのある人がいた。

「この方は…… ホフマンさん?」
「ご存知の方で?」

 ホフマンは、フィリアたちを花の街フルールまで乗せてくれた商人だ。その彼が何故。今は意識が無い彼に話を聞くのは叶いそうになかった。

 しばらくするとエレナが後ろから、ふらふらと近寄ってきた。

「エレナさん、大丈夫ですか?」
「ふぁい…… もうびっくりして、力が……」
「お嬢さん、向こうでお休みになられた方が。事情は落ち着いたら聞きますので」

 ナモはエレナの様子を伺い気を使った。

「優しさが滲みますわ…… 騎士様…………騎士様!?」
「? 騎士ですが?」
「わわわわわ」
「……? 申し遅れました。私は、王妃直属の騎士・『十二騎士〈パラディオン〉』の『ナモ=シュルツ』です」
「ああああああの、十二騎士パラディオン!? しかも女性騎士の…… お会いできて光栄ですわ! ひゃああ……! 」

 ナモはきょとんとしていた。エレナは何やらいつもの調子に戻ったようで、かの有名な十二騎士パラディオンである、ナモに出会えたことに興奮していた。

 『十二騎士〈パラディオン〉』は、西の国の国王・アルバート王の妃である、ミレーヌ王妃に仕える騎士。
筆頭のシャルロットを頭に、他12名の選ばれた騎士たちのことである。基本は王都で王室直属の騎士ロイヤルガードとして仕えている。

「……! エレナさん、リィさんは!? 彼女は裏路地で眠ったままなのでは……!?」
「ああああ、騒ぎが収まってホッとしていましたわ!」

 エレナは急いでリィがいる方向へと走ろうと振り返ると、住民から肩を借りてエレナの元に歩いてきた。

「忘れるのは、ひどいヨ……」
「リィ!!」

 思わずエレナはリィに抱きついた。そして離れなかった。この大騒ぎの原因である自分を庇って、傷ついた友人。大切な人。思いが募れば募るほど、離れたくなくなる。

「体痛い…………エレナ?」
「よかった……」

 エレナはリィに抱きつき顔を隠している。その下では静かに泣いていた。そして急にリィの体が重くなった。エレナは安心して気が途絶えたのだ。
「エレナ、頑張ったね」
 リィは体を痛めている。立っているのもやっとな彼女もまた、ゆっくりとしゃがみ、再び眠りについた。

 フィリアは2人の関係に、優しく温かい気持ちになっていた。そんな姿を穏やかな笑みで見守るヴィレム。そんな彼だが視界の端で怪しげな影を見る。和んだ場を任せ、1人その場を離れた。

 影を追いかけると、フードを被った人影が見える。どうやらヴィレムが追いかけて来ていることに気がついているようで、振り向いて怪しく笑った。

「待ちなさい」

 ヴィレムは声をかけた。するとフードを被った人物が話し出す。少し高い青年の声だった。

「次は奪ってみせる。平和の象徴なんて存在しないんだからね」
「……石のことですか?」
「ふふっ、さぁ?」

 ヴィレムはエレナが言っていた石のことを話してみたが、はぐらかされ、男は闇に解けて消えていった。

「…………」

 これでは終わらない気がする。そんな不安を感じながらヴィレムはフィリアの元へと戻る。

 その夜、フィリアたちは街の暴動を収めた功績と町長の計らいで、騎士と共にエレナの邸宅基、町長の屋敷で休むことになった。

 翌朝、滞在5日目。
フィリア達は騎士と町長を交え、今回あったことを話す事になる。

 重要参考人であるエレナとリィは、昨日の戦闘の影響か、ずっと眠っているようだ。
 詳しい話は、ふたりが目覚めてからと言う運びになる。今回は、フィリアたち4人と騎士のナモ、街をまとめる人々、実際に被害にあった住民と今後についての会議となった。

 昨日、つまりは暴動があった日、フィリアとヴィレムは植物研究所で調べ物をしていた。
エレナは一緒にいたが、彼女を呼びに来た女性から『桃色の髪の少女を探している怪しい黒装束が暴れていること』『リィがエレナを庇うために暴力を受けたこと』しか知らなかった。その上で2人を助け、被害を食い止めることに専念した。

 アルトとキナリは、魔物退治の仕事で西エリアにいたそうだ。午前中は荷物運びと薪割り、午後は魔物退治。
キナリが仕事慣れしてきた為、リィの手を借りることも無くことが運びそうであったことを理由に、リィは自分の仕事や用事をして欲しいと伝えたらしい。その為、朝しか彼女と会っていなかったらしく、別れ際に今日は非番なので街を回っているとだけ、伝えてその場を去ったらしい。
午後、魔物退治に向かったところ、街が騒がしかったらしく仕事は中止。騒ぎの方へと向かったところ、リィを助けに向かったエレナを見つけ、煙幕を張って救出したとの事。

