2章「花の街」
第26話「 天使と冷光 - The Radiant Princess and the Shadow That Lurks Behind. - 」
花の街〈フルール〉滞在5日目。フィリア達は今後について話し合う。そして遂に、アルトとキナリに自分が西の国の王女であることを告白する。その夜、フィリアは十二騎士〈パラディオン〉のナモに会いに行くのであった。
その日の夜、別室で休んでいるという、十二騎士のナモに会いに行こうとするフィリア。髪を隠して、彼女の部屋へと向かった。
ドアをノックして『ボクです』と声をかけると、ナモは待たせる間もなく扉を開ける。
「ひっ……姫様!」
ナモは嬉しそうにフィリアを迎える。どうやら彼女も寝る前で、白色のロングワンピース型のネグリジェを着ていた。そして、フィリアを抱きしめた。
「ううう……姫様だぁ……」
「なも……苦し……」
「私の天使……っ」
「なも……」
しばらくこのようなやり取りが続く。ナモはフィリアが大好きだった。そして、落ち着いたところで、フィリアの左頬に触れるようにして、
「旅立って数週間なのに……もうご立派な方になられましたね。姫様」
「ふふ……」
フィリアは方頬を包むようにして触れられるのが好きだった。何やら体温を感じやすく落ち着くらしい。ナモやヴィレムはそれを知っている為、フィリアを褒める時や愛らしく思った時にそうする事が多い。
本人も小動物のように嬉しそうな反応を示すので、それを知っている人はついやってしまう……ようだ。
平常心に戻ったところで、ナモはハーブティーを進めてくれた。
「お元気そうで何よりです、フィリア様。先程はすみません…………」
「はは…… ナモも変わりなくて安心しました」
「姫様、すみません。本当は私からお会いしに行こうかと思ったのですが、お疲れだと思って。明日、顔を出そうと考えていました」
「そんな、気を使わなくて良いのですよ?」
するとナモは立ち上がって、
「良くないです……! 姫様は私の天使……姫様が居なかったら、私は今頃落ちぶれた騎士に……」
「そんなことは…… ナモは昔から真面目に訓練に励んでいましたから、今があるのですよ?」
「うぅ……姫様……」
*
十二騎士〈パラディオン〉の『ナモ=シュルツ』。彼女は弓使いの騎士で、年は20代後半。フィリアが5歳の時、彼女は20歳。女性として、またシュルツ子爵の娘として、騎士学校に通い、卒業し城務めの騎士となる。周囲の偏見に苦しみながらも、彼女は決して折れることなく、日々鍛錬を重ねていた。中流貴族としての立場を守りながら、その誇りを胸に、騎士としての道を歩み始めた頃、フィリアと出会う。
その頃からフィリアは温室育ちで、人の入れ替わりを感じ取れる場所は騎士の鍛練場くらいだった。基本は、城中を歩き回ったり、庭園を歩いたり、大きな箱庭の中で過ごしていた為、人と触れ合うことがとても貴重であった。そして、公式には姿を公開していないため、誰か役員の子供として認識されていた。
ある日、フィリアはヴィレムの目を盗んで、訓練場を覗きに行った。その時、出会ったのがナモ。当時の彼女は、心の葛藤で息詰まることが多かった。知らずに近寄ってきたフィリアと、話する時間が彼女にとって幸せな時間だった。ナモはあえて、フィリアに対しては誰の子供なのか、何処からやってきたのは聞かなかった。多分、城に勤める誰かの子供なのだろう。その程度で深くは踏み込まずに。
たまに立ち寄る1人の幼女と話すようになって半年。彼女を膝に乗せて話をしていると、後ろから声がかかる。
騎士をしていれば、いいや、この城に出入りしていれば知らない人はいない人。国王アルバートの妃・ミレーヌ王妃が立っていたのだ。
そう、彼女はミレーヌ王妃の子『フィリア姫』だった。気がつけばフィリアはナモに懐いており、それ以降は臨時でフィリアの傍付きの騎士になることも多々。
ナモはフィリアの幼い頃を知る騎士なのだ。そして、フィリアにとっては身近な存在。自分を見守ってくれた数少ない存在。ナモ自身も、無邪気に笑うフィリアがいたから、上を目指せた。いつか彼女守る騎士になろう、そう思えたから今の自分がある。
*
「ナモ。急な提案でしたが、この街に騎士を派遣する話、私の代わりに話を受け入れてくれてありがとうございました。……ナモだからお願い出来ました」
「最近は姫様がお城のいらっしゃらないので、寂しかったのです…………だから頼ってくれて……嬉しいですぅ…………」
ナモは涙目だった。自分が葛藤していた時期に、立ち直るきっかけをくれた、フィリアを前にしたからこそ、感情が剥き出しなのだろう。
「ナモ……泣かないで」
「うぅ……そうだ、フィリア様、ヴィレムには意地悪されてませんか?」
「ヴィレム?」
「あの人、時々厳しい目で私を見るから……年下なのに」
「うーん、確かに厳しい所はありますが……とても良い仕事をしてくれていますよ。私は温室育ちで分からないことも、疎いこともありますから、そんな時とても助かっています」
「そうですかぁ…… フィリア様が意地悪されて、肩身が狭くなっていたらと考えてて」
「ふふ……確かに彼は従者でありながら、世間的にはお母さんって感じらしいですね? 一緒に旅をしている方にも、お母さんって呼ばれてました」
