2章「花の街」
第25話「 西の秘宝 - The King’s Most Precious and the Nation’s Legacy Passed Down in Neunstern. - 」
花の街〈フルール〉で発生した暴動は、騎士の到着により一時的に静まる。依然として、原因は不明のままの中、フィリアは街の未来を案じ、自らが王女であることを明かす。そして、騎士の派遣を提案した。その後、部屋に戻り、アルト達と今後の話をする。
滞在5日目の夕食前。
フィリアは町長・ベルントに騎士の派遣を受け入れて貰えた。当初の予定通りならば、明日の昼出立予定のフィリア達は、今後どうするか話をするために、アルトとキナリを部屋へと呼んだ。
そして、昼下がりにリィから聞いた話を2人にも共有する。
「へぇ……石かぁ……」
「その''いし''は、ぼくでも''われ''ますかねぇ〜」
「えっ!? ……いやいや、石は石でもすごい石は壊しちゃ駄目だよね!?」
キナリの突拍子もない発言が炸裂した。彼は木こり。木であったり、その自然物が壊せるか……考えてしまうのかもしれない。
「あぁでも、争いごとを生むなら壊すのも考える人はいるかぁ」
「はは……そうですね。特別な石ならば、魔法石の類だったりするのでしょうか?」
「可能性はありそうだよね。魔素〈エーテル〉が濃い場所で、一定のエレメントが蓄積すれば、それは予め属性が付与された魔法石〈エーテライト〉になる」
アルトは手持ちの魔法石を見せてくれた。赤や青、黄色。宝石のように美しい色とりどりの魔法石だ。
「でも、魔法石は一般的なもの。こうしてランプのように光を灯す媒介になる魔法石、水力を支える魔法石。ましてや、僕のような魔術師なら持っていて当然の物だよ」
「……となると、ただの魔法石では無い可能性があるのでは」
ヴィレムは、エレナが持つ指輪がただものでは無いことを指摘した。そして気になった言葉を口に出す。
「……平和の象徴」
「ヴィレム君?」
「いや、耳にした言葉で少し気になったのです」
「平和の象徴……と言えば、伝説上の物で実際にあるかは分からないけど……」
「何かご存知で?」
「宝玉〈フロスト〉って知らない?」
『宝玉〈フロスト〉』は、西の国に伝わりし伝説の輝石。
空色、青色、翡翠色、萌葱色、黄色、橙色、紅色、桃色、紫色の9つの石とされる。奇跡や平和の象徴として、建国時に突如として現れた聖遺物〈アーティファクト〉。存在は定かではないが、建国の王統記と共に語られてきた西の国の民が心の拠り所とする特別なものだ。
「宝玉……知らない人はいない程、ボクたちの心の支えになっている伝説の聖遺物ですね。『九星の架橋』の言い伝えで有名ですね。でも……あれは、存在が不確かで」
「そんなんだよね…… 僕も調べた事があったけど、あまり記述が無くて。それでも、長年語り継がれてきたものだから……その時の長さが言い伝えとして、存在を保っているのかもしれないね」
「この事も、旅をする中で色々と確認して回った方が良さそうです」
4人は頷き、ヴィレムがゴホンと咳払いして、話の舵を戻す。
「アルトさん、私たちは明日の昼頃に出立する予定です。おふたりはこの後……如何なさいますか? キナリ様の事もありますし、共有した方がいいかと思いまして」
「僕は、話してた通りで『港町〈グランツ〉』に向かうよ。そこが本命だからね。キナリ君は……何も掴めなかったから……このまま、色んな所を巡って情報収集した方がいいかも……はは…… で、港町で用事を済ませたら、1度妹の所に戻る予定だよ。ずっと独りにしてるから心配で」
「アルトさん、ボクたちもこのまま色んな街を回る予定です。植物研究所では、探している花の名前は分かりましたが、ほとんど情報が掴めなかったのです……だから、自分の足や人から話を聞いて探す事になりそうで」
「前に話していた、蒼色のお花だね。名前はなんて言うんだい?」
「夢蒼花です。月の光を受けて、朝方に咲くお花らしいですが、見た人はほとんど居ないそうで」