 そこからは、フィリア達とエレナで騒ぎを止めるため奮闘した。

 エレナの父である町長・ベルントは、娘と娘の友人を助けてくれたことにとても感謝していた。ベルントは、貫禄や威厳のあるような男性ではなく、優しく穏やかな、どちらかと言うとゆったりとした性格の人物だった。彼が治める街だからこそ、花の街フルールが自然の空気を感じとれる美しい街なのだろう。

 だからこそ今回の騒動で、北エリアに相当な被害があったことを、町長と住民はとても悲しんでいた。
街の復興作業もあること、エレナとリィが目覚めるまで何があったか話が煮詰められない為、会議は昼頃で終わる。

 昼食を終えた後、フィリアとヴィレム、騎士のナモは町長と話す場を設けた。フィリアはその場に居合わせたこと、自分の本来の立場を尊重し、国を治め管理する者として話を持ちかけた。そう、この街のために一時的に身分を明かす決断だ。

 町長の部屋に入ると、エレナの母であるスクルドがお茶を出してくれた。エレナに似た真っ直ぐな髪、少しくすんだ桃髪を束ねた女性。仕草はどことなく綺麗で、エレナが理想とする女性像も見受けられた。

 フィリアはやや緊張しながらも、ベルントに話を持ちかけた。
「ベルントさん、お時間をありがとうございます。……その、話を始める前にお伝えしなければならない事がございます。私は……この国の王女です。その上で、話を、提案を聞いてくださいませんか」

 フィリアは、今日まで見てきた美しき花の街フルールを守る為、これ以上争い事に巻き込まれないようにと、心に決め自分の正体を明かした。

「え……?」

 が、ベルントは驚いてお茶を零していた。スクルドは茶を零す主人を見て『貴方!!』と焦り布巾でテーブルを拭く。2人のその姿は、どこと無くエレナに似ている。

「ま、まさか……ご冗談を」

 ベルントは信じていなかった。
 それも仕方がない話で、そもそもフィリアは西の国の王女ではあるが、事情があり姿を公開していない。それ故に、実際どんな姿がも分からず性別も不詳。名前が『フィリア』である事と、年齢が15歳ほどである事しか一般公開されていない。噂やちょっとした挨拶の際に、王妃のミレーヌと似た白髪である事のみ知られている。言わば、謎に包まれた存在。『善王アルバートの宝』とも呼ばれる程で、王族に関わる人しか知らないため、実在しないのではと言われる程だった。

「真実です」

 ヴィレムは真面目な顔でベルントに話す。続いてナモも頷く。フィリアも少し気まずそうに、

「私は存在しか知られていない存在ですから…… 信じ難い話ですよね。……エレナさんや町長様には、今後の為にも、当事者としてもお話をしたくて」

 フィリアは帽子を外し、隠された絹糸のように美しい白髪を顕に、ジャケットの裾をつまみ一礼する。
旅をすると決めた5年前から、男として振舞ってきた。内心恥ずかしさを抱えつつも、王女として、本来の女性として、町長であるベルントに敬意を払った。

「改めて、西の国〈ノインシュテルン〉第一王女、『フィリア=シェリル=エーデルシュタイン』と申します。事情があり、身分を隠して旅をしています。この事はここだけのお話。ご内密にお願いします」

 招待を明かしたフィリアは切り替わったように、王族らしく丁寧な仕草で挨拶をした。天の使いと呼ばれる母譲りの白髪は、揺れ動く度に、その繊細さで2人を魅了した。

「わっ……! 殿下ご本人様だったとは……飛んだご無礼を……! 殿下がミレーヌ様似の美しい容姿の噂は本当だったのですね。お会いできて大変光栄です」
「ご理解頂けて良かったです。その、事態が落ち着くまで、王宮直属の騎士である彼女を派遣しようと提案をしたいのですが」
 フィリアは、街が再び襲撃されるのが不安だった。犯人もよく分からないこの状況で、この街を後にするのが心配だった。

「ほ、本当ですか!? 正直私達も不安なのです。拘束した黒装束の中に自警団がいた事も…… このまま街がまた襲撃されたら……この街を継いできた先代にも、住民にも申し訳が立たないですから」
「私自身が自分の名を通して……直接この街を助けることが出来ないのが悔しいのです。王女と言う立場にありながら……こうして、騎士を通してでしか助力ができません」

 フィリアは少し俯きながら話していた。すると、ベルントは妻であるスクルドと顔を合わせて、

「フィリア殿下。これは私たち、いいや私個人、立場を考えずに思う事なのですが…… 人には話せない事があるものです。それが嘘であっても、誰かに偽りの姿を見せる事であっても。……それは酷いことなのかもしれません。それでも、私達は……それがいつか……皆の幸せになればと。姫殿下の提案は、善意であります。この街を思ってくださった優しい気持ちが、あるからこそです。そして、私たちはそれを知っています。」

「町長さん……」
「……姫殿下はまだお若いです。旅をしているのであれば、きっとこの先、良い事も悪い事も起こりうるでしょう。それをご自身の目で確かめていくのでしょうね。慈愛に満ちた姫殿下の提案は、私達にはとても嬉しくありがたい事でした。貴方がこの国を導くその時を私たちは楽しみにしております」

