2章「花の街」
第27話「 大切だから - The Journey of a Boy and a Girl, and a Farewell Kept in the Heart. - 」
滞在5日目の夜。フィリアは彼女の幼き頃を知る、騎士ナモと楽しいひと時を過ごす。一方、ヴィレムはエレナと一難あったようだ。出立の日、フィリア達はゆっくりと過ごし、旅路への準備をする。
滞在6日目、出立の日の朝。
昨晩、ナモと楽しいひと時を過したフィリアは、熟睡しご機嫌で目覚める。いつも通り、ヴィレムが容れてくれたモーニングティーを嗜んでから着替え、個室なのもあり、ヴィレムに髪の手入れをしてもらって、朝食に向かう。
その場で居合わせたエレナは、少し落ち着きがなかったが、フィリアにその理由を知る由はなかった。後ろのヴィレムはいつも通り、穏やかな笑みで挨拶をしていた。
出立は昼食を食べ終えた後。朝食を終えたフィリア達は、荷物をまとめて、昼までゆっくりと過ごした。
フィリアはその空き時間に、手紙を書き始めた。
「誰宛ですか?」
「お母様です。お茶を買ったんです。これを添えて……今日までの事を、伝えたいなと思って」
フィリアはにこにこしながら、手紙を書き始めた。手紙を書くのは日課だった。と言っても、手紙を出せるのは街や村だけで、今回出す手紙が初めてなのだが、フィリアは旅に出たら、手紙が出せる所に着き次第、母親に手紙を送ると決めていたのだ。
自分が見た光景を、自分の言葉で、母へ伝えたい。
きっとそれを、母から父に伝えてくれる。
そして自分が息災なことを、皆が分かってくれる。
今日までを、楽しく充実して過ごせている事を。
手紙を書き終えたフィリアはナモに手紙を渡した。騎士団に手紙を渡せば、自身の正体が公になることは基本的にない、安全なルートだと分かっていたから。
◇
ゆっくりと過ごす中、気が付けば昼食の時間になっており、フィリア達4人はエレナやリィ、ウェルトン夫妻、騎士のナモを交え、花の街〈フルール〉での最後の食事をした。
最後の日との事で、植物研究所が開発した食べられるお花を添えた、可愛らしいデザートが付いていた。
本日の昼食は、オリーブオイルとハーブが香るチキンソテー、マウルタッシェンのグラタン、植物園の採れたてサラダ、シュパーゲルのスープ、大樹の時計塔をモチーフにした厚みのあるバウムクーヘン、甘酸っぱいチェリーが乗ったキルシュトルテ。
旅立ちには贅沢過ぎるメニューで、特に甘党なフィリアは大喜びだった。終始ご機嫌で食べているフィリアの様子をヴィレムは、笑顔で見守っていた。そして、気になるメニューは、シェフにレシピを聞いてはメモしていた。
◇
昼食後、フィリア達は荷物をまとめて西門へと向かう。
昼食時に、町長・ベルントから団結の街〈クロスレーデ〉行きの馬車に乗ることを勧めてもらった。
は団結の街から南にある街。オエノセラ山脈を越えた先にある、西の国2番目の大都市。フィリアたちが向かう港町〈グランツ〉の途中で分岐する道まで、馬車に乗せるように手配をしてくれたようだ。
フィリア達はありがたく馬車に乗せてもらうことに決めた。精霊の森〈フォレルの森〉・南部に伸びる道、スコルチア林道はゆったりと馬車の旅ができそうだ。
西門までたどり着くと、植物研究所でフィリアが探し求めている花『夢蒼花』を探し当ててくれた、所長のフレデリカが立っていた。
「フレデリカさん、どうしてここに……?」
「皆さんが出立すると聞きまして。慌ただしかったでしょうし、まとめておくと話していた資料と、お花の種を渡し忘れていたのですよ」
フィリアはハッとリアクションをした。今の今まで、花の街の復興の事やら、黒の異端者〈マヴロエレティス〉の事やら……頭がいっぱいで、すっかりと忘れていたのだ。
「すっすみません……! すっかり頭から抜けてました……わぁ……」
「ふふ、ですよね。でもいいんですよ、皆さん街のために動いてくれたのですから。はい、フィー君」
フレデリカは、約束の資料の写し、小堤に入った桜草〈プリムラ〉の種を渡してくれた。そしてもう2つ、