「分かったよ、そんな珍しい花、僕も見てみたいな。えっと、フィリアさんとヴィレム君の次の目的地は?」
アルトは2人の目的地を尋ねてきた。
「次は、このまま行くと港町でしょうか? ヴィレム?」
「そうなりますね」
そのまま数秒間、フィリアとヴィレムは顔を合わせたまま何か考えているようだった。そして2人は、真面目な顔で、アルトと目を合わせた。
「えっと? 2人ともどうしたの……?」
「アルトさん、目的地は同じで……このままご一緒と考えてよろしいでしょうか?」
「え? うん。そうだと助かるな。精霊の森〈フォレルの森〉であった、黒の異端者〈マヴロエレティス〉の一件から、助かってるんだ。あとはキナリ君の事とか、心配することあるから……」
「分かりました。おふたりと旅をするに当たって、ボク……いいや私たちの事で話しておきたいことがあります」
フィリアは立ち上がる。そして、エレナの父ベルントに挨拶した時と同じように、帽子を外して、王女である時の振る舞いでアルトに一礼した。
「ずっと隠していてすみませんでした。私は王族です。今は訳あって、身分を隠し、従者のヴィレムと旅をしています」
「……」
「……アルトさん……」
「……あぁ〜 やっぱりそうだったんだ。ふふふっ」
「へ……?」
「いやごめんね。フィリアさん、仕草がとても綺麗でいい所の出の女性だろうなって思ってたし、僕と違って綺麗な白髪だったから…… あとは、いつもよりよそよそしかったから尚更だったけれど、騎士を呼んだところ。憶測だけど、もしかしたら……もしかするとなぁって」
「えっと、気が付いて……?」
「五分五分だよ。あはは……って王女様にこの態度は失礼かな。……改めて、フィリア=シェリル=エーデルシュタイン姫殿下にご挨拶申し上げます。宝玉の導きあらんことを」
アルトはあまり変わらない調子で、さらりと王女としてのフィリアに挨拶をした。
「お、驚きました……」
「それを殿下がおっしゃいますか?」
「……! 本当ですね、あ……えっといつもみたいにお話してください。おふたりを信用して、正体を明かすことを決めたのです。だから……」
「ありがとう、フィリアさん。改めてよろしくね」
アルトはいつも通りの笑顔を送った。キナリは意味を理解しておらず、
「おうじょ? ひめでんか? う〜ん、おいしいんですか?」
「キナリ君、それは食べ物じゃないよ」
「えっとぉ、つよいんですか?」
「……えらい人、すごい人。でも、いつも通り接して欲しいって。だから、フィリアさんがすごい人って話しちゃ駄目だよ」
「う〜ん、よくわかりませんが、かしこまりです〜。フィーさん、ヴィさん、よろしくおねがいします〜」
「ふふ、キナリさん改めてよろしくお願いします」
すると、ドアからガタンと音がした。何やら騒がしい。
目を光らせたヴィレムが扉を開けると、血相を変えたエレナがなだれ込んできた。何やらドアに張り付いて盗み聞きしていたらしい。リィはエレナの腕を引っ張って、辞めるようにしていた痕跡がある。
「あ…………」
「はぁ……エレナ、観念した方がいいよ」
ヴィレムは貼り付けたような笑みで、
「エレナ様、いつからこちらに?」
怖い。怖かった。ヴィレムはエレナと目線を合わせて、貼り付けた笑みで、問いかけてきた。いつもよりも顔が近い。圧がすごかった。
「はひ……フィー様のお話から…………」
◇
ヴィレムはエレナとリィを部屋に引き入れた。その際、防音用の魔術結界を張って、セキュリティを万全にして。リィはともかく、エレナは怪しさが限界突破していた。
「さて、いかがなさいますか」
ヴィレムは貼り付けた笑みをフィリアに向けた。フィリアは知っている。ヴィレムが本気で怒っている時はこうやって、笑みで隠すことを。感情を悟られぬように笑みで隠すことを。
「えと……ヴィレムは落ち着いて…… エレナさん、何か用があったのではありませんか?」