 ベルントは、フィリアが王族として振舞っていても精神的には子供であることや、人生経験の少なさをうっすらと感じていた。幼い頃の自分が通ってきた、若さ故の無力さ。そんな気持ちを胸に、彼女なりの精一杯を、1人の大人として、一娘エレナの親として見ていた。

「ありがとうございます……!ベルントさん、花の街〈フルール〉はとても美しい街でした。私が初めて訪れた街がこの街で良かった。そう思いました。またいつか訪れる事があれば、その時は身分を偽らずに滞在してみたいです」
 フィリアは、相手の心を和やかにする彼女らしい笑みを2人に送った。

「殿下は、予定通りならば明日ご出立でしたかな。騒がしい中、色々と心残りでしょう。もしよろしければ、今現在、使って頂いている客間を滞在中お貸ししますが……?」
「お気になさらず。滞在は5日と決めているのです。それに、個々での目的は達しましたし、混乱したこの状況だからこそ、気を使わずに復興に力を注いでいただきたいです」

 フィリアは気持ちを伝え、ウェルトン夫妻の元を後にした。
『今は言えなくても、それがいつか…… 皆の幸せになれば―』そんな優しい言葉は、フィリアの胸に刻まれた。

 部屋から出ると、扉の脇にリィの姿が見えた。眠りから覚めたらしく、服装は東の国の民族衣装のような寝巻きのままだった。ほぼ毎日出会っていたが、今日は髪を結っておらず、艶のある黒髪を下ろしていた。

「あの……」
「リィさん、身体は」
「元々強い方なのでス。……油断しましたが」
「そうなのですね」
「アルトさんとキナリさんは?」
「2人は部屋に戻りましたよ。何かあったのですか?」

 リィは真剣な顔をした後に、勢いよく頭を下げた。

「エレナを……この街の人を助けてくれてありがとうございました!」

 リィは深く頭を下げたままだった。再び、フィリアが話し出すまでずっと。

「り、リィさん頭を上げてくたさい。当然ですよ、困っている人がいたら、ましてや傷ついた人がいたら……! だから、頭を上げてください」
「いいえ……! 私はエレナを巻き込むきっかけを作ってしまったのです。だから、自分が許せなくて……ッ」
「きっかけ……?」
「ハイ。町長さんや騎士には、この後話します。明日、出立する貴方方には先に」

 リィは真面目な顔で訴えかけてきた。フィリアとヴィレムは場所を変えて彼女の話を聞くことになった。

 その日、つまり滞在4日目。
リィは、アルトとキナリと別れた後、北エリアを歩いていたという。そこで普段見かけぬ怪しげな黒装束を見かけ、こっそり追っていたところ、襲われたらしい。
それはまるで、見てはいけないものを見たように。
フードを被っていたため姿は見えなかったが、程よく声が高い青年と、長身の女性。青年の方は優しい声色なのに、荒れたような思考と暴力的な行動が目立つ。女性の方は話しているだけだが、フードから薄茶色の癖毛が見えたと言う。
リィは、黒装束が馬車に子供を連れ込んでいた所を目撃したところ、その2人組に襲われたようだ。

「やつらは……とても、恐ろしい感覚がしました。……人の形をしていながら、中には悪魔のようなおぞましい感覚があるような。……私は、電撃の魔術のようなものを浴びた後に、壁に強く打ち付けられました。その時の力はとても人間とは思えない力でした」
「背中の打撲が酷いと聞いていましたが、その人がリィさんを痛めつけたのですね。……黒装束達は虚ろな目をしていたと聞きました。その方たちは……」
「黒装束達は催眠の類ではないかと。私を襲った2人には感情がありました。我々東の民は、生物が宿す気のようなものが読めるのです。彼は……それを気味悪がっていましたから」

 フィリアの隣で話を聞いていたヴィレムは、顎に手を当てて何かを考えていた。

「リィ様。黒装束がエレナ様を狙っていたことは存じております。奴らが何を言っていたのか……思い当たることを教えてくださいませんか?」
「……石ですかね? エレナのことは、桃色の髪……。…………あとは、指輪。私は意識が朦朧としていたので、本人に確認した方がいいと思います」
「指輪はエレナ様が大切にされているものですよね」
「はい。お守りのような、形見の様なものなので肌身外さず……」
「ありがとうございます。本人が目覚めたら確認した方が良さそうですね」

 ヴィレムは何か探っているようだ。フィリアはそんな彼の様子を、顔色を窺うように覗き込み『何か気になる事、ありましたか?』と、きょとんとした顔で尋ねる。彼は『いいえ』といつもの穏かな笑みで答え、2人は部屋へと戻ろうとする。

 そして去り際、リィは2人に、
「あ、あの…… 騎士を呼んでくださってありがとうございました……! これは私個人の気持ちですが…… エレナと、ベルントさん、スクルドさん……この街の皆さん……とても優しくて暖かな人で…………大切な人なのです。だから……ありがとうございます!」

 普段は落ち着いていて、感情表現が乏しいリィ。そんな彼女が珍しく気持ちを顕にした時だった。とても、優しい笑顔で彼女は微笑んで、2人を見送った。