「これは私からですわ。筏葛〈ブーゲンビレア〉の種と、雪解百合〈チオノドクサ〉の球根です。筏葛はこの街の建物に咲いている桃色の植物ですわ。『溢れる魅力』の花言葉を持ちます。見劣りしない美しい花色からそう言われてるんですよ。最後に、雪解百合です。これはフィー君が探している夢蒼花じゃないかお見せしたお花ですわ。このお花は『栄光や仲間思い』って言葉があるんです。どことなくフィー君っぽいなって。別名は『グローリー・オブ・ザ・スノウ』ですわ。可愛いけど雪の寒さに負けない越冬するお花なんです」
フレデリカは穏やかな喋り方のまま、勢いよく花の解説をしてくれた。それはとても楽しそうに。
アルトは勢いでびっくりしていたが、勉強熱心なフィリアは目を輝かせながら聞いていた。
「わぁ……嬉しいです! 色々考えて選んでくれた2つなのですね。ふふ、旅を終えたら花壇を作らないとです」
フィリアは嬉しそうにしていた。すると、ナモが少し悲しそうな顔で、別れの挨拶をしに来た。
「フィー様、名残惜しいですがご武運を。受け取った手紙は無事にお届けしますので、心配ご無用です! ……と」
ナモはフィリアの耳元で小声で話す。
「ミレーヌ様やオレガノ様に相談して、花壇の場所を確保しておきますね。旅を終えずとも戻ってきた時に、植えられるように! いつでも帰りをお待ちしてますから」
ナモはウィンクして、こっそりとフィリアに花壇を作っておくように話をした。
「ナモ……ありがとう!」
フィリアはとても嬉しそうだった。そんなフィリアの姿をナモはとても嬉しそうに見ていた。
「ヴィレム、フィー様の事頼みました。あまり厳しくし過ぎないように」
と、ナモは年上としてヴィレムに一発かました。フィリアを1番近くで見守る彼だからこそ、これまで何も言わなかったのだ。
「厳しくはしてませんよ? ナモ様がフィー様を甘やかし過ぎなのです。でも分かりました。ナモ様もよろしくお願いします」
どことなく目に見えぬ火花が知っているような気もしたが、フィリアにはそのような物は見えなかった。
これが、本来のフィリアやヴィレムなのだろう。そう思って2人を後ろから眺めていたアルトとキナリ。
すると、フレデリカがキナリを見て声をかけてきた。
「貴方、何処の出身かしら?」
「え?」
「2人とも、フィー君と一緒に旅してる2人よねぇ?」
「そうですが……? えっと、僕は精霊の森に住んでます。彼は、キナリ君はよく分からないんです。気が付いたら精霊の森で木こりをしていたようで。でも記憶が無くて。それで彼の出自など身元を調べて回っているんです」
「そう……なんだか大変ねぇ」
「ええと、フレデリカさん? 彼の事で気になる事でも?」
「う〜ん、彼の髪色元は緑色だったりするのかしらぁって」
「え……えっと、そうだよねキナリ君?」
「ふぇ? ん〜〜 わかりません〜 でもアルトさんはそうっていってましたぁ」
「はは…… 僕の見立てでは地毛は緑色なんですけど、何か思い当たることでも? そう言えば、フレデリカさんも緑色ですね」
「私ねぇ、ここの出身じゃ無いのよ。記憶は無いのだけど、私が生まれた頃に無くなってしまった村があるの。そこの出身で、生き残りは少ないのだけど、私のように緑の髪の人が多かったそうなの。どうしてかしら、貴方は何だか親近感があるのよねぇ」
「そ……そうなんですね」
それから、少しだけフレデリカからその村の話、彼女のことについて2人は話を聞いた。
35年くらい前、港町〈グランツ〉の北部にあり、精霊の森に接する位置にある小さな村で暴動が起きた。村は焼かれ壊滅。不思議な事に住民の遺体は無かった。当時赤子だったフレデリカは、10歳年上の兄と共に、身代わりとなった両親の手によって、助かったものの見つかってしまい、兄はフレデリカを森の茂みに隠し、死別したと言う。フレデリカは旅人に拾われて、花の街で育った。これが彼女の幼き頃の話。
「もしかすると、貴方も私と同じ出身かもしれないわねぇ。みんな居なくなっちゃったから、生きていることに感謝しないと」
「フレデリカさんも大変な過去をお待ちだったんですね」
「でも私は幼かったし記憶が無いから……こうして生きてるのはお兄さんや両親のお陰って感謝しながら生きるだけよ。お兄さんは生きていたら、40代半ばかしら……会ってみたかったなぁ」
フレデリカはぼやきながら、最後に村の名前を教えてくれた。
『ビオサ村』それが今は亡きキナリの出生地と思われる場所。