フィリアの落ち着いた対応に、エレナは手を合わせて、目を潤ませていた。エレナにとって今のフィリアは救世主だったのだ。
「ふぃっ……フィー様……! ええと、皆さんに、改めてお礼を伝えにきたのですが…… 何やら真面目な話をしているようで、タイミングが……」
「盗み聞きしている様な気がしましたけども」
ヴィレムは容赦なく問い詰めた。まるで刺し殺すように。最初の一件以来、暴動と、ヴィレムにとってエレナは謎が多く、不審な点も目立つ人物でしかなかった。その為ずっと、目を光らせていたのだ。
「う……! 盗み聞きする気はなかったのですわ…… 部屋が静かになった時声を掛けようと…… ドアに張り付いたら…………」
「リィ様、真偽は」
「ええと、流石にドアに張りつくのはやめる様にと引っ張ったのですが、それで物音を。私は聞いていません。ただ、エレナが『王族』と、ぼやいていたので、どなたかが王族なのは分かりました。おそらく、フィリアさんだとは思いますが……」
「リィ様は鋭いですね」
「私は本来よそ者ですから。時に勘が働くのです」
リィは妙に落ち着いていた。相手がヴィレムではなく、暴君な人物なら自身の身は危うかったであろう。そして、エレナは目を左右にキョロキョロさせて、リィとフィリアたちを見ていた。
そして、大きなリアクションで、
「お姫様!?」
「はい……」
「えっ!? 本物ですの?? フィリア王女……!?」
「ねぇ、リィ!お姫様ですわよ! 西の国の!!」
エレナお得意のオーバーリアクション。急な展開に思考がついていかない様子だった。……最も、フィリアが想像していた反応はこれなのかもしれないが。
「え…? あっああ……やはり王女様だったのですね。ご無礼を働いてないか……」
流石のリィも、エレナの遅れ気味且つ過剰な反応にペースを乱されていた。純粋なフィリアも慌て出してしまう。
「わぁあ……かしこまらないでください……いつも通りに……!」
「ちょっとリィ、反応が……」
「すみません、私の故郷は分国というか……昔は帝に対しての側室が多かった為、皇族は身分が高くてもこの国ほど珍しいものではなくて……反応が追いつかず……」
東の国は、本来四つの勢力から成る大きな4分国と、周辺の小国から構成される土地。追放された皇族も少なくはなく、身分の差もその価値も国によって異なるものだった。リィにはそれ程気になるものではなかったのだろう。
「そうなのですね。エレナさん、お礼は気にしないでください。それより……私は初めて訪れた街がこの街で良かったと、思っています。だから……街の復興も頑張って欲しいですし、エレナさんがこの街に抱く思いを大切にして欲しいです」
「ふぃ……フィリアさま……」
フィリアはエレナの手を取って、優しい笑みを向ける。そしてエレナは悟った。嗚呼、自分がときめいたフィリアは、心に寄り添う様な、暖かくも澄んだ青空のような、全てを包み込むような優しさだったのかと。
「て……天使……」
「……?」
エレナは心の声が漏れていた。フィリアは気が付いていないが。そして、後ろからヴィレムが、
「おふたりとも、フィリア様についてはどうかご内密に。そして、エレナ様。奴らは貴方が持っている『指輪』を狙っています。また何が起こるか分かりません。この街の復興も重要ではありますが、自身の事もよくお考え下さい」
「はっ……はい」
ヴィレムはいつもより、物言いが強かった。フィリアは、エレナの様子を見て、
「エレナさん、もし困った時は……相談してください。私達もどうしてこんな事になったのか真相が掴めずにいます。今は騎士に後任を頼むことしか出来ませんが、手がかりを見つけて、同じ事が起こらぬようにしたい気持ちは同じです」
「ありがとう……ございます……!」
「おふたりとも、ボクたちは明日の昼頃に出立します。今日までありがとうございました! また立寄ることがあれば、2人に会いに来ますね」
今度のフィリアは、王女としてではなく、旅人のフィリアとして、年頃の優しい笑顔で2人に礼を伝えた。