確かにヴィレムは、フィリア周りのことに関しては厳しかった。紅茶に入れる砂糖の数から、フィリアに近寄る人に対しての警戒心。フィリアの露払いにしては、少々過激なのかもしれない。それ故に、世間知らずのフィリアが何事もなく旅ができているのも否定は出来ない。
「お、お母さんっ……」
ナモは腹を抱えて笑っていた。するとドアからノック音が聞こえる。
『フィリア様、そろそろお休みになってください。明日に差し支えます』
お母さん、否、ヴィレムの声だ。彼は地獄耳なのだろうか、タイミングも良すぎる。フィリアに関わるものがドキッとしてまう一瞬があまりにも多い。
「ヴィレム、すぐ戻ります!」
フィリアは返事をして、ナモと顔を合わせて笑った。そしてナモは苦笑いをして、
「噂をすれば、お母さん……ですね、姫様。あぁ、名残惜しいです。そうだ姫様、こちらに」
ナモはフィリアを自分の元へと呼ぶ。そして抱き寄せた。
「フィリア様、これから何が起こるか分かりませんが……姫様の旅に幸あらんことを。ナモは姫様を全力で応援しています」
ナモはフィリアを抱き寄せて、頭を撫でながらゆっくりと話した。
フィリアは彼女の胸の中でゆっくりと目を閉じて、
「ナモ……ありがとう。花の街をお願いします」
そうして、彼女の部屋を後にする。
『ナモ』は、フィリアにとっては、お姉さんのような存在だった。
「街をお願いします……姫様、旅立って間も無いのに成長されましたね」
ナモはフィリアの成長を喜ばしく感じながら、休んだのであった。
◇
フィリアが部屋に戻ると、ヴィレムはフィリアが寝れるようにと、準備をして待っていた。怒ってはいないようだ。ただ、真っ直ぐベッドに行くように話してきて、フィリアは『まだ日記を書いていません!』とだけ、意志を表明した。
日記を書く事を許されたフィリアは、魔法石でランプを灯し、静かに日記を書き始めた。
ヴィレムは少し外しますとフィリアに告げて、部屋を出た。
炎の魔法石によって薄暗く明かりが灯された廊下。フィリアが戻ってきた際に、近くの階段付近から少しだけ気配を感じ取ったヴィレムは、
「そこにいるのでしょう。エレナ様」
壁裏に隠れていたエレナの名前を呼ぶ。
エレナは心臓が口から出そうな勢いでびっくりしていた。
「あっあう……ヴィレム様……ご……ごきげんよ……」
エレナがごきげんようと言い切る前に、ヴィレムはエレナに詰め寄り壁に追いやった。
「ひゃぁあう!!」
「バレバレですよ。……全く貴方はこそこそと、人を追う(ストーカー)のが趣味なのですか?」
「うう……違います、フィー様とお話がしたくて。夕食前はリィがいたので話せず……」
「密会を希望ですか? そう言うのは、気配を殺して上手くやるものです。それと、エレナ様」
「っ……!」
ヴィレムは、エレナの顎下に人差し指を当て、クイっと頭を持ち上げ、自身の目と彼女の目を合わせる。そして、彼女の脚の間に自分の片脚を潜り込ませ、逃げ場を無くし問い詰めた。いつもよりも、少しだけ低い声で。
「貴方は何者なのですか?」
「わっ……私ですか……っ、えと……私は普通の街娘……」
エレナは、決してはぐらかそうとしている訳では無い。それでもヴィレムは、真相を聞く為にエレナを脅すように、更に詰め寄った。
「それは知っています。」
「っ〜〜! 私は町長ベルントの娘、エレナ=ウェルトンですわ……! 母より髪の色が鮮やかな桃色で目立つだけの……!」
「それで」
「それで……!?」
「石とかその指輪とか」
エレナはいつものジャンパースカート姿だった。まだ寝る準備をしていないのだろう。
ヴィレムは、エレナの左腰から吊り下げている指輪を空いた方の指で弾いた。
「こっこれは……亡くなった叔母から貰った形見で、お守りですわ……! 私の宝物です…… だから……! どうして私が狙われたのか、全く分からないのですわ…………本当に……どうしてか……」
ヴィレムに逃げ場を無くされたエレナは、とても悲しげな顔をしていた。彼女は分かっていた。何も知らずに狙われ、自分のせいで街が襲撃されたことを。それ故に、どうしていいか分からない事を。そして自分の無力さを。
「……」
ヴィレムはエレナが目線を外せないように、顎下に当てていた指を外す。
「エレナ様、もし貴方が自分がその街に存在することで、街が襲撃される原因を作っている。だから、フィリア様と共に外に出たいとお考えならば……その怪しい行動はお止めください。私はあの方の従者。フィリア様が許しても、私は見逃しませんからね」
ヴィレムは、身動きが取れぬようにと、エレナの脚の間に潜り込ませた、自身の片脚を戻す。そして去り際、冷たい顔で、
「よくお考え下さいね」
そう言って、その場を後にした。
「…………」
エレナは顔面を真っ赤に染めて、ショートしていた。ヴィレムはエレナが面食いで、男性に対して耐性がないことを知っていた。だからこそ、女性が浮つく詰め寄り方をして、エレナに尋問したのだ。
エレナはその場にへたり込み、落ち着くまでその場から動けなかった。顔が整っている上に好青年のヴィレムが詰め寄ってきたこと、自信の立場を諭された事。
エレナの頭の中は様々なことで混乱する一方だった。