そして、エレナがフィリアに会いに来た。何やら言いたそうな雰囲気を出しつつ。そんな彼女の姿を、ヴィレムは注意深く。勿論、顔に出さないように見ていた。
「あの……フィー様」
「エレナさん……! 最後にお顔が見れて嬉しいです」
「さ……最後……っ……!! やっぱり嫌ですわ!!」
エレナは大きな声で嫌と言い放った。そして、ウェルトン夫妻、つまりは自分の両親の前で、
「わっ私……! この街を出ます! 私が狙われてるからこそ、せめて街が落ち着くまで……私が大好きなこの街が傷つかないように!」
「な、何を言ってるんだ。エレナ」
父・ベルントも流石に驚いていた。自分が生きたいように、町長の娘だからと言って、同じ道を歩まなくていい。確かにそうは言ったが、街を出ると言い張った自身の娘に。
「私はこの街が大好きです。お父様もお母様も。自分が育ったこの街全てが。……町長の娘だからって、その道を進まなくていいと言ってくれたお父様にはとても感謝しています。だけど、それはここで見つけなくてもいい。フィー様達と一緒に過ごした数日間で、私も外の世界を見たいって思えました。私の幸せが、ここにあるとは限りませんわ。だから……私は自分の幸せと未来を見つけるために、この街を出ます!…………勝手なこと言ってすみません。お父様、お母様!」
エレナは、敬愛する両親が治めるこの街が誰よりも誇らしく、大切な場所だった。そんな大切な場所と両親の為にと、娘であるエレナは、街の観光案内をかってでるようになった。エレナは花の街が大好きなのである。だからこそ―
「エレナ……」
エレナの母スクルドも驚いていた。だが、夫のベルントよりは何処か落ち着いていた。そして、一拍置いてエレナに。
「準備はしたの?」
「ス、スクルド……!?」
「良いじゃないの。きっとその方があの人も喜ぶわ」
「えっと……」
「エレナ! 準備はしたの!?」
「こっそり、しましたわ!!」
「なら言ってよし! リィちゃんにはちゃんと挨拶なさい!」
「はい!」
ウェルトン夫妻の隣で話を聞いていたリィ。彼女もまた、とても驚いていた。それもそうだ。1番仲が良い友人が、自分が一番仲いい友人だと自慢した彼女が、急に街を出ると言うのだから。……自分をこの街に引き止めた張本人が。
「エレナ!?!? 街のことはどうするノ!? 言いたいことも分かるけど!」
珍しくリィは冷静さを失って、エレナの肩をつかみ揺さぶっていた。
「リィ……すみませんですわ。私、こんな機会がなければずっとこの街にいると思うのですわ。……リィは故郷の為に、西に渡った。私も貴方のように、そうすべき時が来た。分かってくださいますか?」
珍しくエレナは真面目な顔で、リィの目を見て答えた。……彼女は本心を話す時、恥ずかしがって目を合わせられない癖があった。
「……私をこの街に引き止めてくれた時と同じ目」
「え……」
「本気なんだね。あの時みたいに真面目な顔してる」
「本気です。貴方が倒れた時からずっと考えてましたわ。ずっと悩みました」
「うん。ね、エレナ。…………貴方、体力無いけど大丈夫?」
「なっ……今それを言いまして!?!?」
「っ……ふふ。やっぱりエレナはそうでなきゃ」
「うぅ……」
「行ってらっしゃい。貴方が戻ってくるまで、私がエレナの代わりに、いいや私にしか出来ない方法で、貴方の分まで頑張るから。……だから、任せて。私がみんなを守る」
今度はリィがいつもの真面目な顔で、答えた。エレナは涙腺が緩みきっていて、今にでも泣きそうだった。
「も……泣くナ!! 私の兄様が言ってた。決心したら、その決意を固めた時は泣くなって。決意が涙と共にこぼれ落ちるから。私はそう決めて、東の国を出た!!」
リィは少しだけ強気に、自分の教訓を伝えてエレナの肩に手を置いた。
「泣きませんわ! 泣かない!!行ってきますわ! あの時も、私を守ってくれようとして……ありがとう! リィ!」
「当然! 行ってらっしゃい!」
リィは珍しく満開の笑みで答えた。その笑みは、エレナの心に刻まれたことであろう。
◇
そうして、エレナは決心を固めた。そしてフィリア達と共に荷馬車に乗って街を出た。
旅立ちは笑って。初恋のあの人に恥じぬように。両親に、大切な友人にが安心して自分を見送れる様に。
フィリア達も、自分たちを見送ってくれた街の人々に手を振る。とても良い街だった。そんな暖かい気持ちを胸に、フィリアは精一杯手を振った。
西門から出て、見送りに来てくれた人々が見えなくなる程、遠く離れた頃。フィリアは黄昏ていたエレナに話しかけた。
「エレナさんは目的地はあるのですか?」
「え……」
「? もしかして……」
「おほほ…… 実は思い切って出てきてしまったので、ノープランなのですわ!」
エレナは無駄に胸を張って、答えていた。妙に張り切っているが、よくよく考えたら空元気にも見えてくる。そして、静まり返った空気に圧倒され、ゆっくりと青ざめた。
「…………ノープランでしたわ」
エレナは早速やらかしていた。一行は苦笑いしていた。
「ボクたち、みんな目的地が同じなんです。次は港町〈グランツ〉へ向かっています。エレナさんも一緒にいかがでしょう?」
「港町……? あの町は、白い建物美して、温暖な気候から柑橘の栽培が盛んだと聞きますわね。強めの陽射しで光り輝くブラン海……俄然気になって来ましたわ……!!」
エレナの目は光り輝いていた。フィリアは、新たな一歩への期待、見たことの無い景色に憧れるエレナの姿に、かつて旅立った時の自分を見ているような気持ちになった。
「ふふ、決まりですね」
「エレナさんの指輪の件も調べる予定だったんだ。だから、一緒に来てくれると助かるよ」
アルトはさらっと、エレナの同行が助かると答えた。……それはエレナにとってはときめく一言であった。自分を求めてくれるような、喜ばしい言葉で。
「あ……アルト様……!」
アルトは話してから気がついたようで、誤魔化して笑っていた。
「フィリアさんは、同性の仲間が増えて良かったね。ヴィレム君がいるから、あまり気にしてなかったけど、同じ性別同士の方が良いタイミングもあるだろうから」
「という訳で、フィリア様……! よろしくお願いしますわ!」
エレナはにっこりとフィリアに笑みを向けてきた。
「よろしくお願いします。……と、エレナさん。外で名前を呼ぶ時は、フィーでお願いしますね!」
「そっそうでしたわ! ええと、性別も隠しているんでしたっけ」
「そうなんです。ご不便をおかけします」
「それなら、敬称略はいかがでしょう?」
「皆さま、フィー様にさん付けや、様ですわよね? なら、私は呼び捨てで呼ばせて頂きますわ。その方が濁せるのではと。それに……歳の近い同性の方と呼び捨てで呼び合うことに憧れがあったのです……女子トークしてみたり……」
エレナは少しそわそわしつつ、本音を語った。するとフィリアは、エレナの手を取って、興味ありげに、
「歳の近い……わ、私……! ずっと温室育ちだったので、歳の近い友人がいなくて……エレナさん! 私も『エレナ』って呼んでもいいでしょうか!?」
フィリアの目も輝いていた。それはもう、本音が出ていて、気が付けば一人称が『私』に戻る程、興奮していた。
「フィー、『私』になっていますよ。……でも、意外とありかもしれませんね。皆さま、ケースに合わせてフィーの呼び方を変えてくださっていますし、私が敬称で呼ぶ代わりに、エレナ様にそう呼んでいただくのも」
「本当ですか!? ヴィレム様!?」
「わ、私は……様なのですね」
「ヴィレム様は、呼び捨てできませんわ。呼び捨てしては行けない気がしますの」
エレナはヴィレムに対して多少警戒心があった。それはヴィレムも同じ。だが今回のことに限っては、昨晩エレナに対して詰め寄りすぎた事、脅し過ぎたことが頭に過った。
「そうですか。私は立場上の関係で、敬称付きになりますので、ご了承ください」
「決まりですわね! それでは皆さん、改めて……『エレナ=ウェルトン』16歳。好きな物は、桃色とマカロン。趣味は服を集める事! …………よろしくお願い致しますわ!」
エレナの旅立つ前の、今にでも泣きそうな顔はすっかりと晴れ、元気にフィリア達へと仲間入りの挨拶をした。
「ふふ……よろしくお願いします! エレナ!」
フィリアもまた、新たな仲間との旅立ちに心を踊らせ、元気に答えたのであった。
次に目指すは、西に位置する港町。フィリア達を待ち受けるのは―
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3章は9月-10月の公開を予定しています。
次はお姉さんの2人、レイ先生とリヴァナが登場予定。お楽しみに……!
5人の背中を見守る人たちの話は「27.5話」に続きます!